第3話 葛藤の末
ヒーローじゃなきゃ、強くなきゃただ、死んでいくだけなんて、そんな現実間違っている!
死んだ茅部さんの為にも……俺がここで死ぬわけにはいかないッ!!!
左腕で咄嗟に攻撃を防ぐ。
振りかぶられたモーニングスターそのものを受け止めるのではなく、あえて一歩踏み込み、モーニングスターを持っているカルベルの手首を受け止めた。
「ーーーッ!?」
カルベルの表情が、一瞬だけ曇り、眉間に皺がよせられた。
そのままカルベルの腹を狙い、蹴りを放つ。
だが、一撃はしのげたものの、相手はアメリカ秘密諜報局の精鋭だ。
弾いた手とは逆の左手でいとも簡単に受け止められてしまった。
「舐めるなッ!素人がッ!!!」
左腕は限界に達し、
俺の頭を目掛け、横薙ぎにモーニングスターが振るわれる。
受け止められる程の反射神経とバランス力は俺にはなかった。
唯一、俺の体重をささえている左脚を宙へ放る。
そのまま全身の力を抜き、後ろに倒れ込むようにしてかろうじてモーニングスターの直撃を避ける。
両腕でしっかりと着地し、その勢いで右脚をカルベルの顎に目掛けて上へと払う。
遠心力を利用した蹴りはカルベルの右手を解き、その顎へと直撃した。
「ぐっ……」
カルベルは一瞬仰け反るような姿勢になったが、すぐに体制を直す。
その隙に、モーニングスターの範囲外へと距離をとる。
「貴様っ……よくもこの私に!」
銃を警戒し、近くにある遮蔽物を探す。
一番近い遮蔽物は乗って来たタクシーだった。車の後部に背を付けしゃがみ込み、身を隠す。
「それで銃でも持っていようものなら、少しは勝負になったのかも知れんのにな」
実を言うと、銃を持っていない訳ではない。
例のNBW化に失敗したガスガンは制服のベルトに挟んである。
他にも、特技使用者と呼ばれるいわゆるNBW使用者をちょろまかす用のなんちゃって武器は持っているとこにはいるが、ここで役に立つとは思えない。
下手に恐怖に負け、手の内を明かすと、後々不利に立つことになるだろう。
だが、銃への具体的な対抗手段もない。どうするべきか、迷っている時だった。
「まぁ、いい。私に一撃喰らわせた事に免じ、私も騎士道精神を持ってして戦おうじゃないか」
カルベルは懐から銃を取り出すと、無造作に後方へ放った。
だが、奴が持っている銃が一丁だとは限らない。
「……」
「ほう、信用されていないようだな」
「目の前で人を殺した奴をどう信用しろってんだ。それに何が騎士道だ。ヨーロッパ人ならまだしも、アメリカ人にそんな考えがあったなんてな」
「私の祖先はイギリス人でな。モーニングスターも、十字軍遠征の時に中心となって使われたものだ。まぁ、いい。そこまで信用ならないなら…な」
そう言うと、カルベルはスーツを脱ぎ捨て、シャツだけの状態になった。
「これで疑いはしまい。それとも空港みたく、ボディーチェックでもしてみるか?」
「遠慮しておくよ、気色悪い」
正直、まだ完全にカルベルの言う事を信用したという訳ではなかった。
アメリカの秘密組織なんて物騒なところの奴だ。袖や脚なんかに武器が隠れていないとも限らない。
現に、俺のなんちゃって武器たちはそういった場所に仕込んである。
だが、体制を立て直し、また近距離戦に持ち込めるというのはこちらにとって少しは勝算が上がる。
そして奴の言う事がもし本当なのだとしたら奴の武器はあのモーニングスターだけだ。
なんとか凌げるかもしれない。
ましてや、相手は日本人ではない。あのモーニングスターがNBWだという可能性は無いに等しい。
ギリギリのハッピーエンドが見えて来たかもしれない…
「武器になりそうな物は……」
周りを見渡す。
落ちているのは古びた鉄パイプくらいだ。
だが、それでも今の俺にはありがたい
「どうした、早く出て来い。それとも、そのまま銃で蜂の巣にされるのがお望みか?」
タクシーの影から飛び出し、鉄パイプを拾い上げる。
カルベルはそれを見ると
「ほう……そんな物で私の相手をする気か。まぁ、いいんじゃないか?日本人のリサイクル精神は戦いでも現存のようだ。」
そう言い、嘲笑った。
「笑ってられるのも今のうちだぜ」
鉄パイプを両手で構え、正面から突っ込む。 余計な小細工は何もなかった。
「芸がないな……そんな素人の攻撃などッ!」
振りかぶる。
それに合わせ、カルベルはモーニングスターを鉄パイプを弾くようにさらに強く振りかぶった。
二つの武器が衝突し、金属と金属の鋭い音が響いた。
その瞬間、俺は鉄パイプを持つ力のベクトルを別方向へと変えた。モーニングスターの柄に、鉄パイプを滑らせる。
「いくら武器が強力でもッ!」
そのまま鉄パイプをカルベルの手に叩きつける。
だが。
「貴様程軟弱ではないっ!」
カルベルは手首を内側に曲げ、そのまま鉄パイプを絡め取ってしまった。
「モーニングスターの利点は、相手の鎧を叩き潰し、ダメージを与える事の他に、相手の武器を絡め取りやすいという利点がある。そんな武器を使っている私が『絡め取る術』に精通していないとでも?」
鉄パイプから手を離し、距離をとる。
「くそっ、他に何か……何かないか!」
俺が、辺りを再度見回している時だった。
「そんなに武器が欲しいか、ほら、返してやろう」
反応しようとした時には遅かった。
先程まであれ程頼りがいがあった鉄パイプが、空を切る音と共に、凄まじい回転で襲いかかって来た。
眼前に迫る鉄パイプを、辛うじて左腕で防ぐ。
「ぐっ……」
腕の表面からではなく、内側から、芯へ響くような痛みがはしった。
だが、頭に直撃していたらそれどころでは済んでいなかっただろう。咄嗟に左腕が出たのも奇跡に近い。
「痛いか。安心しろ、騎士道精神に乗っ取り、すぐ楽にしてやる」
「騎士道精神ってのは便利だな。責任転嫁できて」
「現代の法律もそんなものだ」
カルベルがモーニングスターを天井、いや、その先の空にでも向けるように掲げ上げた。
何をしているのかはわからないが、逃げるなら、今だ。
幸い、倉庫にはヒビの入った窓があり、ガラスで怪我をするのを気にしなければそこから飛び出れば逃げられそうだ。
もっとも、この状況で、怪我か絶命かの選択肢の前で後者を選ぶ者などいないだろうが。
だが、ここで逃げていいのか。
あのバンに置き去りにされた少女達はどうなる。
死んだ茅部さんは
遺された家族は
いや、
それがなんだ。俺はもう十分頑張ったんじゃないか?NBWを持っているわけでもない。これといった武器を持っているわけでも無ければ警察関係者でもましてや国家機密に関わるエージェントなんかでもない。ただただ普通の男子高校生なんだ。困っている人をみたら「ちょっと助けてやろうかなー」なんて思ってしまう年頃の。その結果がこれだ。誰を助ける事もできず、自分自身でさえ殺されようとしている。もう十分だろ、十分だ。あの女子高生達もどうせカルベルの面に釣られてちょろちょろ着いて行った低脳に違いない。茅部さんだって、俺は止めた。止めたんだ。それを無理な正義感で押し切り、家族がいるのに無謀な行動に出たあの人が悪い。自業自得だ。俺には逃げる権利がある。生き延びる権利があるん
だ。不幸なお前らと違ってこれから先平凡な人生を送る権利が―-―-
ーーーーーーーー
ゴッ……という鈍い音がした。
右の頬は赤く腫れ、殴った右手は反動で響くように痛んでいる。
「逃げる理由なんざいくらでもある」
自分でも、こんなにも言葉がスラスラと出てきていることが不思議に思えた。
「いくらでも作り出せる」
くさい台詞だ。俺らしくもない。
「でもよ……そんな難しい理屈理由、最初から必要だったのかよ!英雄じゃなくたっていい。主人公じゃなくたっていい。ただの高校生のままでいい。目の前で困っている奴を助ける。そんな事に理由はいらねぇだろうが!何やってんだよ俺はァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「そこで逃げなかった事だけは褒めてやろう」
カルベルが掲げ上げたモーニングスターを降ろして言った。
その表情が少しだけ緩んだ気がした。
呆れて嘲笑っているのか、それとも
「だが、もう終わりだ。次に私がこのモーニングスターを振り下ろした瞬間、貴様は立つことさえできなくなる」
「何言ってやがる。そんなただのメイスで何が……」
この国の国民ならまだしも、外国人にNBWを作り出せる技術はない。
だが待てよ……
日本とアメリカは第二次世界大戦後から今日まで、同盟国関係にある。
表向きでは渡さなかったとしても、こんな暗部同士なら……ッ
「Tum ego, Lucifer,神の意思に逆らいし曙の子よ稲妻の如く堕ちても尚、その光の色を変え定命の者を照らさん事を」
ルシファー?神?何言ってやがる……
アニメとかで見る魔術の詠唱みたいだが……実際やると痛いこと極まりないぞ…………ッ!?
自分がうつ伏せ倒れていることを認識できたのはだいぶ後だった。
重力。
当たり前のようにあるそれが、何倍にもなっているようだった。
体が、重い。
起き上がることさえ敵わず、何とか頭だけを動かし、顔をカルベルの方に向ける。
「何……しやがった……」
モーニングスターに毒でも塗ってあったか…いや、だが俺は辛うじてモーニングスターの直撃は受けてないはずだ。
嫌な予感がする。
まさかーーッ!?
「クソッ!やっぱりかよ、裏ルートでムーブライトが売りさばかれてやがったか!」
そりゃあそうだ。
沖ノ鳥からは全国民分以上のムーブライトが次々と採掘されているらしい。
この国はそれを放っておくほど金に執着のない国ではない。
「いや、残念ながら貴様の予想は外れている。我々は我々独自にムーブライトに匹敵する、いやそれ以上となるかもしれない物質を発見したのだ」
……そんなニュースは聞いたことがない
ハッタリか……いや、だとしたら、今この身に起こっている現象は何だ。
極秘裏に行われた計画なのか……。
「ロシア、アメリカ、フランス。その三カ国が行っている、ボストーク湖の調査…、貴様も聞いたことぐらいあるだろう」
確かに聞いたことはある。
伊達に雑学王なんて呼ばれている訳ではない。
だが確か、あれは古代遺跡だ人類滅亡のウイルスだ恐竜だと騒がれたが、蓋を開ければ新種のバクテリアや菌、魚などのDNAの片が見つかっただけだったはずだ。
「あながち、民衆の予想も間違っていなかったようだ。あんな物が埋まっていたんだからな」
「あ………んな………も…………の?」
見えない重りに押し潰されそうになりながらも、辛うじて声を絞り出す。
「伝説の大陸、アトランティスの遺跡。そしてその遺産として見つかったムーブライトにも匹敵する新物質。
それが本当の調査結果だ」
……この話が、コアなオカルトマニアしか読まないような雑誌や、コメントが1人も付いていないようなブログで語られているものなら、
『また根拠の無い妄想か』と俺も一蹴できただろう。
だが、相手はアメリカの最暗部とも言えるような奴だ。
ましてや、ボストーク湖は長い間地上から隔離されて来た、本物の未知の領域…それこそ何があってもおかしくないだろう。
それに何より、だ。
否定したとしても、今、この身に起きている現象を説明できる程のものがない。
「『リフレクター』それが発見された物質に付けられた名だ。
ムーブライトは元からある物質を武装化させる物だが、リフレクターは違う。
神話や言い伝えなどと言われる代物を体現化し、現実に起こす力を得ることができる」
神話ってあの……ゼウスとかそういうのか……?
ムーブライトと同じような物質とは言うが、系統が違い過ぎる
「そして、私の能力は『明けの明星』、ルシファーの力、正確に言えば、堕天使ルシファーそのものでの力ではなく、ルシファーの墜落をリフレクターで再現した力。貴様が今感じでいる苦痛は、自由に重力を操れるこの力により、重力が何倍にも跳ね上がっているからだ」
何だ…?
何かが引っかかる。
カルベルのこの話自体、にわかには信じられない話ではあるが…
それ以上に、何か妙に引っかかるものが………そうか。
「何故……俺にそこまで教える…」
「ふん、確かに、冥土の土産としては話し過ぎたかもしれんな。だが安心しろ、死人に口無し、だ。そろそろ終わりにしよう」
体にかかる重さがさらに増す。
気を抜けば意識が飛んでしまいそうなほどだ。
気合いで起き上がれ?
無理に決まってる。俺はアニメの主人公じゃないんだ。
このままやられちまうのか……
せめて、せめて少しでも勝機があれば……ッ!
……そうだ!
「おい……騎士道って……のは……遠く……から……ジワジワ……殺す……もん……な……のか……」
途切れ途切れになりながらも、言葉を紡ぐ。これを活字で表現しようとしたら大変なことになるだろう。
少し息を吐き出すだけで、意識が朦朧とした。
「そうだな。最期は貴様のような無神論者にも、相応しい死に方を与えてやるとしよう」
人質の様子を気にしてか、バンを一瞥してから、カルベルはこちらに歩んで来た。
普通に歩めてる様子から、あのリフレクターとかいうのの力は、カルベル自身には作用していないようだ。
だが、建物が軋み、ガラスにはヒビが入っていくような音からして、カルベル以外のここ一体には作用しているのだろう。
「ああ、安心しろ。お前が守りたかった研究材料達が乗っているバンは耐圧製だ。私も無駄な殺生をして、上に叱られたくはないからな」
とりあえず人質は無事なようだ……
仕掛けるなら、一瞬。
カルベルとの距離が少しずつ縮まっていく……
今だ。
「おい……騎士さん……よ……落ちる……のは……天使……けじゃ……なか……っ……た……みたい……だ……ぜ」
カルベルは怪訝そうな顔をしていたが、俺の右手を見ると、僅かに表情を歪ませた。
別に俺の右手が真っ赤に燃えているとかそういう訳ではない。
「銃……だと?」
勿論、本物ではない。
例のNBW化に失敗したガスガンだ。
これに全てがかかっている。
「いや…だがただの学生風情が銃など持っているはずがない…。そんな玩具の類で何ができるッ!」
「確かに……こんなんじゃ本場の銃に……慣れてる……お前には……効かない……だろうな…最初から……俺も……直接……狙おう……なんて……考えて……ねぇよ」
ガスガンの銃口をカルベルの頭上へと向ける。
「なぁ……あの……安っぽい……ガラス……張りの……天窓、お前の……せいで……今にも……割れそう……だぜ?」
「ふん、それがどうした。あんな物が落ちて来ようが、私のモーニングスターで砕き散らしてやる」
「そう……かよ。重さも……速さも……何倍にも……なった……モンも……アメリカ人……ってのは……平気で……砕け……散らせ……る……のか」
そう、何倍にもなった重力によっても、発動者であるカルベル自身にはなんの負担もないが、その頭上にあるガラスはピキピキと悲鳴をあげていたのだ。
「貴様……卑怯者がッ!」
「一般人……でも……構わず……殺す……お前に……卑怯者……なんて……呼ばれ……たく……ないね」
引き金に指をかける。
「あれくらい……なら……いくら……威力が……弱まった……とは……いえ……この玩具……でも……割れる……んじゃ……ねぇかな?」
「くっ……!」
引き金を引く。
その瞬間、俺にかかっていた重さが消えた。
カルベルは重力を『操れる』と言った。
なら当然、重力を弱めるということもできるはずだ。
その読みが当たった。
カルベルは降り注いでくるであろうガラスを回避するために、咄嗟に重力を通常よりも弱めたのだ。
体の血液が逆流するかのような感覚が襲う。
それを歯を食い縛って耐え、そのままの体制で地を駆ける。
重力の弱まった空間は少しの勢いでも、相当な速度で俺を押し出した。
力を使用し、モーニングスターを振り上げて無防備な体制になっているカルベルの眼前に迫るのにたいした時間は必要なかった。
右腕を振りかぶる。
「くっ……」
カルベルの表情が完全に歪みに支配された。
「テメェがどんな力がある奴だかどんな目的があるかなんてどうでもいい……ただな!」
振り抜く。
「一般人なめんなこの野郎!!!」
俺の全力で放ったストレートはカルベルの顔面に命中し、重力が弱まった空間はカルベルの体をノーバウンドで倉庫の壁まで飛ばし、ぐしゃっという原始的な音とともに叩きつけた。