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エリカは再び脚を抱えこみ、海のほうを見つめた。
「──不登校、だったの。小学三年生の頃から、仲間はずれっていうのかな、そんなのがあって。だんだん、学校に行きたくなくなって、嘘ついて、学校休むようになって。卒業式も、行かなかった」
ライアンは、訊いたけれど、話したけれど、訊きたかったわけではない。
「さすがに、親も気づいて、ちょっと離れたところに引っ越して、別の地区の中学に行った。──でも、やっぱり、うまくできなくて。気づいたら学校、行けなくなってて。また引っ越して、家庭教師つけて、どうにか高校に受かって。女子高っていうのがちょっと、イヤだったけど、不登校でも内申を気にしない学校っていうのが、そのくらいしかなくて。だから、うまくやろうとして必死だった。雑誌とか読み漁って、それなりに、他の子たちと同じようになろうって。──人と話すの、苦手だったけど、どうにかがんばって──最初は、うまくやれてたと思う。
でも、一年の夏、男の子に誘われて、デートしたの。──その相手が、友達の幼馴染みの、好きな相手だったらしくて」
ライアンは、静かに彼女の話を聞いている。
「それから、だんだん、いろんなことがおかしくなって。その人とは、なにもなかった。ただ、何人かの女の子が、男の子を紹介するって言ってきて。それで、メールとか電話とかして、すぐにつきあうようになったんだけど──やっぱり、騙されてたみたいで。
けっきょく、女の子たちが、私や周りに聞こえるところで、その男の子から聞いた話を色々、言ってたり。気づけば、仲間はずれにされて、机や教科書に落書きされてたり──体育のあとの用具の片づけを、一人でさせられたり。携帯電話も、鳴らなくなって。
しばらく我慢すれば、なにか変わるかもって思ったけど、やっぱり、ダメだった。話しかけてくれた子もいたけど、噂を聞いたみたいで、番号消してって言われたり。──また、不登校になっちゃって」
ライアンには、想像できない世界だった。周りは高確率で、いつも賑わっている。
執着の理由は、理解できる。どうすればいい人間関係をつくれるのか、散々悩んだ結果が、あれだったのだ。一人でも、味方が欲しかった。自分にとってのジャックのような存在が、なにがあっても、自分がどんな人間でも、受け入れてくれる相手が──それが、欲しかっただけだ。
「──でも、もう、やめる」
エリカの言葉に、彼はぽかんとした。「あ?」
彼女が笑う。「なんか、せめて高校だけは、出なきゃって思ってたけど──もう、いいや」
「いやいや。手続きしてんだろ?」
「そうだけど。でも、なんか、もう、いい」
いい、と言われても。「っつーか親、どうすんだよ」そもそも、そんな簡単かつマメに引っ越せるものなのか。
「うちのパパ、全国のあちこちに支店がある会社で働いてるの。しかも、それがおじいちゃんの経営する会社で。こっちにいるのは、ママのおじいちゃん──お父さんだけど。おじいちゃん、私のこと、すごく可愛がってくれてるから、言えばなんとかなると思う」
彼にはわけがわからなかった。わかったのは、彼女が実は裕福家庭のお嬢様ということだけだ。
「おじいちゃんに頼んで、私も、働かせてもらう」
お前はジャックか。
「それで、やりたいこと見つける。仕事だって割り切ったら、なんとかなるかもしれないし」
もうついていけない。「女って、謎」
苦笑い、彼女は彼のほうを向いた。
「ごめんね。いっぱい。なんか、どうしていいか、わからなくなるの。不安が大きいと、知らないうちに、自分でもよくわかんないことしちゃって。周りが見えなくなるの」
それは、わかっている。
彼女はまた、海のほうを向いた。
「──ああ、でも。楽しそうだったな、みんな」
「みんな?」
「大晦日。あんなに、楽しくできるものなんだって思って。一緒にいなくても、電話でなんか、喋ってるし。──あんなの、したことなかったから」
しょっちゅうやっている。「度を越すと、うるさいだけだぞ」いちばんうるさいのはおそらく自分だ。
エリカは笑った。
「楽しかった。二時間くらいだけど、すごく。──レナには、悪いこと、しちゃったけど」
そんな女もいましたね。「大丈夫だから、気にするな」
厳密にいえば、なにかしでかしたのはレナのほうなはずだ。
「つきあってないの?」彼女が訊いた。
またきた、と彼は思った。「ない」なぜみんな、そこに結びつくのだ。「あれは、敵なの。悪友。女の悪友」女版ギャヴィン──いや、そこにすらいかないか。
「ふーん」
なぜみんな納得しないのだ。自分の味方はベラだけか。いや、違う。彼女は味方というわけではない。どうでもいいだけだ。
ライアンは話を変えることにした。「っつーか明日、みんなで遊ぶけど、くる?」
昨日の夜、ジャックからメールが届いた。待ち合わせは朝の十時、ウェスト・ランドにある図書館。お菓子を持参。ランチ・ブレッド・カフェで昼食を調達、と。
衝撃だった。高校二年生にもなって、なぜ朝の十時から揃ってピクニックに行かなければいけないのだ。早すぎる。
「んー、いい。どうせ、学校行かないし」と、エリカ。
彼は追わない。「んじゃ、ケイラの番号、いるか?」
「さっき話してた人?」
「そ。なんかあったら、電話すりゃいい。バカだけど、オレよりは頼れる」
そう言うと、エリカは立ち上がった。今日も白いコートを着ているものの、ブルーのジーンズを履いている。彼女はライアンに笑顔を向けた。
「ありがとう、いろいろ。たった五日間だったけど、すごく楽しかった」




