EPILOGUE
ライアンが眠っていたベンチから少し離れた場所。バトミントンをして遊ぶギャヴィンたちを、芝生に敷いたビニールシートの上、ジャックはジェニーと並んで座り、眺めていた。
ふいにジェニーが振り返る。
「あれ? レナがいない。ライアンも」
ジャックもライアンがいたはずのベンチをのほうを振り返った。確かにいない。
「ほんとだ。いない」
ジェニーは彼に微笑んだ。「うまくいったかな」
その微笑みに、ジャックの心は癒された。ライアンは普段鋭いくせに、レナに関してだけなのか、たまに鈍いところがある。それはレナもわかっているだろうし、あとはもう、彼女がどう伝えるかなのだが。
「だといいんだけど」、と彼は答えた。シートについた左手に重心を寄せ、身体を彼女のほうに傾ける。「普段邪魔されてるし、たまには邪魔しに行こうか」
「ええ? 悪いわよ、そんなの」
「気にならない?」
「──なる、けど──」
頬を染め悩ましげな表情をする彼女の姿に、彼は思わず笑った。葛藤があるのだ。覗き見や邪魔をするのはダメだとわかっている。だが成功を願うあまり、早く結果を知りたい。一緒に姿を消したということは、うまくいっている確率のほうが高いと予測したのでなおさらだろう。
あまりの可愛さにジャックがジェニーに言う。「好き」
彼女はさらに頬を赤く染めた。「ええ?」
「じゃあ、多数決で決めようか」
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芝生広場の少し奥にあったクライミング・ウォールの裏側に背をあずけたライアンは、レナと、何度も何度もキスをしていた。さすがに抱きしめたりはしていないものの、もっとキスを、なんなら深いキスをしたい、でもみんなには見られたくないという、レナのわがまますぎる要望を聞くため、こんな場所に移動した。
こうなってみてはじめて、彼は気づいた。以前からわかっていたことではあるが、やはり、キライではない。知らなかった部分をこの数日で知ったからというのもあるのだろうが、不思議と、今のこの時間を、居心地がいいと感じていた。
ライアンの胸に手を添え、レナが嬉しそうに微笑む。
「さすが。キスがじょうず」
彼の両手は彼女の腰にある。また知らない一面を見た、と彼は思った。
「興奮するにはまだ早い」
「そうだけど。最低でも二週間はさせないつもりだったのに、もうどうでもよくなってきた」
「お前、実は好きモノか」同類か。
「そんなの思ったこと、ない」
そう言うと彼女はまた、彼にキスをした。
──つまり? 「オレが、うますぎると?」
「そう」
おかしい。「何回しても同じなんじゃなかったっけ。オレ相手じゃドキドキしない」
「訂正する」
笑える。「んじゃ帰り、どっかで降りてホテルに行くか。ケイラからもらった金もあるし」財布に入れたまま出していない。
「キスのためだけに?」
「は? キスのためだけに金出してたまるか。アホか」
「変態」
「黙れアホ」
レナは顔をしかめた。「──もし、あんたが私を好きになったとしても、好きって言われるより、アホって言われるほうが、多い気がする」
間違いない。「誰に対してもだけど、オレが言う“アホ”には七十パーセントの割合で情が詰まってる。気にするな」
彼女が笑う。「わかった。じゃあ私はバカっていう。九十パーセントの愛情込めて」
「は?」
「うわー、なんかイチャついてる」
彼の右側から声がした。クライミング・ウォールの反対側からギャヴィンがにやついた表情で顔を出している。
「ヤバい。アツアツなんだけど」
今度は左側だった。アニタだ。
「レナ!」ギャヴィンのうしろから出てきたジェニーは、笑顔で両手を広げ、彼女にハグを求めた。「よかった」
当然、彼女も応える。
「ジェニー。大好き。ライアンより好き。ジェニーがいちばん」
ライアンは呆れた。
左側から出てきたタイラーが笑う。「フラれてやんの」
さっそくフラれてしまったらしい。
クライミング・ウォールの右側から半分ほど顔を出したマリーは、深刻そうに真剣そうな表情で彼を見ていた。「ライアンが女の子とベタベタするところ、はじめて見た」
さすがにうるさい。なぜ左右から出てくるのだ。どれだけ首を左右に振れらせれば気が済むのだ。
「お前、けっきょくレナなんじゃん」ギャヴィンが言った。「けっきょく」強調して繰り返した。
なので彼はむっとした。「だってこいつ、つきあえってうるさいんだもん」
レナがしかめっつらを彼に向ける。
「は? つきあってもないのに何度もキスしてきたの、どこの誰?」
ライアンはまたも呆れた。さっきの可愛さはどこに行ったのだろう。というか、勝手にキスをしたのはお互い様だ。こちらに負けない回数でしている。
ジャックは彼の左側で、クライミング・ウォールの端に右肩をあずけて微笑んでいる。「心配しなくていいよ、レナ。僕が知る限り、今までこいつが真剣に悩んだ女の子は、君だけだから」
──キレる。
「わかった。もうわかった」ライアンは言った。
親友は、たまに敵。
「勝負するぞ。バスケでもバドミンドンでもドッジボールでも、なんでもいいわ」
ダチも、たまに敵。
「しょうがねえから、カップル組に入ってやる」
幼馴染みも、たまに敵。
「オレが勝ったら、全員黙れ。そんでオレにアイス奢れ」
それでもなにかあるだけ、自分は恵まれている。
彼らはがそれぞれに顔を見合わせ、笑った。またぞろぞろと、芝生広場の中央へと歩きだす。
だが最後尾、レナに腕をとられ身体を引き寄せられて、ライアンはまた、彼女とキスをした。
微笑む彼女が声を潜めて言う。「好き」
意味がわからない。二重人格なのか。ツンデレか。
だが、キライではない。
彼女の頬を右手指で撫で、彼は微笑んだ。
「オレも、お前のその二重人格ぶりは、気に入った」
“運命”がどこにあるかのかは、まだわからないが。
目を閉じて、また、ライアンはレナにキスをした。




