MEANING
ジャックに、電話を切られた。
えー。というのが、ライアンの感想だった。鈍いと言われても困る。わけがわからないのに、鈍いもクソもない。いや、クソはない。クソはない。落ち着け。
彼はベッドに移動して子機を持ち、レナの携帯電話番号をダイヤルした。テーブルにあるリモコンで部屋の照明を落とす。自分のテンションが変だと感じていた。意味がわからないとこうなる。性格上、考えるというのがあまり得意ではないので、こういう意味のわからない状況に陥ると弱いのだ。
彼がベッドに寝転んだところで、受話口からレナの声が聞こえた。
「ん」
ん。ではない。揃いも揃ってつっこみどころが多すぎだ。「なんであの歌?」
「どっち?」
「カウントダウンで聴いたやつ。なんであれ?」
「欲しかったから」
意味がわからない。「オレに渡してどうすんだよ」
「気にしないで。もうひとつのは?」
気にするわ。「聴いた」
「そ。で?」
そ。で? と言われても。「悪い、意味わかんねえ」ライアン様、超正直。
だが電話のむこう、レナはふきだしてけらけらと笑った。
ライアンもう、どう反応していいのかわからない。「もしもーし」
「ごめん。歌詞カード、見た?」
「見た」
「じゃあ、詞の意味は理解してるわよね?」
「そこまでバカじゃないからな」
「そうよね」
少し間があった。
彼は、会話のキャッチボール的にいえば自分がなにかを言うところなのかと気づいた。だが意味がわからない。なにを言えばいいのかがわからない。というか、今のはどういう意味なのだ? バカではないよなという意味なのか? それはどういう?
わからないので、ライアンは質問を返した。「ここ、オレ、キレるとこ?」
だがレナは否定する。「違う。ごめん、違う」
「あっそ」
「──たぶん、信じてもらえないけど」
「なに」
「キスには、ちゃんと、意味があるから」
彼はぽかんとした。
「カウントダウンの時の、私からしたの。あと、さっきの。ちゃんと、意味はある」
ライアンはまた、固定電話の子機を握ったままかたまっている。
「──フレンチに、意味なんかあんの?」違うだろ。
「ああ──じゃあ、深いの、すればよかった」
思わず首をかしげた。
「いやいやいやいやいや。ちょっと待て。意味わかんねえ。なに言ってんだ」
「鈍い」
また言われてしまった。三分前に言われたばかりなのに。
さて、真面目に考えよう。
「お前は──」つまり。「キス魔?」
レナは不機嫌になった。「は?」
違うのか。いや、キス魔は自分だ。違うけど。キス魔はベラだ。これは間違ってない。「つまり、オレが?」
「うん」
彼の脳内は、さすがにパニックに陥っている。なんの“うん”? なんに対する“うん”? “オレが憎くてしょうがない”に対する“うん”にもなるのか?
などと思っても、言えるはずがない。
「オレのことが、好きってことか?」言っちゃった。
「そう」
肯定されてしまったので、ライアンは唖然とした。だがすぐに我に返った。
「いやいやいやいやいや。ちょっと待て、落ち着け」今現在、落ち着いたほうがいいのは明らかに自分のほうだ。「お前は違うだろ。オレじゃないだろ」
「どうして?」
その質問が“どうして”? 「だいたいお前、好きな奴いただろ」失恋したけど。「なにがどうなって、そうなるわけ? まだ一週間も経ってねえぞ」そんなことを言える立場にはない。
「──わからない」
わからない。わからないとうい言葉は、けっこう便利。落ち着けライアン!
「ちょっと待て。なんで直接言わないんだよ。さっきまで一緒にいたのに」
「え、だって、いきなり言っても信じてもらえないだろうし」
あまりに冷静なレナの態度に、彼は言葉を失った。つっこみならあった。
今だって唐突じゃねえか。CDとか、遠まわしすぎてわかんねえよ。
と、いうのなら浮かんだ。だが言えなかった。言っていいところなのかどうかもわからない。本来ならレナは、こういう物言いをしてもいい相手だった。しかしこんなことになってしまうと、それは通用させてはいけない気がした。
わけがわからず、右手で額を押さえる。だがこの黄金の右手(即席の自称)を持ってしても、返す言葉を導き出す手助けはしてくれなかった。
ライアンが答えを搾り出す前に、レナが再び口を開く。
「今、答えなくてもいい。明日はみんなで遊ぶ約束してるし、変な感じになりたくない」
彼はまた唖然とした。今さら? それは今さらすぎやしないか?
「いや、待て。お前、わかってんの? オレとつきあうってことがどういうことか、わかってんの?」変態か。
「うん」
うん。と言われても。「っつーかオレら、お互いの親の顔、知ってんだぞ? 家とか、まず行けねえよ? すげえ金かかるよ?」だから変態か。
「うん」
「いや、そこはつっこめよ。アホか」
「好き」
「はい?」
「シャワー行ってくる」
「はあ? いやいや。ちょっと待て。アホか」
「だから、今じゃなくていいって言ってるじゃない」
確かに言ったが、それはお前の勝手なセリフでしかない。と思っても、やはり言えない。
「明日、ちゃんと来て。普通に話して。おやすみ」
レナはそう言うと勝手に電話を切った。
ライアンは完全に、パニックに陥っている。意味がわからない。なぜこんなに半端な状態で放置されなければいけないのだ。なぜ誰を相手にしても、自分だけ勝手に納得して話を終えようとするのだ。こちらの疑問はどうなる。放置か。
再び携帯電話を手にし、彼はジャックに電話をかけた。
──出ない。
嫌がらせだ。これは一種のイジメだ。ライアンを混乱させよう作戦に世界が便乗している。タチの悪いドッキリ作戦だ。
疑問も苛立ちも放置されている。ありえない。
彼は、キレた。




