第5話 襲撃
倉庫には錆びた換気扇の嫌な回転音が響いていた。
「ムーブライトにリフレクター、どちらにも貴様やお嬢様のような『例外』が存在する。何故だかわかるか」
「そりゃあ、素質っつーか才能がないんじゃねぇの?」
カルベルの問いかけに俺はそう答えた。
深く考えて答えたわけではない。だが、即座に思い付いたのがそれだったし、他にもっともな理由も思い付かなかった。
「ふざけるな!貴様はまだしも、お嬢様は才能に溢れてらっしゃる!」
それだけにカルベルに激昂されても、こちらとしては困るだけだ。
というか、キレるくらいなら最初から聞かないで欲しいんだが……
「だが、お嬢様にある能力こそが問題なのだ。信じたくはないが、お前にも能力があるのは事実らしい」
「俺に能力?だったら何故ムーブライトが反応しない」
「能力があるからこそだ。 ムーブライトやリフレクターはいわば能力のない者への慈悲のようなもので、能力がないものには与えられないとしたらどうだ」
「んな訳あるか!15年間生きてきて俺はそんなものを自覚した覚えは一度もないぞ!」
才能などあったら、俺は今頃こんなところにはいない。スポーツや武術もかじったが、全て中途半端に終わっている。
生まれてこの方、最後までやりきったと胸を張って言えるものがあっただろうか。
いや、あるにはある。
わかってはいるが、あんなものが俺の能力だとしたらあまりにも地味ではないだろうか。
「貴様には枠に捕らわれない幅広い雑学がある」
嫌な予感が的中した。
雑学が才能?笑わせてくれるぜ。
「だが、貴様の能力の本質はそこではない。貴様にはその知識を実際に自分の技術として体現できるセンスとそれを補う更なる知識があるのだ」
「そんなことを言われても、にわかには信じらんねぇな」
「ならば、試してみるがいい」
そう言うと、カルベルは投げ捨ててあった上着から拳銃を取り出した。
「さっきのあの運転手に使った物とは違い、ただの9mmだ」
カルベルは銃身を持ち、グリップ側を俺に差し出した。
「あそこに、おあつらえ向きに空き瓶がある。アレを撃ってみろ」
そうカルベルが指した方向には、確かに半透明の瓶が、廃棄され積み上げられた何かの部品の上にのっていた。
「そんな事をさせて何になる」
「いいから撃て、初弾は装填していない」
軽く舌打ちをし、スライドを引く。
自動拳銃は便利だ、装弾にも手間がかからないしな。
だが、ロマンがある回転式も捨てがたい。
それが俺の所持するモデルガンやガスガンの拳銃の比率が片寄らない理由である。
狙いを定める。
実銃はもちろん撃ったことはない。
海外にもあまり行かないのでな。
だが、大きな声では言えないが、実銃同然の物なら何度も製作しているし、高架下で電車の通過する音に紛れて撃ったりしている。
さすがにそれを持ち歩こうとは思わないが。
引き金を引く。
乾いた音が響き、次の瞬間空き瓶は粉々に砕け散っていた。
「撃ったが?これで何がわかるんだ?」
振り向くと、凛は驚愕した表情を、カルベルは自分はなにもしていないだろうに、ドヤ顔を浮かべていた。
カルベルのドヤ顔はともかく、凛の驚愕した表情が気になる。
「どうしたんだ、こんなの誰でも撃てるだろ」
凛が何かを言おうとしたが、その前にカルベルが口を開いた。
「ああ、確かに誰でもできる。撃つだけならな」
「何が言いたい」
「普通、あの距離であの大きさの標的に一発で当てられる一般人などいない。しかも片手なら尚更だ。つまり、だ。貴様には不可能を可能にする力などはない。だが、それが人間のできうる範囲内の限りら貴様は最大限の能力を発揮する」
おいおい……そんな器用貧乏みたいなことを能力だ才能だって言われても少しも嬉しくないんだが。
「それと、参考までに言っておくが、私がお嬢様の警護に任命されてから、私を倒したのは貴様だけだ。殺さないように手加減したとはいえ、な」
「最後に付け加えられた言葉はともかく、それは素直に喜んでいいのだろうな」
「ああ、そして貴様やお嬢様のような方を我々はこう呼んでいる」
「AGとな」
なるほどな……、ムーブライトやリフレクターを拒絶する俺達は言うならばアレルギーの持ち主ってことか。
「あまり、格好のよい名前とは言えないな。NBWみたいに固有名もあるのか?」
NBWには一つ一つ、固有の名称をつけることができる。
例えば、松尾なんかは自作の手裏剣にムーブライト粉末を使って、『追尾手裏剣』とかいうのを生み出したらしい。
まぁ、ただ対象を追尾してくれるだけの手裏剣なのだが。
ちなみに、NBWの固有名は役所に登録しに行かなくてはならない。俺は体験していないが相当恥ずかしいだろう。
「あぁ、それとは違い我々が勝手につけたコードネームだが、確かに存在する」
「私は|AG-Treatmentです」
トリートメント……治療か。
まぁぴったりと言えばぴったりだな、なんか化粧品のCMみたいだが。
「俺のは何て言うんだ」
「我々は貴様の能力を|AG-Allrounderと呼んでいる」
オールラウンダーねぇ……まぁ、器用貧乏には合った名前かもな。
大体、ネトゲとかだとステ振りを均等にすると中途半端なキャラが出来上がるが、そんなところか。
やはりあまり格好の良い名前ではないが、そんなことはどうでもいい。
問題は、俺にそんな能力があると知っているこいつらは何のために俺に接触してきたのかだが……
「貴様の聞きたいことはわかっている。我々の目的だろう?」
ああ、その通りだ。俺としてはそれを一番最初に話して欲しかったんだが。
「単刀直入に言おう。力を貸して俺は欲しい。AG-Allrounderよ」
……は?
協力をあおぎに来て殺しかけたのか?美少女ならまだしも、屈強な男にそんな要素を求めた覚えはないぞ。
「カルベルが手荒な真似をしてしまってごめんなさい……、あなたが信頼をおける人なのか確かめる必要があったんです」
凛が申し訳なさそうに言った。
にしても、他にやり方があるんじゃないのか……
「本当は、海瀬さんがあの二人を助けるためにここに来た時点で終わりのはずだったんですが、カルベルが余計なことを言い出して……『お嬢様に近付かせるに値する奴か確かめてきます!』なんて」
ベタ過ぎて何も言えん……
「それで?その結果、合格した俺にどうしろと?」
カルベルはスーツから煙草の箱を取り出し、一本弾き出して吸い始めた。
「お嬢様がホワイトハウスから消えたというのは、日本でもニュースになっているだろう?」
確かに、その報道はしっかりと見たし、通行人もいやというほどその話題で持ちきりだった。
「ああ、何者かに誘拐されてたことになってたが」
「やはりか……、そのうち私が国際指名手配されて、奴らが来るのだろうな」
カルベルはまだ吸い始めたばかりであろう煙草を地面に投げ捨てると、革靴の踵で踏み消した。
「奴ら?お前が嘘で名乗ったアメリカ秘密諜報局ってやつか?」
「ああ、そうだ。奴らはお嬢様を拐ってそれを取引材料に大統領の解任を要求する計画を立てていた」
なるほどな……だから拐われる前に拐ってやったってことか。
「だが、そんなに警戒するような奴らなのか?カルベルの力を使えば、拐うどころか動くことすらままならないんじゃないのか」
俺がそういうと凛は軽くうつむき、首を横に振った。
「諜報局は我が国の最暗部と言ってもいい組織の一つです。米国中からカルベルに対抗する手段を探しだし、襲ってくるでしょう」
米国はかつての勢いこそないが、いまだに科学技術や軍事力はトップクラスだ。
その技術を結集したとなると……カルベルを倒すのも不可能とは言い切れない。
「故に、貴様の力を借りたいのだ。貴様の力には、はっきり言ってこれといった特徴はない。だが、それは逆に言えば奴らが対策を打ちづらいということでもあるのだ」
「そうは言われてもな……、生憎、俺は少年漫画の主人公でもNPOでもないんだが」
散々、秘密諜報局とやらの恐ろしさを聞かされたってのに、そこと戦うのを手伝ってくれだ?
正気の沙汰とは思えんね。
「無論、タダでとは言わん。それなりの見返りは用意しよう」
そうこなくっちゃな。
正直、自分に能力があると知った今、試してみたいという気はある。
「んで、アメリカ様は何をくれるんだ?過去の戦争で作りすぎて置場所に困っているICBMか?それとも、上空5000メートルからゲリラを跡形もなく吹き飛ばす攻撃ヘリか?」
「そのどちらでも構わない。お嬢様を護り抜き、真実が明るみに出れば、大統領は最新兵器でも歴史の遺物でも貴様にためらいなくお渡しになるだろう」
マジか……!?
アメリカンジョークをかましてやったつもりが真顔で返ってきたぞ。
「カルベル……ジョークですよ、ジョーク」
呆れ顔でいう凛、ジト目が可愛いな。
考えてみれば、こんな女の子を護るためなら命をかけてもいいんじゃないか……。
いやいやいや、何を主人公的思考に流されそうになってるんだ俺は!助けた女の子とアハハウフフな展開になるのなんてアニメの中だけだぞ!冷静に考えろ、俺!
「どうだ、協力する気になったか」
カルベルが決断を迫る。
確かに、メリットは多い。
カルベルの態度を見てわかる通り、協力すれば一生遊んで暮らすのも夢じゃないだろう。
そして、不確定事項ではあるが、あわよくば、あわよくば!
逆玉的展開もあるかもしれない!
だが、だかだ!
それ以上にデメリットが大きすぎる。
下手したら死ぬ。
殺されるのだ。
凛には悪いが……断ろう。
そう思い、俺が口を開きかけた、その時だった。
ドォン!!!という激しい音と共に、倉庫の壁が吹き飛んだ。
「おい!何だってんだ!」
「墜ちよ、裏切りの天使!」
カルベルは答えることなく、モーニングスターを掲げて能力を発動した。
だが、不思議と体は重くならない。どうやら、カルベルの能力は味方を対象から除くことができるようだ。
「お嬢様!私の後ろに!」
「は、はいっ!」
俺も隠れたいぐらいだが、流れ的にそうもいかない。
カルベルに借りた拳銃を吹き飛ばされた壁の方に構える。
敵が本当に凛の言うような奴らなら拳銃なんかで歯が立つとは思えないが、何もないよりはいくらか良いだろう。
「動くな!カルベル=グラスヴァー!エイラ様誘拐の容疑で拘束する!」
現れたのは黒い装備に身を包み、アサルトライフルを構えた集団だった。
これがアメリカ秘密諜報局とやらか。
だが、何故だ。何故カルベルの能力が効いていない……、凛のいう通りカルベルへの能力の何らかの対策を持っているということか。
「誘拐の計画を立てていたのは貴様らの方だろう。それが掌を返して正義の味方気取りか」
「そんなものになった覚えはない。エイラ様は引き渡すべきところに引き渡し、大統領との交渉材料に使わせてもらう」
「させると思うかっ!」
カルベルがモーニングスターを横薙ぎに振るう。
すると、地響きのような音と共に、敵の足下の地面が陥没し始めた。
「くっ……撃て!撃てェェェ!」
リーダー格らしき男が声を荒げて指示を飛ばす。
だが、足下が崩れ、体制が不安定な中、まともに撃てる者などいなかった。
「バンに乗れ!倉庫が崩れるぞ!」
運転席と後部座席にそれぞれ乗り込むカルベルと凛を追い、俺もバンに向かう。
だが、先程のリーダー格の男だけが、崩れた地面から抜け出しアサルトライフルを拾いあげていた。
「逃がすか!」
男がバンに向け、銃口を向ける。
その瞬間、俺は咄嗟に拳銃を抜き、男に向けて引き金を引いた。
乾いた音が響き、続いて男が右肩を抑え込み、銃をその場に落とす。
「ぐっ……貴様何者だ!カルベルと同じSPか!」
……な訳ないだろう。
いくら俺がYシャツ姿だからって高校生をSPと見間違えるか?普通。
まぁ、ここは正直に、かつ特定のできない範囲で答えてやろう。
「一般人だよ、クソ野郎」
男に拳銃を向け、続いて三発撃ち込む。
左肩、右足、左足に一発ずつだ。
言葉にならない悲鳴があがる。
「安心しろ、動けないだろうが急所には撃ってない。まぁ、倉庫が崩れてどっちみち下敷きだろうけど、俺のキル数にはノーカンってことで」
そう言って、急いでバンの助手席に乗り込む。
「捕まっていろ!このまま突っ込むぞ!」
カルベルがアクセルを踏み込む、バンとは思えないようなエンジン音がなり、車体はそのままトタンで舗装された倉庫の壁へと突っ込む。
バキィ!という音がしてトタンが破れ、無事に倉庫からの脱出に成功した。
その直後取り壊し工事のような音とともに倉庫が崩れた。
あれで何人死んだのだろうか……
あまり考えたくはない。