LOST LOVE
レナがかたまり、ライアンは小首をかしげた。彼女の視線の先を追う。
階段下のボードウォークに、手をつないで歩くカップルがいた。ふいに男が彼らのほうを見やり、一緒にいる女になにかを言った。かと思えば女の手を離し、彼らのほうへと歩いてきた。
男が近づくにつれ、おおよその年齢と顔、髪の色がわかった。ライトブラウンとホワイトハイライトを混ぜた髪。おそらく二十歳前後、文句のないハンサムで、完璧だ、とライアンは思った。
「レナ!」男が言った。
彼女が控えめな微笑みを返す。「ウィル。また髪を染めたの?」
男は彼らの二段下のステップに立った。
「まあね。まさか君に会えるとは思ってなかった」ライアンに訊く。「彼氏?」
ライアンは即答した。「違います」
レナが言う。「彼はライアンよ。時々、私たちが話すでしょ」
男はひらめいた表情を見せた。「ああ、君がライアン? 噂は聞いてる。一度会ってみたいと思ってたんだ。僕はウィリアム。ジェニーの兄だ」
手を差し出され、握手をした。ジェニーの兄という点には驚きだ。
「ああ、どーも」
「あなたは、恋人と?」レナがウィリアムに訊いた。
女のほうを見やってから彼女に視線を戻す。「まあね」
「なら、彼女を待たせちゃ悪いわ。もう行ってよ」
「うん。じゃあ、また。気をつけて、楽しんで」
「ええ、あなたも。またね」
レナに応えて手を振ると、ウィリアムはステップをおりてまた、女と手をつないで歩き出した。
なるほど、とライアンは思った。一生片想い。レナは、ジェニーの兄貴に片想いしていたわけだ。身体の少しうしろに両手をつく。
「残念でした」
レナは腕にあごを乗せ、ふたりのうしろ姿を目で追っている。
「なにも、残念じゃない」
「涙目のくせによく言うよ。知ってるか? こういう時はカレカノのフリ、すんだぞ」
「涙目じゃないし、それをするのは相手が自分の気持ちを知ってる時」
そう言って顔を伏せた。
それもそうだと納得した。「逃げるか?」
「逃げない。わかってたことだもの。彼に恋人がいないはず、ないじゃない。ただ──」
「ただ?」
「あんたと一緒のところを見られたっていうのが、いちばん最悪」
犯すぞアホ。「マシューに電話して、なんか買ってきてもらうか? したらちょっとは時間、引き延ばせるけど」
「──肉まんが食べたい」
「よし決まり」
あぐらをかき、ライアンは取り出した携帯電話でマシューに電話をかけた。
「なに?」
「肉まんふたつ、買ってきて」
「は?」
「金はあとで出すから。っつーか今、どこ?」
「まだ、便所。っていうか、やっと便所。あいつさ、汚いトイレはイヤーとか言って、綺麗なトイレばっかり探そうとするの。けっきょくナイトタウンまで来たし」
笑える。「やっぱダメだな、あれ。カウントダウン終わったらすぐ帰ろーぜ」
「だな。肉まんふたつだけ?」
「あと、ホットミルクティーとホットカフェオレ。よろしく」
「はいはい」
ライアンはまた携帯電話をポケットに戻した。レナは相変わらず顔を伏せている。
「片想い期間、どんくらい?」
無言。
「なんか言え」
無言。
ムカつく。「耳に息吹きかけたら、怒るか?」
「殺す」とは言っても、顔は上げない。
彼はまた質問した。「キスしたら怒るか?」
「顔伏せてるから無理」
そうなのだが。「キスってのは、首筋にもできるんだぞ。髪とか、頬とかも」
無言。
彼はまた呆れていた。最近自分の周りには、面倒な人間が増えている気がする。他人の恋愛を目の当たりにすることが増えたせいかもしれないが、なぜみんな、たかが色恋で浮き沈みできるのだろう。どんな荒波に乗っているのだろう。自分がいる海となにが違うのだろう。
「なあ、頼むから、なんか言えって。オレ、こういう沈黙、嫌いなんだけど」
無言。
またライアンの苛立ちが募る。本当にうざい。「んじゃ、キスさせて」
無言。
ム・カ・つ・く。
誰か緊急ダイヤルに通報しろ。重症だ。沈黙病だ。失恋病だ。無言病だ。顔伏せ病だ。金縛り病だ。
彼は脚に左肘をつき、手に頬を乗せてレナを観察した。
なぜそんなに、誰かを好きになれる? マリーもそうだが、なぜ恋愛で悩んだり泣いたりできる? 意味がわからない。
右手でレナの髪に触れ、彼女の耳を出した。青いピアスがみっつ。小さいのがふたつと、リングがひとつ。耳にキスができないことに気づいた。それどころかよく考えてみれば、普段のほとんどの状況で、このピアスたちは日の目を見ていない。
それでもレナは、動かない。
彼女の首を掴み、無理やり顔を上げるよう促した。目を閉じる前、レナの涙が見えた。
そして、ライアンは思い出した。なぜ自分が彼女を嫌っているのか、本当は、その理由を知っている。
幼馴染だからではない。初恋の相手だからでも、口や性格が悪いからでもない。
自分が彼女のことを嫌いなのは、彼女は絶対に、自分のことを好きにならないからだ。
わかっていてライアンはまた、レナにキスをした。