FATE
目的地であるデイ・ピーク・ブロードパークこども広場は、丘陵地の斜面にいろいろな広場が整備されている。デイ・ピーク海岸へと繋がる通りの途中でバスを降りると、彼らは右にある通りに入った。少し歩くと、左側に広い駐車場が現れる。それはライアンたちが行こうとしている公園の駐車場で、傍らに停留所があり、そこから定期的に各コースをまわる施設専用のバスに乗れる。
ひとまずランチをとるためにピクニック広場に行こうかという話になったのだが、ライアンがそんな状態なので心配して、さっさと芝生広場に行くことになった。施設専用のバスに乗ってそこへ向かう。
芝生広場は公園全体の中間地点にある。数本の大きな木が植えられ芝生が広がり、自由に遊べる場所ということになっている。だが他にもアスレチック広場やスカイネット広場、ちびっこ広場などという名称の、目的のはっきりしたエリアがあるため、人は少ない。というか、散歩がてら歩いている数人しか見当たらなかった。なんのためにあるのか、ライアンには謎だった。そしてなぜ自分がこんなところにいるのかも謎だった。
ところどころに設置されたベンチがあったので、レナとジェニーが用意していた大きめのビニールシートをベンチのすぐ傍に敷き、それぞれが駐車場で買った飲み物とLBCでサンドウィッチやホットドックを囲んで、ピクニック・ランチタイムがはじまった。
だがライアンは食欲がなく、少し距離をおいたところにあるベンチでひとり眠ることにした。
彼は広場のほうを向いてベンチに横になり、重ねた両腕を枕代わりにして眠っていた。寝顔を見られたくないなどとは、思ったことがない。ときどき声が聞こえたものの、彼には関係がなかった。
けっきょく、レナとはどうなのだったか。
つきあえるかと言われたら、つきあえる。ヤれるかと言われれば──そこはひとまず、置いておいて。親が顔見知りだというのも置いておいて。ひとりの女として好きになれるかと言われれば、知らないが。
そもそもさすがに、キライな女にキスなど知らないだろう。ぜんぜんまったくその気がない女を相手にキスしたりも、しないだろう。だがさすがに、今さらなレナを半端に扱うというのも──。
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身体を揺すられ、頬をつねられ、髪を触られ、耳を触られ、途中からは気づいたがあまりにもしつこく、無視し続けるには無理があったので、ライアンは重い目をどうにか開けた。
レナが、目の前にしゃがみこんでいた。
「あ、やっと起きた」
ああ、とうとう魔女の降臨だ。と、彼は思った。
「よくこんなところで寝れるわね」
誰のせいだと思っているのだ。「──オレの得意技は、わりとどこででも寝ること」ベラほどではないし、ありえないほど眠ければの話だ。
彼女がつけたす。「あと、わりと誰かれかまわず口説くこと」
LBCの店長のことを言っているのか。「妬いてんの? 店長のこと」
一応言っておくが、彼の頭は正常には働いていない。睡眠不足のうえ寝起きなのでしかたない。
「フラれてたし、妬かない。でも、ムカついた」
おいおい。どうした、お前。
「みんなで代わる代わる起こしにきたのに、全然起きないから。もう三時間も寝たまま」
ということはおそらく、今は二時か三時くらいか。やっと彼の耳に、遠くからマリーたちの笑い声が聞こえてきた。平和だ。
彼が彼女に訊く。「お前、そんなにオレのこと、好きなの?」
「うん」あっさりだった。
「オレ、好きとか、よくわかんねえ」レナのこともわからない。
「うん。私も、よくわかんない」
「そんなんでよく告白とかするな。しかもオレに」
「あんたに言われたくない」
それは、言えている。「ジンクスはどうするわけ? オレら、恋愛運が急激に落ちるわけだろ?」そんなものは信じていない。
「そんなの、本気で信じてるわけじゃない」
少々呆れた。なんなのだ。キライではないので、つきあいたいというならつきあう。そこはかまわない。
「──どう、したい?」
彼女が小首をかしげる。「どうって?」
「つきあうとか、友達のままとか、なんかあんだろ」
そう言うと、ベンチの端に曲げた両腕を置き、レナは顔を彼に近づけて微笑んだ。
「友達のままがいいなら、友達でいい。もうキスもしない。でもつきあってくれるなら、つきあう。しばらくは、好きじゃなくてもかまわない。数週間か何ヶ月かして、やっぱり違うって思ったら、別れればいい。それなら私は、友達に戻る。でも好きだって言ってくれた時は、それを信じる」
そんなことを言われても。「お前が、イヤな思い、するかもじゃん」
誰のこともそうだが、傷つけたくて、傷つけるわけではない。だが傷つけない方法も、わからない。
「そうだけど。でも、別れるって言われるまえに、私のことを好きにさせればいいわけだから」
「──そんなんで、いいわけ?」
「うん。いい。友達感覚でいい。私も、そんな乙女っぽいことしたいわけじゃないし。ただ、つきあってるあいだは、キスしたりするのが私だけって話。冗談で誰かを口説くのもなし」
それは、そうだが。「お前、やっぱ、変」
彼女は笑った。
「だと思う。──でも、それが、正直な気持ち」
正直な、気持ち。自分の正直な気持ちなどというのは、よくわからない。それがわかれば、彼女のことでこれほど悩んだりはしなかった。
「んじゃ、どうすんの? お前がしたいように、する」
レナはまた、微笑んだ。「つきあう。今から、あんたは私の彼氏。で、キスする」
──変な女。
キライでないということが、好きということになるわけではない。
ここに、“運命”があるかはわからない。
だが、親友が言った。
“まずはそこからはじめろ”
伸ばした右手をレナの首にまわし、彼女の顔を引き寄せた。
こいつとこうすんの、ほんとに、何度目だっけ。
目を閉じ、ライアンはまた、レナとキスをした。




