IMPRESSION
翌日、十二月三十一日──今年最後の日。
昼間のうちに、待ち合わせ場所は無難というか当然の、センター街ムーン・コート・ヴィレッジ前、時間を夜の十時半と決めた。
家を出るまえに自室の隣にある妹の部屋のドアを開ける。ライアンが顔を出すと、ぬいぐるみで溢れた部屋でテレビゲームをしていたメグ──マーガレットが手を止め、しかめっつらで振り返った。
「お兄ちゃん、ノックしてって言ってるじゃん」
ドアを開け放って戸口にもたれる。
「なにがノックだ、小学生が生意気言うな。さっさと寝ろ。その前にカイロ、ふたつくれ。ついでにゲーム機もくれ。まだ新品」
メグはコントローラーを置いて完全に彼のほうを向いた。
「ゲーム機はやだけど、また? カイロ、このあいだもあげたのに」
「いつの話だよ。それに昨日、お前の部屋掃除するの、手伝っただろ」
「半分は漫画読んで邪魔してたくせに。まあいいけど」立ち上がると、メグは、テレビボード横にある赤と白のチェストの引き出しを開けた。カイロをふたつ出し、引き出しを閉めて彼のほうへ持ってきた。「お兄ちゃんも、ママに買ってもらえばいいのに」
「高校二年生がカイロとか言えるかよ」受け取ったカイロをふたつとも開けた。「っつーかお前、早く寝ろよ」外装袋彼女に渡して揉みほぐす。
「もうすぐ寝るよ。気をつけてね。警察に捕まっちゃダメだよ」
おかんか。「はいはい」
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バスに揺られ、ライアンはMCV前のバス・ステーションに降り立った。
人が多い。カップルが多い。その光景が、彼をまた苛立たせる。カウントダウンというイベントに来ようとしたことそのものが間違いなのかもしれないと思いはじめた。ひとまずMCVへと歩きながらマシューに電話する。
「今着いた。どこ?」
「お前のうしろ」
「は?」
ライアンは振り返った。そしてタクシー乗り場のほうから、携帯電話を持ったマシューが歩いてくるのを見つけた。暗黙の了解で彼らは電話を終えた。
「しょうがないから来てやった。俺、やさしくね」と、マシュー。
二人はMCVへと歩き出した。
「それはオレも同じ」レナに言いたいセリフだ。「お前、B組に転校生が来たの知ってた?」
「いや、知らね。同じ学校の同級生に興味ないし」
そういえば、彼はそんなこだわりも持っている。「面倒だよな、絶対。同じ学校のしかも同学年」
「そんなん言いながら、たまにつきあってたんだろ? 中学の時とか」
「そうだけど。もう懲りた。なんか手早いとか噂広まるし。女のツレと話してるだけでギャーギャーうるさいし」
マシューが笑う。「事実じゃん。俺らの中でお前が一番手が早いだろ」
「は? お前に言われたくねえよ。夏休み、会ったばっかの女とその日のうちにベッド・インしたくせに」
補足すると、それは年上だった。それも逆ナン、相手のほうから声をかけてきた。ライアンもその場に一緒にいたのだが、彼は“ボン”だった。
信号が青に変わり、周囲にいる人々が一斉にクロスウォークへと足を踏み出す。彼らも続いた。
「誘われたんだからしょうがねえじゃん」
「もうその勢いでお姫様も連れて帰れよ」
「そんでお前はレナを連れ込むわけ?」
「そんなことしたらオレ、魔法で老人になっちゃうよ? 頭真っ白になるよ?」
「かっこいいじゃん、白髪。イカす」
「いや、そうだけど。ちょっと興味あるけど。」
そんな会話をしながらもMCV前の広場に辿り着いた彼らは、二人してレナの姿を捜した。
MCV前は人口密度が高かった。メインビルであるMCVは一階の駅と地下のフードコート以外、すでに閉店しているというのに、あちこちで行われるカウントダウンのイベントに行くためか、何十人もの人々が行き来している。
立ち止まると、ライアンは集中してあたりを見まわした。そして、広場の通りに近い場所にいくつかある、花壇を囲むように置かれたベンチのひとつに、レナの姿を見つけた。
「いた」
「どこ?」
マシューに教えるため指で示す。「あれ。左から二番目の花壇のベンチ」
彼も見つけた。「ああ、ほんとだ。あのベビーブロンドのボブカットは間違いねえ」
「だろ。いつもあの髪型。よく飽きねえよな」
「ああいう派手めの女にしてはめずらしいよな。ってことは、隣にいるのがお姫様か」
「だろうな。白いよ。全身白だよ。髪は茶色だけど、あと白だよ。どうなの、あれ。雪だるまか」
マシューが笑う。「あんな真っ白コーデな女、滅多に見れねえ気がする。とりあえず、行く?」
「行かなきゃ殺される」
気が進まないながらも彼らはレナたちのほうへと歩き出した。
「お姫様の前で、レナに“おいクソ女!”とか言ったら、ヒかれると思う?」ライアンが訊いた。
「いいんじゃね。泣いて帰るかもしれねえし。そしたら俺らは家に帰ってテレビでカウントダウンができる」
「ああ、今日に限っては、そっちのほうがいいや」
レナが彼らに気づき、隣にいる女に話しかけた。お姫様らしき女はニット帽からロングブーツまで、全身真っ白コーディネートだ。脚を組んで座っているレナは、相変わらずのミニスカートらしい。そのあたりにいる男たちに、襲ってくれと言っているようなものだと思うのだが。
お姫様の顔が見えた。誰にもわからないようにではあるが、ライアンは小首をかしげた。可愛いというか──。
先にマシューが続きを口にした。「お姫様? 化粧濃いな、あれ」
濃いのはレナも同じだ。「だな」
女がする化粧には、同じ“濃い”にしても二種類ある。
ひとつは、それほどファンデーションを塗っているわけではなく、目を大きく見せるためなのか、目元の化粧のみが濃い女。レナはこちらのタイプだ。
もうひとつは、目元のメイクはもちろん、ファンデーションやチーク、アイシャドウをこれでもかというほど塗っている女。首の色と顔の色の違いに違和感が出ないようにと、首にも同じ色のファンデーションを塗るらしいが、それにしても白すぎだったり、首との色は同じでも手の色が違っていたり、塗りすぎているせいで、表情に生気がないというか、サイボーグのように思えたりする。それを気にしているのかいないのか、頬にチークを乗せすぎる女もいる。不自然極まりない。お姫様はおそらくこちらのタイプだろう。
彼らは彼女たちに近づいた。ライアンがレナに言う。
「なんでお前、こっちなわけ? お前のバス停はむこうだろ? 反対だろ?」
「ベンチが空いてなかったのよ」と無愛想に答えると、彼女はマシューに愛想のいい挨拶をした。「ハイ、マシュー。ひさしぶり」
「よ。話すの、かなり久々だよな。しかも相変わらずな露出してるし」
「私は真冬生まれだから、寒さには強いの。でも、ちょっと後悔してる。寒いもの」
彼が笑う。「俺も寒い」
その隙に、ライアンはエリカを観察した。たれ目メイク。無理。化粧、濃い。髪は長く、カッパーブロンドカラー。多い。くるくる。自意識過剰。耳の隠れるボンボンつきニット帽にコート。全身白。肌も白い。頬はピンク。おそらくチークだ。
レナが紹介する。「この娘はエリカ。エリカ、こっちがライアンで、こっちがF組のマシュー」
エリカはとびきりの笑顔を彼らに向けた。「はじめまして。ごめんね? 無理に誘っちゃって」
媚びた高い声だ、とライアンは思った。そして本気で無理だと本気で思った。心の底から帰りたいと思った。
「いや、いいけど」
マシューが彼に訊く。「っつーか、カウントダウンはどこの?」
センター街のカウントダウンイベントは、何箇所かの広場でそれぞれに行われる。どこに行こうとイベントそのものはほとんど同じだが、センター街に広がるエリアは一部を除いてそれぞれに対象年齢が異なることもあり、雰囲気とそこに集まる人々、MCVからの距離、周りになにがあるかが変わってくる。
ライアンが淡々と答える。「ファイブ・クラウドには来るなって言われてる。ジャックとジェニーが行くから。グランド・フラックスの広場は、ギャヴィンたちがいると思う。今日ギャヴィンに電話したらそう言ってた。他はわかんねえ。まあどこにでも、誰かはいると思うけど」
「ジャックのやつ、一番いいところ持って行ったな。あそこなら落ち着いてて、雰囲気は最高」
ファイブ・クラウドの対象年齢は二十代から三十代あたりだ。バーがあるのは当然で、他にもブランドショップや落ち着いた雰囲気のカフェ、高級家具屋に絵画を並べたギャラリー、ブライダルショップや高級レストランなどがある。ライアンだけでなく、ほとんどの中高生が足を踏み入れることのないエリアだ。
一方グランド・フラックスは、まさに学生のための遊びスポットのような感じで、ゲームセンターやバーガーショップ、雑貨店にカラオケ等、色々な店がある。
ライアンが愚痴っぽく答える。「だろ。ふざけてる。くるなって、お前のじゃないっつーの。ムカつくからカウントダウンの時に電話して、邪魔してやろうかと思って」
「電話、通じないんじゃないの?」レナが言った。「混線はいつものことだもの」
「だな」とマシュー。「あとデカいとこっつったら、エイト・フラッグか。あそこにする? 酔っ払いがいる確率は高いけど、屋台もあるし」
エイト・フラッグは、対象年齢不明、どちらかというと対象種族を絞って展開しているエリアだ。ナイトクラブやキャバクラ等、酒に溺れる中高年世代を対象にしたナイトタウンやホテル街から近いこともあり、あからさまではないものの、おかしな店が揃っている。メイド喫茶だったり、ギャルゲーソフト専門店だったり、関係ないような気もするが、ウケ狙いでしかないだろうふざけた言葉を入れたTシャツ専門店等。ライアンが知っている普通の店といえば、奇抜な雑貨を扱っているショップくらいだ。
ライアンの頭の中にはもう、“解散”の文字しかなかった。「行くか」