「それじゃあ、行ってきます」
ロゼリット・クラウベルはもはや誰も住むことのない家の玄関に立っていた。
今日、彼、“ロゼ”は此処を出る。
そしてもう二度と戻ることはないだろう。
此処にはもう彼を待つ人はいない。
優しかった母親も、憧れだった父親も、よく喧嘩した弟や、泣くばかりで世話が焼けた妹も。
もう、誰もいないのだ。
誰も彼が女の子みたいだからと嫌がった名前、“ロゼ”とは呼んではくれない。
少なくとも今は。
何故なら彼は、誰も守れなかったのだから。
「行ってきます」
再度呟き、彼は家を後にした。
扉が閉まる。
もう、この扉が開かれることはない。
永久に。
−−あの日、世界は蹂躙された。
多くのこの世界の住人は、一般市民はもとより名のある騎士や、魔術師もいとも容易くその胸に宿る唯一無二の灯火を消し去られた。
唐突にこの世界に降り立った異世界人達によって。
未知の兵器と信じられないぐらい強大な力を使う彼らにこの世界の住人が対抗する術などなく、この世界の住人はやがて或る禁忌に頼るようになる。
これは復讐に取り憑かれた少年の悲劇と愛という名の狂気に取り憑かれた異世界人の少女の喜劇の物語である。