FRIENDS
エイト・フラッグとナイトタウンのあいだを流れる川からボードウォークをはさんである、オレンジに照らされた広場は、すでに人で溢れていた。柵に沿って奥に白いバンが数台止まり、白い簡易テントがいくつか設置され、数台のモニターも用意されている。一台のモニターには今の時刻、もう一台のいちばん大きなモニターにはアーティストのミュージックビデオが映し出されていた。大音量で流れるノリのいい音楽に合わせ、一部の人間たちはビール片手にバカみたいに歌い踊っている。
人ごみに紛れる気にならず、ライアンは広場の端の柵に腰かけた。五メートル先のノリについていけない。その光景がとても愚かに見えた。これほど微妙な心境で新年を迎えるのははじめてかもしれない。なんだかんだで中学の時から毎年、カウントダウンに来ているが、これほど気が乗らないのははじめてかもしれない。
「私、こんなイベントにくるの、はじめて」彼の左隣でエリカが言った。
レナは彼女のさらに左隣にいる。「ホントに?」
「ほんとだよ。こういうの、子供はこられないと思ってたから」
そんなわけがない。
右隣からマシューが声を潜めて言う。「かなりズレてる気がするな」
「だな」彼も小声で答えた。いちいち言動に違和感があるのはなぜだろう。「お前、どうなの?」
彼は苦笑いながら首を小さく横に振った。
つまり、ノー。「どうにかならねえの?」
「便所の行き帰り、お前の話ばっかだぞ。根掘り葉掘り」
ライアンはダメージを受けた。恐怖があった。と、ポケットの中で携帯電話のバイブレーションが震えた。
救世主! と思いながら液晶を確認したが、ジャックからだったのでがっかりした。救世主になど絶対にならない。ノロケを聞くつもりはないが悪態をついてさしあげたい気もしたので、ライアンは左耳を塞いで電話に応じた。
「なんだこら」
「どう? そっちは」
「どうってなにが? こっちが訊きたい。どういう風の吹き回し? まさか喧嘩でもしたか?」
ジャックが笑う。「そんなわけないだろう。年明けたら回線が込むから、先にってジェニーが。ちょっと待って」
意味がわからない。
「もしもし、ライアン?」ジェニーの声だ。
「よ、ジェニー。どうよ? 初カウントダウンデートは」答えはわかりきっているが、一応訊いた。
「すごく楽しい。あのね、先に言っておこうと思って。今年一年、お世話になりました。来年もよろしくお願いします。また、遊んでね」
その可愛さに、彼は心底浸った。過去に自分がつきあった女たちのようには、ジェニーは絶対にならないだろうというのがわかる。
「こっちこそ。レナにも代わるか?」
「お願いしていい?」
「ん、ちょっと待て。」柵をおり、彼はレナに携帯電話を渡した。「ジェニーから」
レナもやはり片耳を塞いで電話に応じた。
「ハイ、ジェニー。楽しんでる? ──そう、よかった。──ええ」笑う。「いえいえ。こちらこそ、今年も一年、お世話になりました。来年もまた、よろしくお願いします」また笑う。「ええ、わかった。──ハイ、ジャック。──こちらこそよろしくお願いします。わかってる。ええ、ちょっと待ってね」
携帯電話がライアンの元に返ってきた。
「やばいって、ジャック」
「なにが?」
「ジェニーが可愛すぎるんだけど」
「気づくの遅すぎ。惚れても渡さないけど」
「いや、知ってるけど」ジェニーの話になると、ジャックはいつもおかしくなる。「マシューとも話す?」
「うん」
彼は携帯電話をマシューに渡した。
「よ。──そう。やさしーから。うん。無理。いや、同意見」笑う。「まあ、どうにかなるよ。うん。そっちもお疲れ。また話すから。うん。ちょい待ち」
ライアンは再び携帯電話を受け取った。ジャックに言う。
「なに、そっち、そんなに楽しいわけ?」
「うん。というか、もう切っていい? ジェニーがつまらなさそうにしてるから」
「は? お前、他の奴とは長話しで、オレにはそれなわけ?」
ついでに言えば、ジェニーがそんな顔をするわけがない。彼女はジャックが隣でどれだけ長話をしていようと、にこにこと待っているタイプだ。
ジャックは笑った。「じゃあ、一回しか言わないから、よく聞いて」
「あ?」
「ジェニーとのデートさえ邪魔しなきゃ、お前は最高の親友だよ。たぶん、これからも。今年一年、お疲れ。また来年な」
意外な言葉だったのでライアンはきょとんとした。だがすぐに、彼を心配する気持ちのほうが上回った。
「お前、オレ口説いてどうすんの? ネジはずれたか?」
「ジェニーといると基本的に、ネジはずれっぱなしだから。気にするな」
それも知っている。「オレも、一部を除けば、今年は特に楽しかった気がする。お疲れ」
「うん。じゃ、ジェニーにキスするから、もう切る」
「は?」
電話が切れた。イチャついてんじゃねえこのアホが。と思いながら、彼は携帯電話をポケットにしまった。
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「口説かれたの?」エリカが訊いた。
ライアンはガムテープが欲しくなった。「うん。カノジョの目の前で、親友に」
マシューが笑う。「お前ら、マジで仲よすぎ。喧嘩しねえの?」
「本気でって意味なら、めったにしねえ」おそらく小学校の時以来、まったくしていない。
広場に設置されたモニターに新年まで“十五分まえ”という表示が出た。それがライアンには、青春の終わりへのカウントダウンに見えた。
かと思えば再び、携帯電話に着信が入った。今度はギャヴィンからだった。応じる。
「もしもーし、ライアン?」
おそらくアニタの声だ。「お前は誰だ」
「えー、ひどいな。声でわからないの?」
「声でっつーか、ギャヴィンと一緒にいること知ってるし。アニタだろ。ギャヴィンはどうした? チビすぎて人ごみに埋もれたか?」
彼女はけらけらと笑った。「いるよ。ジャンケンで負けて、ギャヴィンの電話を使うことになったの。えーとね、なんだっけ。明けましておめでとう、じゃなくて。え、まだ早い? だよね。ああ、今年一年お世話になりました、だ」
彼女がいるだけで、この場の空気ががらりと変わる気がする、とライアンは思った。グランド・フラックスで彼らと合流すればよかったのかもしれない。そうすればエリカのことはアニタに任せられる。
「いや、お前と知り合ったの、このあいだだし。まだ一週間くらいだし」
アニタがまた笑う。「そうだね、そうだ。じゃあ一週間、お世話になりました。来年こそよろしくお願いします。今度、学校の外でも遊ぼうね。マリーとギャヴィンと、タイラーとで」
「お前がオンナ連れてくるなら、行ってやる」
「え、がんばる。超がんばる。ちょっと待って、次、マリーに代わる」
電話口の声が変わった。「ハイ、ライアン」
「よ、泣き虫女」直球だった。
「え、ちょっと、やめてよ!」
彼が笑う。「嘘、ごめん。楽しいか?」
「うん、楽しいよ。ありがとう。連絡もきてないし、ギャヴィンに言われて番号とアドレス、拒否して消したから。もう平気、大丈夫」
マリーは数日前、地味で残念な男と別れたばかりだ。
「そ、よかった。ギャヴィンに惚れたら苦労するぞ。あいつ、チビのくせにモテるから」
「ええ? もういいって! 人の心読むのやめてよ! とりあえず、中学の時も今年も、お世話になりました。来年もまたよろしくお願いします!」彼女は勢い任せに早口だった。
「はいはい。俺もよろしく」
「待って、ギャヴィンに代わるから」
もういい気がした。年が明けてしまう。なにが哀しくてギャヴィンと会話をしながら年越ししなければいけないのだろう。
だがそんなつもりがないのはギャヴィンも同じだった。「よ、老け顔。マシューに代わって」
童顔、と人をからかうということは、老け顔、とからかわれるのと同等の意味を持つ──気がする。「は? オレの電話なんだけど」
「いいから代われって」
舌打ちをしながらも、ライアンは携帯電話をマシューに渡した。
「ギャヴィンが代われって」
「はいはい。──ああ。いいって。お疲れ。またな。ん」
早すぎる会話のみで携帯電話が返ってきた。ライアンがギャヴィンに言う。
「チビ。人ごみに踏まれて潰れたんじゃないかと心配してたんだよ」
「は? チビじゃねえし。潰れてねえし。どんなだよ。っつーか、いつまでこのやりとり続けるんだよ。もういいよ。大人になれよ」
「お前がな。で、どうなの? マリー」
「ん、いい子だよ。楽しいし」
「勝手やって泣かせたら、お前でも殴るよ? あいつはオレの大事なダチの部類に入るから」
ギャヴィンは笑った。「わかってる。って、今はまだ友達だけど。お疲れ。また来年な」
“まだ”、ということは、口説くのか。「ああ、お疲れ。年明けたら、ボッコボコにしてやんよ」
「それはこっちのセリフ。じゃーな」
「ん」
携帯電話には新着メール通知が入っていたものの、ライアンはひとまず無視した。ジャケットのポケットに戻す。マシューも携帯電話を操作していた。
「やっぱみんな、とりあえずこの時間から送ってくるな」
「でも年明けてねえから、ハッピーニューイヤーの一言が言えないもどかしさ」
マシューが笑う。「そうそう。たいていが来年もよろしくーだけど。しかもこんだけ送られてきても、返すの面倒だし。夜中もっと増えるだろ」
「回線が混んでたら、二時間遅れとかざらだもんな。そう思って早めにハピニュとかメールして、零時前に届いちゃう、とかもあるけど。明日の昼とかに返せばいいだろ」
「まあ、何人かの女には返したけど」
「なにお前、男女差別?」
「違う。優先度順。男は返さなくても怒らないけど、女は返さないと怒るじゃん。つきあってもないのに」
「ああ、いるな。つきあってないのにつきあってる気になってるやつ」
そういう女には、飛び蹴りをお見舞いしてやりたくなる。