TRANSFER STUDENT
ライアンとレナは、いわゆる幼馴染という関係だった。母親同士が昔から仲がよく、彼らが幼い頃は、頻繁に互いの家に出入りしていて、彼らも当然のように一緒に遊んでいた。それでも小学校四年の頃にはどちらともなく互いを避けるようになり、会うこともなくなっていたが。
互いの存在などすっかり忘れてそれぞれの中学時代を過ごしたあと、高校の入学式で再会した。最初に気づいたのは母親同士で、ライアンも見たことのあるベビーブロンドのボブカットヘアのレナに気づき、それは彼女も似たような感じで、互いに互いのことを思い出した。おそらくどちらも、相手に昔の面影など、微塵も感じられなかっただろうが。
なんの因果か、高校一年ではクラスが同じで、ジャックと、レナの親友であるジェニーが加わり、ときどき四人で話していた。高校二年生になってからはしだいにその頻度が増え、十月からジャックとジェニーが交際をはじめたこともあり、さらに一緒にいる頻度が高くなった。それでもライアンとレナは互いに悪態をつき、ほとんどを喧嘩しながら過ごしている。
そしてライアン本人は認めたがっていないものの、レナは初恋の相手であり、ファーストキスの相手だ。それだけではなく、今年六月の誕生日パーティーで、なぜかキスをしてしまった相手でもある。アルコールは一切入っていなかったが、おそらく雰囲気に酔っていたのだ。
そう言い聞かせてはいるものの、彼自身、そのことは人生最大の失敗だと思っている。
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ライアンはレナと合流したものの、わざわざハーバー・ストリートの裏手にある川沿いのボードウォークまで行かなければならなかった。地元民に見られたくないとレナがごねたからだ。それ以上に彼を苛立たせたのは、近くにコンビニがないということだった。もう夜の九時を過ぎているせいで、小さな店が並ぶハーバー・ストリートの店もすべて閉まっている。けっきょく、自動販売機でホットカフェオレを買うしかなかった。
ベンチに腰をおろしたレナはさっそく、ホットミルクティー缶のプルトップを開けた。
「っていうか、なんでレオはあんたに従順なわけ?」
レオはいつから犬になったのか。ライアンも彼女の隣に、少し距離をおいて座った。
「そりゃ、オレがあんなことやこんなことを教えたから」
彼女が顔をしかめる。「やだ、最低。去年からやたらと女の子家に連れてくるようになったと思ったら、あんたのせいだったの?」
彼はベンチに脚を立てた。ペットボトルの蓋を開ける。
「今の言葉だけで下ネタを想像するって──」
そんな感じのことを言ってレオを煽ったのは事実だ。
彼女は彼を睨んだ。「殺すわよ」
「はいはい」と答えてホットカフェオレを飲む。「で? お姫様ってどんな?」
蓋を閉めたペットボトルを脇に置くと、彼はレナが持ってきた赤い紙袋から、ダークブラウンの浅く四角い箱を取り出した。
「だから、言ったじゃない。すごく可愛いの」
箱を開けて中を見る。ウィスキーボンボンは二十個入りだったらしいが、残っているのは十一個だ。
「お前、何個食ったわけ?」
レナも箱を覗きこむ。「ええとね、レオがひとつ食べて──」
「八個?」
「そう。今すごく眠い」
箱を紙袋の前に置き、チョコをひとつ取る。
「食べ過ぎだろ。酔ってるだろ。アホだろ。よくチャリ乗れたな」合流してからは彼が運転した。
「だって、あんたを誘わなきゃならないのよ。なんか勢いが欲しくて」
「アホだろ」
包みを開け、チョコレートを口に放りこんだ。きついと思った。苦い。おそらくアルコール度数が少し高めだ。
「うるさいな」レナも脚を立てた。「なんかね、終業式の二日前? に、転校してきたの。で、私の隣の席になって──」
彼はぽかんとした。「は? 転校生の話なんか聞いてないけど」しかもタイミングが変だ。
彼女は視線を合わせない。「うちのクラス、ノリ悪いもの。言いふらしたりしないし。話しかけもしない。それに、あんたも最近、うちのクラスに来てなかったでしょ。ジャックはジェニーしか眼中にないし」
ライアンは酷いショックを受けた。女運だけでなく、情報網までストップしてしまったのか。
そんなことを思いながら、またチョコを食べる。
「で?」
「鬼軍曹に言われて、私が校内を案内してたの。廊下であんたを見かけて、あの子知ってるかって訊かれたから、知ってるって答えた。そしたら──」
鬼軍曹というのはB組の担任だ。女。
「知らないって言えばよかったのに」
「私もそれは後悔してる。で、一昨日の夜、メールしてて、カウントダウンの話になって、あんたを誘ってくれないかって言われて」
彼はまたチョコレートを食べた。おいしいとは思わない。
「一昨日?」
「断る口実を考えてたけど、ダメだった。諦めて電話したの」
そう言うと、彼女はミルクティーを飲んだ。
「電話したって、ワンコールだし。しかも無駄話満載だし」
レナは遠い目をした。「女の子と一緒だったら悪いなと思って──」
すかさず彼がつっこむ。「嘘つけ。お前さっき、料金やべえとか言ってたじゃねえか」
彼女は笑った。「そうだった。で、どうなの? 行ってくれるの?」
「やだ。カマトト女は嫌い。っていうか、お前がオレに女紹介するとか、絶対なんか裏があるに決まってる」
「だって、転校生なのよ。クラス関係なく、早く馴染みたいだろうし──」
彼はやはりチョコレートを食べる。半端な時期の転校生というのは、理由がある気がする。そうそう転校生に巡り会うわけでもないが通常なら、この時期で言えば三学期初日から来るだろう。終業式直前というのは、かなり怪しい。
「ってか、オレに予定があるとは思わないわけ?」
わざとらしくきょとんとしてみせる。「え、あるの?」
それでまたライアンは苛立った。「フラれた。ギャヴィンに」
彼女はけらけらと笑う。「誰か男の子、誘ってよ。初対面に強い人。私が知ってる人」
「んなこと言われても」
誰か思いあたる人間はいるかと、ライアンは少々考えた。
レナが立てた脚を抱え込む。
「苦手なタイプ、なのよね、なんか」
「あ? そのお姫様が?」
「うん。あ、エリカっていうんだけど。なんか、甘々な感じ? 苦手」
「だから、ようするにカマトトぶってんだろ。キャピキャピしてるっていうか」
基本ツンケンしているお前とは正反対、と彼は思ったが、ツンケンしているのは自分に対してだけかと思いなおした。
「うーん。よくわかんない。なんか、男の子に対してそういう態度をとる子は時々いるけど、あの子は私にそんな感じなの。終業式の日も私にべったりだったし」
心の底からイヤな予感がした。心の底から面倒な気がした。
「イヤだ。行きたくねえ」
「拒否権はない」
それが人様になにかを頼む態度なのか。「ちょっと待て」
もうひとつチョコを食べると、ライアンはポケットから携帯電話を取り出した。電話帳を開き、電話をかける。
「誰?」レナが訊いた。
「F組のマシュー」
マシュー情報──体育館仲間。ギャヴィンやタイラーと地元が一緒。女好き。寒いのが嫌い。
「ああ。って、あんま知らないんだけど」
レナが言ったが、マシューも電話に応じた。
「なに?」
ライアンはストレートだった。「カウントダウン行くぞ」
「直球だな。もうちょっとわかりやすく言えないの?」
「初対面、平気?」
「お前、人の話聞いてる?」
「だからさ、明日、暇かって訊いてんの」
「“だから”って言葉使えるほど話繋がってないし。大晦日は家でゴロゴロするもんだって、何回も言っただろ」
彼は変なところで細かい。「わかってるけどさ。カウントダウンだし。ハッピーニューイヤーだし」
そこまで必死になって祝いたいわけではないのだが。というかこの現実のままだと、祝うというよりも病む気持ちのほうが大きい。
「大晦日はまだ年明けじゃないし、年明けたらカウントダウンいらないし。用件を的確に言えよ」と、マシュー。
「えーと。なんかさ、B組に転校生が来たらしいんだ。で、そいつにカウントダウンに誘われてんだけど、オレ、微妙な感じなの。なんかお姫様タイプらしくて。いや、性格は知らないけど。お前、オールマイティじゃん」
「え、お前、自分を誘ってる女を俺によこす気? どういう風の吹き回し?」
笑える。「違うな。押しつけようとしてんだ。なんか面倒そうだから」
「どんだけボロクソなんだよ。他にも女来んの?」
魔女がひとり。「レナが行く。B組の」
「あ? ──ああ。で、お前の本命はどっちなわけ? レナ?」
「んなわけねえだろ、アホか。どっちもいらねえ。なんか行かなきゃいけない雰囲気だから、とりあえずお前を巻き添えにしようと思って」
「マジでめんどくさいんだけど。俺、女からの誘い、全部断ってんだぞ。家でカウントダウンするためだけに。寒いの嫌いだし」
というよりも、マシューはひとりの女に絞りたくないだけだ。
「オレだって嫌いだわ。しょうがねえじゃん。カウントダウンが終わったらすぐ帰るようにするから。とりあえず居てくれればいいんだって。お前が無理っぽかったらオレが相手する。頼む」
「べつにいいけどさ。姫様姫様って、ホントか? 馬みたいなのが来たら笑うからな。しかも本人指差して、馬姫じゃねえか! みたいな」
ライアンはけらけらと笑った。
「そしたら、逃げよ。零時ちょうどにカボチャにされる前に」
マシューも笑う。「だな。んじゃ、時間決まったら教えて」
「ん、わかった。じゃーな」
「はいよ」