PROMISE
「──私、帰ろうか」
電話を終えたライアンにレナが言った。
「いや。金入るし。上まで行くから平気だろ」と、ライアン。
「でも──」
しつこい、と思った。ベンチの背に右肘をつき、手に頭を乗せる。彼女に訊いた。
「妬いてんのか」
彼女が冷静に答える。「──そうだって言ったら、どうするの?」
ライアンはぽかんとした。「いや、どうもしねえけど」言わない。レナは言わない。「お前、最近、変」
彼女は視線をそらして脚を抱えこみ、膝にあごを乗せた。
「変なのは、まえから」
間違いではない。だが変だ。いつからかはわからないが、本当に変だ。
少しのあいだ、無言の時間が続いた。どちらもそれをどうにかしようとは思わなかった。
「ライアーン」
後方から名前を呼ばれ、彼は振り返った。ケイラが笑顔で坂をおりてくる。電話しろと言ったのに、なぜ来るのだ。
「ちょい待ち」
彼は立ち上がり、ケイラのほうへと歩いた。彼女は彼に駆け寄ると、ハグというよりも彼を抱きしめた。
「ライアン。会いたかった」
それで彼は安心した。元気そうだ。「お前の“会いたかった”は信用できないから、金よこせ」
彼女が笑いながら身体を離す。
「あんた、ひどいな。さっきの可愛さはどこいったの? っていうか、もうちょっとなんかないの?」
「んー」
彼は腕を組み、ケイラの姿を上から下まで観察した。今は痩せているが、昔は少し太っていた。もうひとついえば、子供の頃は女としては残念な顔をしていた。だが大人になるほど、それがいい方向に向き、それなりに美人になっていった。
ライアンの中で答えが出た。「老けた。シワが──」
だが彼女は怒った。「は? ナメてんの? ふざけてんの?」
彼が笑う。「嘘。ごめん」
あっさりと切り替えた彼女はレナのうしろ姿を見て、にやついた。そしてレナのほうへと歩きだした。
「こら。アホ」
彼が言ったが、彼女は無視した。レナに声をかける。
「はじめまして、ケイラです」ベンチの背に両手をついた。「うそ、すごく美人」ライアンのほうを見やってから、ぽかんとしているレナへと視線を戻す。「いいの? あんなので」
「違うっつってんだろ。犯すぞアホ」彼はケイラのうしろに立った。
だが彼女は無視する。「ごめんね、口悪いでしょ。性格も捻じ曲がってるし、冷たいし、変態だし、私もつきあったけど、それはそれは苦労して──」
「つきあってないっつってんの。アホだろお前。極上のアホだろお前。最高級だろボケ」
しかしケイラは気にしない。「気にしないでね。根は悪い子じゃないのよ。素直じゃないだけ。ただのバカ。でも、すごくいい子。やさしいし、心配性だし」
バカはお前だ。ただのバカってなんだ。黙れよ。
ケイラはハンドバッグからなにかを取り出し、レナに渡した。
「ごめんね。女の子はピンクなんだけど、もうブルーしかないの。許して」
「でも──」
「いいのいいの。あなた、ライアンのタイプにどんぴしゃだし。こんなだけど、この子のこと、よろしくね」
ライアンは心の底から、彼女を蹴りたい衝動に駆られている。「おいアホ。路駐だろ。切符切られるぞ。この時期は見回り多いぞ」
彼女ははっとして身体を起こした。「ホントだ。まずい」レナに言う。「ごめんね、慌しくて。今度、またゆっくり話そうね」
そう言って、ライアンのほうに向きなおる。もうひとつの小さな青い封筒を差し出した。「はい、これ。もう行く。あとね、私、結婚したい人ができた」
封筒はしっかり受け取ったものの、彼はぽかんとした。
「は?」
ケイラは微笑む。「まだ、パパとママにも言ってない。誰にも。いちばん最初に、あんたに言いたかったんだ」
「早くね? まだ二十三だろ」
「そうだけど。だから、今すぐってわけじゃないんだけど。でも、先に同棲するつもりでいる。今部屋探してて、目星はついた。両親にも話すよ。存在は知ってるけど会ったことはないから、会わせろって言われたら会うって、彼氏も言ってくれてる。昔のことも、ぜんぶ知ってる。だから、そんなに心配しないで。イヤな光景見せちゃったことは、あやまる。でもあんたのおかげで、あんたがいつも心配してくれたから、私もがんばれた。もう、大丈夫。約束する。二度と、バカなことはしない。ちゃんと、幸せになる」




