BOARDWALK
歩いているうち、ライアンの腕にはなぜか、エリカの腕が絡んでいた。歩くのが遅いとやんわり文句を言ったのが失敗だったのか。それとも、迷子になるなと警告したのが間違いだったのか。腕にしがみついているわけではないのだが、言うまでもなく歩きにいし、不快だった。初対面なのだが。
それでもそんなことを言える相手ではないので、マシューとレナのうしろを歩きながら、エリカの話を聞いていた。
エリカは親の都合で、ベネフィット・アイランドの隣にあるプレフェクチュール、イノセンス・リバーから引っ越してきたという。時期が半端だというのはライアンは指摘しなかったし、彼女もなにも言わなかった。
彼女は不自然なほど笑顔を見せ、不自然なほどボディタッチをし、不自然なほどの瞬きと上目遣いを繰り返す。甘えた声でゆっくりと喋り、変な部分に区切りをつけ、自分のことを話すよりも彼のことを根掘り葉掘り質問した。
雨に濡れてマスカラ落ちてパンダになれ、とライアンは思ったが(なんなら世界中のマスカラ取扱店に対し、エリカにはウォータープルーフマスカラを売るなとも思ったが)、空には雲ひとつなかった。あるのは昨日と同じに見える満月と、大量の星だけだ。
センター街にはいくつか川が流れていて、ほとんどのカウントダウンイベントは、その川沿いにある広場や公園で行われる。何箇所かで花火が打ち上げられ、場所によっては屋台も出る。
エイト・フラッグはMCVから徒歩十数分ほどの場所にある。そのあたりには、ナイトタウンで浴びるほど酒を飲んだ人間が大暴れしたり、テンションが上がりすぎて橋から川に飛び込み、危うく死にかけた人間がいるという噂もある。それはカウントダウンイベントに限ったことではないが。
屋台で適当なものを買った四人は、ひとまずイベントのある広場から少し離れ、川沿いのボードウォークへと向かった。周囲には何組か、同じように屋台で買ったものを食べているカップルやグループがいる。カップルなら幸せそうに寄り添って歩き、グループなら騒ぎながらボードウォークを歩いていた。
ボードウォークの階段のステップに腰をおろしたのはいいのだがなぜか、ライアンの左隣にエリカ、一段下のステップにレナが座り、マシューは彼のななめ左に座った。ライアンにはもう、なにがなんだかわからなかった。
そんな彼、ひとまずレナに文句を言うことにした。
「レナ。お前タコ食えないくせに、なんでまたたこ焼き買うわけ?」
彼女はマシューのほうを向いて座り、タコを抜いたたこ焼きを食べている。
「チーズ焼きを売ってくれないのが悪いんだと思うの。タコまずいし」
彼は呆れた。彼女は夏祭りの時のベラとまったく同じことを言っている。
マシューが笑う。「なにしてんのかと思ったら、タコ食えないからタコ抜いてるのか」
「そう。たこ焼きは好きなの。でもタコは嫌い」
もうネギだけ食っとけよ、とライアンは思った。
エリカが口をはさむ。「私もタコは嫌い。っていうか、魚介類は全部ダメ」
フランクフルト片手に、マシューもレナのほうを向いて座りなおした。エリカに訊き返す。
「マジかよ。んじゃなに食うの? 肉?」
「お肉もあんまり。野菜がほとんど。あと果物」
いろいろな意味でライアンはヒいた。「え、肉食わないで生きていけんの? マジで?」
「油っこいものがダメなの。気分悪くなっちゃう」
屋台に立ち寄った際、エリカはなにも買っていない。自動販売機でホットレモンティーを買っただけだ。
レナは相変わらず、箸でたこ焼きを裂き、タコを抜いて食べている。本当にえぐい。ライアンは今年の夏休みにも似たような光景を見たのだが、その時は衝撃が二倍だった。レナとベラが揃ってそれをしていたのだ。そのうえベラが抜いたタコをギャヴィンとディランに食わせていたので、ライアンもレナが抜いたタコを食べなければならなかった。もちろん、手をつけていないタコ入りのたこ焼きをもらいもしたが。
レナがエリカに訊く。「もしかして、ピザも食べない? お菓子は?」
「ピザも食べないかな。お菓子は、クッキーとかなら食べるよ?」言い終えると同時に、彼女はライアンに向かって微笑んだ。
彼の心は石になりかけた。
「すごいわね。私なんか、月に一度はピザ食べてるのに」
ライアンはとにかく、タコを抜くのをやめてほしかった。「コンビニ行ったら絶対肉まんだしな」
レナが彼を睨む。「それはあんたでしょ。しかもピザまんとセット」
彼は無視してフライドポテトを食べる。
「ふたりは、仲がいいの?」エリカが訊いた。「時々話す程度ってレナに聞いたけど」
これで仲良く見えるのなら眼科に行くことをお勧めする。「そうそう、月に一度話せばいいほう」
マシューが笑う。「うそつけ」
黙れ。「まあ月に一度は言い過ぎか、二度か」
ライアンはそう訂正したが、またも彼はにやついた。あとで覚えてろよ。
レナが微笑んで彼女に言う。「エリカ。こう見えても私たち、すごく仲が悪いのよ。お互いがお互いのこと、大嫌いなの。それを承知のうえで話してる。私の中でこいつは、たこ焼きの中のタコと一緒。食べる前にバイバイ、みたいな」言葉を切ると、彼女はライアンにトレイを差し出した。「食べる?」
トレイにはたこ焼きがひとつしかなかった。あとはえぐり出されたタコだ。
「食えばいいんだろ、食えば」
受け取った彼はタコを食べはじめた。
レナが笑う。「共食い」
「黙れアホ」犯すぞアホ。
マシューも笑う。「共食い」
今さらながらライアンは、恋愛感情ではないものの、中学時代、一部の女たちが自分のことを狼だと言っていたと教えてくれたマリーのことが恋しくなった。たこ焼きはほとんど冷めている。マリーやジェニーなら、温かいうちにそれをくれる。ベラなら温かいうちプラス、一個ではなく四つはくれる。レナは冷めたものを一個。この違いはなんなのだろう。そんなことを考えながら、彼は苛立ちと虚しさに襲われそうになった。
レナの言葉にエリカが微笑む。「そっか。ねえ、どこかにお手洗い、あるかな?」
レナはライアンが返したトレイを白いビニール袋に戻し、口を縛った。
「ごめん、私わからない」
マシューが立ち上がる。
「俺も行くから、一緒に行く?」
「ほんと? ありがとう」エリカも立ち上がった。「ライアンは?」
「いい。寒いから」これでマシューが持って帰れるかどうかがわかる。
「ここにいろよ、すぐ戻るから。」
そう言うと、ゴミをまとめたビニール袋を回収したマシューはエリカを連れ、エイト・フラッグへと歩いていった。
それを見届けると、レナはライアンの右隣に移動した。
「どう?」
「どうもこうも、早く帰りたくてしょうがない。なんか、すべての言動にすごい違和感。っていうか、なんでメールも電話もなしでいきなりハジメマシテなわけ? しかもカウントダウン。超めんどくさいんだけど。超やりにくいんだけど」
彼女は立てた膝を抱える。
「しょうがないじゃない。あの娘が──」
前方を見たまま、レナの言葉が途切れた。