SEA SIDE
冬の海は、寒い。
ライアンは、凍えていた。
なんだよこれ。尋常じゃねえよ。潮くさいよ。ホントに誰もいないし、快晴でもないし、雲りってほどでもないと思うけど、空は白いし、太陽見えないし。海の向こうに島があるはずなのに、見えないし。腕組んでるように見せて、実は身縮めてるし。風が強いわけじゃないのに、波の音が聞こえるだけなのに、それがここは海だって胸張って思い知らせてくれるような気がする。マジで寒い。
デイ・ピークの海岸は、ベネフィット・アイランド・シティからリトル・パイン・アイランド・シティに入る前の小さな町、インレット・パディに近い場所にある。メインストリートから入れる道を東に行き、ふたつの山のあいだを抜けると、右に公園、左に病院が見え、さらにテニスコートがある。彼らはさらに少し進んだところでバスを降りた。
少し歩くと、左右に駐車場が現れた。海岸とを区切るようにたくさんの木が植えられ、さらに海岸側にはいくつかの炊事場がある。海岸は、三日月状になっていた。
ライアンから三歩ほど前に出たエリカは海のほうを向いたまま、少し大きめの声で言った。
「私、冬の海ってはじめて来た」
彼ははじめてではない。
昨日の夜、ライアンはまたレナに当たり散らした。ヒかれたことはなんとも思わない。実際、最低だというのは自分でもわかっている。他人に言われたところで、なにも思わない。ただ自分は、その最低な自分が、本当はイヤでしかたない気がする。欲しいものを見つけられない時間が、本当に無駄に思える。それを無駄に感じる自分のことがまた、イヤになる。無限のループだ。
エリカが左側に見える山を指差す。
「ねえ、あっち、なにかあるの?」
「あっちは散策道になってる。崖沿い? を、歩ける」行かないけど。
「そうなんだ。じゃあ、あっちは?」今度は右を指差した。
「あっちは知らね。山の向こうはリトル・パイン・アイランドだけど。もうちょい行けばデカい港がある。あと、廃れた商店街」去年の夏、夏祭りで行った。
彼女は振り向き、彼に笑顔を見せた。
「詳しいね」
「そりゃ一応、それなりに」実はぜんぜん知らない。「お前、砂の上に座れんの?」
「座れるよ。どこ? ここでいい?」
「砂利じゃないとこ」
この海岸は、海から離れるほどビーチに転がる石が大きくなる。あげく草まで生える。ビーチに大きな石だの草だのはだめだろう。
意外と、大晦日の初対面後に感じたほどの違和感はない。メールをし続けていたせいか、それとも昨夜、散々苛立ったあとだからか、ライアンは自分でも驚くほど冷静だった。寒さに対しては冷静ではないが。
エリカがビーチに腰をおろすと、彼もその隣に座った。本当に寒い。
どこまで訊いていいのかがわからない。だが、ここには刃物はないはずだ。海に入るのなら、力ずくで止められる。そんなことを考えながら、ライアンは切りだした。
「ちょっと、イヤな質問するけど」
「うん」
「なんで、前の学校の話、しないわけ?」彼は自分の突入具合に少々呆れた。
「んー──」エリカは立てた膝を抱え込んだ。「したく、ないから」
「でも話さなきゃ、理解されないこともある」
話しても理解されないことはあるし、自分は完全にそちら側だ。
彼女は海のほうを見つめたまま、膝にあごを乗せた。
「──うん」
ライアンは両手を枕代わりにし、仰向けに寝転んだ。砂まで冷たい。目を閉じる。
「オレのイトコ。現在二十三歳。女。名前はケイラ。──高校の時、学校でイジメられてた」
エリカがは振り向いて彼を見た。それは彼にもわかったが、彼は目を開けなかった。
「そいつも、女子高行ってたんだ。田舎のほうにある学校で、寮に入ってた。三年の夏休みが終わる頃、あいつ、実家に帰省してた。オレもたまたま、そいつの家に行って。けど部屋にいないから、捜してて。で、バスルーム」思い出そうと思えば、思い出せる。「──手首ズタズタに切って、自殺しようとしてた」
ぎりぎりまで入れられたバスタブの水が、ケイラの血で真っ赤に染まっていた。バスルームに座りこんでいたケイラは右手にナイフを持ち、左腕の半分を水につけて、バスタブの縁にもたれてぐったりとしていた。
「──それ、で?」
涙目になっている彼女が震える声で訊いた。ライアンは目を開け、彼女の視線を受け止めた。
「生きてるよ。幸い、どうにか助かった」
そう答えると彼は身体を起こし、またあぐらをかいた。
「けっきょく高校は中退して、今はカウンセラーの仕事してる。年中、ほとんど休みがなくて──っていうか、休みはあるんだけど、バカだから、携帯電話いくつか持って、休みの日でも仕事、してる。時間外だから当然、給料はなし。──でも、イジメとか、心の傷に休みはないとか、よくわかんないこと言ってる」わからないけど、わからなくはない。
目の前に広がる、海。海。海。
海の色が、真っ赤に見えなくてよかった。
普段は、思い出したりしない。今はケイラも、そんなキャラではない。自分にとっても、小学生の時の記憶だ。
ケイラとは、会えば何事もなかったかのように普通に話す。そんな話は、ちっともしない。
それでも夏は、長袖を着るか、長めのリストバンドをしているかだ。本人は、隠さなくてもいいけど、えぐいから、と言っている。だがそれは恥ではなく、向き合った人間に対する気遣いでしかない。ケイラは、自分の過去を受け入れている。




