GIRLS HIGH SCHOOL
たった五秒では、お互いの気持ちは変わらない。
ライアンが顔を離してすぐ、レナは指で涙を拭いた。そして彼を睨む。
「何度勝手なことすれば気が済むの?」
彼は立てた左脚に腕を乗せた。
「だってお前、動かねえもん。こうするか緊急ダイヤルに通報するかだぞ。とりあえず手軽なほう、選ぶだろ」
無愛想な表情のまま再び脚を抱える。
「ふざけてる。手軽って言葉がムカつく」
「んじゃ他にどうすればよかったわけ? 耳に息吹きかけて笑わせるとか?」
答えはなく、彼女はまた顔を伏せた。
まさかの逆戻りだ。「なんか言いかけてたの、なに?」
「覚えてない」
訊いたライアン自身も覚えていなかった。なので思い出そうした。そしてどうにか思い出した。
「なんでいきなりハジメマシテなんだって話だよ。メールとかないのかよって」
レナは顔を上げた。遠い目をしてつぶやく。
「──もう、どうでもいい」
そしてまた顔を伏せた。
呆れながらも彼は考えた。今からジェニーに電話してウィリアムの電話番号を訊いて、それを呼び戻すというのはどうだろう。嫌でも顔を上げると思うのだが。
「ライアーン!」
高いトーンの声で名前を呼ばれ、彼は振り返った。白装束が手を振りながら自分のほうへと近づいている。その一歩うしろに、少々疲れた様子のマシューがいた。やっとだと思い、財布を取り出す。
エリカは再び、笑顔でライアンの隣に腰をおろした。立てた脚を抱える。
「ごめんね、待った?」
彼が待ったのはマシューと肉まんだけだ。「いや」財布から札を出す。
「ほれ、肉まん」
マシューはライアンとエリカとのあいだに袋をぶら下げた。受け取った代わりに札を渡す。
「レナのぶんも。やさしいから釣りもやる」
肉まんとカフェオレを取り出し、レナに渡した。マシューたちが戻ってきたからか、彼女はいつのまにか身体を起こしている。
「ありがと」
マシューはエリカのうしろで一段上のステップに腰をおろした。
「さっきそこで、ディラン見た」
ライアンはさっそく肉まんを食べる。「マジ? 話した?」帰りはアイスを買うと決めている。
「いや。ベラと一緒だったんだけど、なんか近寄れる雰囲気じゃないし」
お前はエリカと一緒だったしな、とは思っても言わない。「へー。デートか?」
「さー。ディランが惚れてんのは、端から見てりゃ丸わかりなんだけどな。ベラはなんつーか、今年に入ってからさらに性格悪いから、もうどこまでが計算なんだか」
ライアンは遠い目をした。「その気ねーもんな、絶対。ディランもそれわかってて一緒にいんだろうから、マジ意味不明」
エリカが割り込む。「なんか、友達いっぱいだね」
マシューが答える。「普通だろ。つっても学年全員を知ってるってわけじゃないけど」
「そうなの? 私が行ってた学校は、高校三年間、クラス替えがないから、他のクラスの子はあまり知らなかった」
「へえ。まあクラス替えあっても、人数多けりゃ三年あっても全員知るとか無理だけどな」
ライアンはうなずいた。「けどクラス替えがないって最悪だよな。嫌いな奴がいても、三年間は我慢しなきゃいけないわけだろ?」肉まんを食べ終えたのでカフェオレのペットボトルを開ける。
エリカが苦笑う。「そうだね。だから、疲れる。女子高だし」
マシューが反応した。「女子高? いいな。女選び放題だし。天国」
そうとは限らない、と思ったがやはりライアンは言わなかった。エリカに訊く。「教師は? 男いんの?」
レナがつぶやく。「あんたが教師になったら、この国の教育システムが崩壊するわよ」
笑えるが笑わない。「うるさいよ」
エリカが答える。「うちの学校は、先生もみんな、女の人ばっかりだったよ」
ライアンは身の毛がよだつ思いが──したというのは大げさなものの、近づきたくないと思った。ベネフィット・アイランドの市内にはそんな高校、存在すらしないが。
マシューがエリカに訊く。「女子高って、オトコどうすんの? 他校につくるしかないよな」
「そうだね。近くに男子校があったから、よく交流はしてたけど」
つまりその男子校生徒は、女を選び放題だと浮かれるのだ。中が地獄だとも知らずに。