第1話 他人事
「……ちゃんと新しいの買っとけば良かったな」
ローファーを一瞥し、俺はそう呟いた。
カツアゲJKから辛くも逃げのびた俺だったが、学園に辿りつく頃にはすっかり鋼鉄製の校門は施錠されており、
その上、踏んで履き潰していたローファーを無理にきちんと履いて走ったものだから、足が痛くて仕方ない。
…それにしてもだ。
「やっぱ…変だよなぁ…」
改めて見ると、うちの学園は変だ。いや、改めて見なくても変なのだが。
学園の玄関と言えるであろう校門が鋼鉄製なこと。
そしてその鋼鉄製の門の奥には駅の改札のような、ID認証機。
おまけに門前には警備員室付きと来た。
まぁ確かに、それ程の警戒をしなければいけない学園だというのは確かだ。
『国立臨時学徒軍養成学園』略称、国学園
NBWの配備により戦力と同時にリスクを負った政府は、管理を強化するため、私立学校を全廃し全国に国立学園を設立した。
その中心であり最大規模であるのが、この学園、
『国立臨時学徒軍養成第一学園』通称、第一学園だ。
他の学園はNBWの愛着や特徴により所属する生徒が分けられているが、この第一学園は違う。
愛着S+のエリートから、俺のようなNBW不所持者まで、様々な生徒が通っている。
その入学方法は至ってシンプルで、学園側から招待される特待生以外は、全て入学希望者から抽選で選ばれる。
日本一のマンモス校であると同時に全国にある学園の中でも最高峰の設備を誇るため学生のほぼ全員が入学を希望しているに近い。
そんな学園に、俺は入学できたのだ。不幸続きの人生だったが、そこは素直に喜ぶべきなのだろう。
まぁ、それはともかく、生徒の登校時には開いているはずの鋼鉄の門が閉まっていることの方が俺にとってはよっぽど問題だ。
親父にもらった腕時計は9時半前をさしていた。
授業開始時間は9時、完全に……
「おう!ジュンちゃん遅刻?ま~た睡魔に襲われちゃった感じか?」
警備員室から声をかけて来たのは、警備長の富澤さんだ。
屈強な巨体の持ち主だが、顔は意外にいかつくはなく寧ろ優しいイメージを持つ。
遅刻をよくする俺はすっかり馴染みになってしまった。
「違いますよ、今日襲って来たのは女子高生です」
「襲われたって!?ジュンちゃん!入学して間も無く卒業ってか!?」
『違うわ!』と俺が声をあげる前に、横から声が入った。
「おいおい、酷ぇぜジュンジュン!俺達DT同盟との条約を忘れたのかよ!」
松尾翔冶、認めなくはないが俺の友人だ。
本人は自分が忍者だなんだと言っているが、それは中二病全開の設定であり、格好も少しチャラくて金髪だというだけで至って普通などこにでもいる学生だ。
ちなみにDT同盟は、奴と俺が(半ば強制的に)結ばされた同盟である。
意味は察してくれ。
「だからちげーって言ってんだろうがエセ忍者」
「本物だって何回言ったらわかるんだジュンジュン……」
本物名乗るんだったら服部とか伊賀とかに改名してから言えよ。
「いーから、もう入れよ変態共」
共!?俺も入ってんの?ていうか話始めたの富澤さんじゃん!
そう言う暇もなく、鋼鉄の門が開き、俺と翔冶は富澤さんの腕力により強制的に押し込まれた。
「んじゃ、楽しんで来いよ!」
翔冶はすぐに体制を立て直すと、ID認証ゲートに入って行く。
俺もそれに続いてIDを認証するため、胸ポケットから電子生徒手帳を取り出した。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
六時間目、教室では電子黒板上で政治経済の授業が行われており、その内容が俺達生徒のタブレットにリンクしていた。
半分が眠気による戦闘不能状態、もう半分が私語で埋めつくされているような教室だが、政経のじいさん先生はまだ慣れ切っていないおぼつかない手つきで電子黒板を使いしっかりと授業を続けている。
「えー、国連による統治が行われた後も、冷戦は続いてるわけだなー」
国際連合に冷戦。俺達が嫌でも毎日のように聞かされる単語だ。
恒久和平、人類は長い戦いの歴史の末、表面上の『それ』を手に入れた。
全加盟国への国連軍の派遣。
それにより武力行使や不用な軍備増強を禁止した。そして、世界から戦争は消えた。
だが、国連の監視の行き届く範囲はあくまで加盟国のみだ。
非加盟国からのテロ、それに伴う武力衝突。
そしてその裏で動く各国の工作員達。
結局、人類は戦いをやめることはなかった。
そこに油を注いだのがこの国、日本でのムーブライトの発見だ。
ミサイル迎撃システムが発達し、ICBMなどが無力化され核による牽制が効かなくなった今、時代は白兵戦へと逆戻りしていた。
その中で、武器の生産コストがかからない上に非現実的な力を使えるNBWは世界各国で驚異と見なされた。
同盟国アメリカは日本にムーブライトの輸出を求めるが、政府はテロリストへのNBWの流出を恐れ拒否。
それをきっかけに、アメリカは新兵器の開発を次々と実施、それに続いて欧州やアジアでも軍備の増強が始まった。
もはや、国連軍は形骸と化し止める力など残っていなかったのだ。
「あ~じゃあ皆さん……しっかりと……復習しておくように……」
そう、爺さん先生が言い終わると同時に、授業終了のチャイムが鳴った。
彼は一度も時計を気にする様子はなかったため、長年の経験で授業時間など体に染み込んでいるのだろう。
「ジュ~ンジュン!ゲーセン行かねぇ?」
翔冶が声をかけて来た。
「だから、俺はゲーセンは嫌いだって何回言えばわかるんだ。あんなドブに金を捨てるぐらいなら家庭用ゲームを買うさ」
「わかってないねぇ、ジュンジュン!ゲーセンってのはあの空気がいいんじゃないの!」
「朝からパチンコやってるおっさんのタバコとキャピキャピ言いながらプリクラ撮ってるブサイク共の香水の入り混じった空気のどこがいいって?」
それに、今日は一年前程からマークしていた新作ゲームの発売日だ。
シリーズ初のオンラインが実装されるため、乗り遅れるわけにはいかないっ!
「ったく……捻くれ過ぎだぜジュンジュン!」
「今度カラオケ行く時は誘ってくれ」
「それで、何でカラオケは好きなんだよ……」
何だかブツブツ言ってる翔冶を置いて教室を出る。
新作の影響か、珍しく自分でもテンションが上がっているのがわかる。
俺はいつもより3割ぐらい速いような足取りで、帰路へとついた。
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とある路地裏、3人の少女がガールズトークと呼ぶには少し花のない会話を繰り広げていた
「アイツ……マジで許せねぇ!人のムネ見て二百円で済ますとかありえないんだけど!」
金髪ロングの少女はSNSに投稿でもしているのだろうかスマートフォンを高速で操作しながら言った。
「でもさー、路地裏とはいえ、大通りから一本外れただけのところで着替えてたきらりんもきらりんだよねー」
オレンジ髮に白のウィッグを混ぜたショートカットの少女は髪をいじりながら、きらりんと呼ばれた少女にそう言った。
「ちょっと聖羅!あいつの肩持つ訳!?っていうかきらりんって呼び方やめろって何回言ったらわかるんだよ!」
「いや、呼び方も何も、きらりんの本名って江迎希羅凛でしょ?本名そのまんまじゃ~ん」
聖羅のからかった様な口調に、江迎は頬を膨らませる
「もーっ!聖羅も聖羅で浮いた名前だけどっ!ウチのきらりんって何なの!ギャルになるしかないじゃん!こんなDQNネーム!なんなの!レボリューションなの!?」
「ま……まぁまぁ、私が悪かったから、ね?」
「羅と凛抜いて、希って呼んでっていってるじゃん!」
「ご、ごめんって希~!ほらキャンディあげるから」
「何味?」
「青りんご」
「……もらう」
聖羅が慌ててなだめに入ると、落ち着いたようで
「あぁ……怒り疲れた。どっかに良い男でも落ちてねーかな」
着替え見られただけで取り乱すくせに男って……と聖羅は思ったが、言ってしまうとまたさっきに逆戻りしてしまいそうなのでやめておくことにした。
だがここで、今まで沈黙を保っていたもう一人が声をあげた
「知ってるよ、いい男」
「ちょっと凛!何言ってんの!」
予想外の展開に、すぐさま聖羅が制止に入る。
元々純粋な性格|(今でもそれは隠しきれてないが)の彼女に男遊びなどできるはずがないのだ。
良くて逆に遊ばれる、最悪騙されることだってありえる。
幼馴染である聖羅には一番良くわかっていた。
だがその想い虚しく
「えっ!凛本当!?教えて教えて!」
すでに江迎希羅凛の『今時のチョイ悪ギャル気取りレーダー(聖羅命名)』は激しく反応を示していた。
(きらりん……男が絡むとろくなことないくせに。ま、そういうとこが可愛いんだけどね」
「何か言った、聖羅?」
自分でも知らないうちに声になっていたことに気付いた聖羅は、慌ててつくろう。
「ううん、何でもないよ!希!」
そう言って、聖羅は髪をいじる手を止めると、既に歩き出している幼なじみを小走りで追った。
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炭酸飲料というのは何故こうも爽快なのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はゲーム屋への道を歩いていた。
勿論、右手にはその炭酸飲料を持っている。
よく、「若者が炭酸を好むのは刺激が欲しいからだ」などと言うが、俺は刺激なんかはネトゲのpvpで間に合っているし、飲んだ後の喉のヒリヒリする感じや、炭酸ガスで息が苦しくなる感じはどちらかというと嫌いだ。
それでも何故か毎日のように飲んでいる。
なんて限りなくどうでも良い考察に頭を巡らせていると、何かの警報のような電子音が響いた。
まぁ、俺の着信音な訳だが。
少し変わってはいるが、文句を言うなら俺が真似をしたアニメの主人公に言ってくれ。
とは言っても電話やSNSでのトークの新着が届いた訳でもなく、俺が設定している、新着ニュースの知らせなのだが。
スマホとリンクさせてある、腕時計の液晶をタップする。
すると即座にマイクロプロジェクターシステムが立ち上がり俺の腕時計の上にスマホの画面と同じ大きさくらいの映像を映し出した。
映像では米国のタイラー大統領が緊急記者会見を開いていた。
『これから皆様にお伝えすることは、私が大統領に就任して一番の失態だ。』
おーおー、ついこの間完全自律行動化に成功した無人走行型ロボット兵器SWORDS-AIのシステムが乗っ取られて暴走したのはどこの国だっけな。
それより酷い失態ってのはなんだってんだ。
ペンタゴンでも制圧されたか?
『先月、私の大事な一人娘が……何者かに誘拐された!それもホワイトハウス邸内でだ!』
深刻な声色の大統領とは違い、記者団からはどよめきが聞こえる
『発表が遅れたのは、この一大事が露見することで、国民に我が政権に余計な不安を持ってほしくなかったからだ。だが!恥や自尊心を捨ててお願いしたい!どうか!私の娘を見つけて欲しい!』
……そりゃあ一大事だろうよ、一人の父親としてはな。
だが、まさかそんな私的な問題の為に米軍やらCIAやらを動かさないだろな、ましてや『娘が監禁されている可能性がある』とか言って国一つ制圧なんてしようものならそれこそ世界の警察は信用を失うぞ。
『私は犯人を絶対に許さない。必ず犯人を捕まえ、刑務所にぶち込んでやる』
捕まえ……って、別にあんたが動くわけじゃないだろうに。
動くのは下っ端、死ぬのも下っ端。そう決まってるんだろうが。
『だが、酷く私的な事だというのはわかっている。故に、警察に通常通りの捜査は行わせるが、必要以上に国家の軍事力を行使したりなどはしない』
さすがにそこは一国のトップだけあって、迂闊な事はしないのか。
『だが』
おっと、嫌な予感がするぞ。
『国家に無関係の個人、もしくは団体が一市民として私や私の娘を哀れに思い、勇気ある行動をするのは自由であり、私にそれを止める権利はない』
……言っちまったな、これは翻訳すれば『公の機関を動かしたりはしないけど、裏の奴らが動いても知らないよ、俺何も言ってないから』ってことだ。
つまり、犯人は軍や警察なんかよりよっぽど恐ろしい奴らに追われる訳だ。
さらに、命の保証などはないだろう。
見つかり次第射殺され、正当防衛か追い詰められて自殺したことにでもされて片付けられるのだろうな。
『以上だ』
そう言って、大統領は会見場を後にした。記者団からは『具体的な個人や団体というのは?』とか『テロリストが関係しているのですか?』など様々な質問が飛び交っているが、聞き入れる様子など全くなかった。
画面は報道番組のスタジオに戻り、何やら良くわからんコメンテーター達が話し始めたので俺は画面を閉じた。
バッテリー残量の警告が出たが、今日はもう新作を買って帰るだけだ、そう気にする必要はないだろう。
「誘拐……ね、お気の毒なこった」
そう呟くものの、正直、殆どどうとも思っていない。
家族や友人が誘拐されたならまだしも、お偉いさんの娘、それも海外のだ。
どうせ、今まで散々良い暮らしをしてきたのだろう。
あまり深い同情は湧いてこない。
「まぁ、目の前で誘拐されたってんなら助けようとも思うけどな」
呟き、ペットボトルのラベルを剥がして、道路側に設置されたゴミ箱に投げ入れようとした、その時だった。
猛スピードで目の前を通り過ぎる一台の黒塗りのバン。
その窓には助けを求めるように縛られた細い手がもたれかかっていた。
これは、アレだ。きっと後部座席でハードなSMプレイが展開されて……ってそんな訳は無い。
誘拐。米国の大統領の娘が被害にあったのと同じ、それだ。
「くっそ!いくら何でもタイミング良すぎんだろ!」
ボトルを乱雑に投げ入れ、走り出す。
さすがに俺も人の子だ。目の前で誰かが誘拐されてるのを見て無視できるほど非情ではない。