RE : DEARS
幼い頃は、いつもライアンに引っ張られていた気がする。
近所にあった小さな駄菓子屋にふたりだけで行く時も、いつも手を引かれていた。彼はすぐに欲しいものを決めた。でも自分は、いつも悩んでいた。彼になにで迷っているのかを訊かれ、教えると、彼は自分が買おうとしていたものをいくつかやめ、私が悩んでいたものを買ってくれた。そして、分けてくれた。
公園に行っても、スライダーにあがるのはいつも、ライアンが先だった。私がすべっている途中に、早くも二周目をすべってくる。そんな状態だった。
はじめてキスをしたのは、いつのことだったか。私が転んで、泣いていた時だった気がする。
背中まであった髪を切った時、恥ずかしがる私に、ライアンは可愛いと言ってくれた。
小学校高学年になる頃には、会わなくなった。恥ずかしかったからだ。
けれど、紛れもない初恋だった。ずっと、忘れたことはなかった。髪型も、ずっと変えていない。
中学時代に男でイヤな目に合い、もともと人とつきあうことが苦手だったこともあって、気づけば、とてもイヤな女になっていた。
高校生になってライアンに再会した時は、戸惑いの気持ちが大きかった。
初恋の相手。面影があって、けれど、ずっと成長していた。捻じ曲がった性格のせいでけっきょく、悪態をつくことしかできなかった。嫌いだと言いながらも、嫌いではなかった。
初恋の相手を、そう簡単に嫌いになれるはずがなかった。わかっているのに、素直になれなかった。
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ジェニーは、本当にすぐに来た。
レナの部屋の外からレオが言う。「ブランケットはロビーのソファんとこに出しとくから、それ使って」
「ええ。ありがとう、レオ」戸口に立つ彼女が答えた。「起きててくれてよかった」
「そりゃ休みだもん。そろそろ生活戻さないとまずいんだけど」
彼女が苦笑う。「私たちもそうなんだけどね。このこと、誰にも言っちゃだめよ」
「わかってる。おやすみ」
「おやすみなさい」
彼女は静かにドアを閉めた。だがレナはずっと、立てた膝を抱えこみ、顔を伏せたままだ。
ジェニーが言う。「レナ。照明、ちょっと落とすね」
答えられず、レナはうなずいた。目を閉じているせいで、部屋の明るさなどわからない。
隣に腰をおろすと、彼女はレナのベビーブロンドヘアを撫でた。
「話せるようになったらでいいから」
なにを言えばいいのか、レナにはわからなかった。ジェニーが来てくれてから、涙は止まっている。だがなにを言えばいいのかがわからない。
レナはゆっくりと目を開けた。黒いスウェットの袖で頬に残った涙を拭く。拭き終わると、腕にあごを乗せ、小さく深呼吸をした。
「──ずっと、言えなかったことがあるの」
そう切りだすと、彼女は髪を撫でる手を止め、レナと同じような体勢になった。
「うん」
ジェニーの目を見られないまま、レナは覚悟を決めて言った。「──ウィルのことが、好きだった」
「──ウィリアム? うちの?」
レナの中には、恐怖しかなかった。身構える。「うん」
「──そっか。ごめんね、ぜんぜん気づかなかった」
それは、とても意外な言葉だった。思わず、レナはジェニーと視線の視線を受け止めた。
「怒ら──ないの?」
だが彼女はきょとんとした。「どうして? 怒ること?」
わからない。「だって、ヤじゃない? 友達が、自分のお兄さんを好きなんだよ? なんか、なんていうか、微妙じゃない?」
「ええ? うーん──」一度視線をそらして悩ましげな表情をしたものの、彼女はすぐ彼女に微笑んだ。「妹としては、どこがいいのかよくわからないって言いたいところだけど──私は、嬉しいよ?」
レナは思い出した。そうだった。ジェニーは、こういう娘だった。
彼女が苦笑う。「ただ、もっと早く言ってくれてれば、協力できたかも──ああ、違うね。私も、そうだもの。ジャックを好きだったこと、ずっと隠してた。ごめんなさい」
「違う」脚を崩し、レナは彼女のほうを向いた。「確かに、ずっとジャックを好きだったっていうのには驚いたけど、でも、私を気遣ってくれてたんじゃないの? 中学時代、私が男でイヤな思いをしたこと、気にしてくれてたんでしょ?」
ジェニーも脚を崩し、レナと向き合った。
「それも、あるわ。でも、どこまで言えばいいのか、よくわからなかったの。それに彼には、つきあってた人がいるって噂があった。だから言えなかった。気持ちを知られたら、私は、友達ですらいられなくなると思ってたから」
大きな後悔がレナを襲った。自分も、あの噂を彼女に話したうちのひとりだ。「ごめんね。私がよけいなこと、言ったらから」
「違う」彼女はレナの手を握った。「お互い様よ。レナだって、ウィルのことを言えなかった。そうさせたのは私。ごめんなさい」
ジェニーのことも、知っているようで、なにも知らなかったのかもしれない。
そう思うと、レナの目にまた涙が浮かんだ。彼女の肩に顔をうずめる。
「ごめんね。親友なのに、隠し事、いっぱいで」
彼女もレナの肩に顔をうずめた。
「私こそ。ごめんなさい。気づけるはずだったのに──苦しかったよね。ごめん──でも、話してくれて嬉しい。ありがとう」
誰かの気持ちを、反応を、勝手に想像して決めつけるのが、自分の悪い癖だ。
「──もうひとつ、話があるの」レナは静かに切りだした。
「うん」
胸が、締めつけられる。「──ライアンのことが、好きかもしれない」
ジェニーは顔を上げた。
「ライアン? あの?」
「うん──ケンカ、したの。っていうか、私が、怒らせた」レナの目にまた、涙が浮かぶ。苦しい。「振りまわして、傷つけて、すごく傷つけて、怒らせた。ひどいことしたのに、それでも許してくれた。
それで、高校に入ってはじめて、やっと、ライアンがどういう人なのか、わかった気がする。今までは、ぜんぜん、見ようともしなかったから。ウィルのことが好きだったし、でも最初からあきらめてて、憧れもあったし、ライアンは初恋で、照れくさいっていうのもあったし、私も、気づいたらこんな性格になってるし、あいつも、あんなだし──」
ずっと、素直なジェニーが羨ましかった。涙が止まらない。だがレナは続けた。
「今日、また、電話してて、なんか、あいつの色々、訊いてみたくて、訊いてたんだけど──苛立たせたみたいで、深く関わるなとか言われて、それで──」いつも素直になれない。「なんて言えばいいかわからなくて、電話切るって言っちゃって、それが、誤解されたみたいで」どうにか本音を言っても、相手の反応を怖がって、すぐにごまかしてしまう。取り消し、隠してしまう。「また、怒らせて──」だって、自分は、可愛い女ではない。
ジェニーは右手でまた、レナの髪を撫でた。
「──そっか。レナは、どうしたい?」
「──わかんない──だって、今さら、好きだとか、言えないし──」
「うん。私も、そう思ってた。普通に友達してて、好きだなんて態度、たぶん、見せたことなかったと思う。気持ちを隠すのって、苦労するよね。会えた時とか、飛び跳ねたいくらい嬉しいのに、知られたら、友達じゃいられなくなるんじゃないかって思う」
その気持ちは、レナにもよくわかった。ライアンではないが、ウィリアム相手にそうだった。
ジェニーが続ける。「ジャックとつきあうことになった日、私、きっぱりあきらめようとしてたところだった。なのに、はじめての電話で、好きって言われて──どうすればいいか、わからなかった。最初は、信じられなかった。ほら、誕生日パーティーの時、まえにつきあってた人と、またつきあいはじめたって言ってたでしょ?」
言った。ライアンから聞いて、それをジェニーにも話してしまった。
彼女が苦笑う。「それを信じてたから、ほんとに、信じられなくて。でも、何度も言われて、信じたいって思って、それで、私も好きですって言った」
自分の言葉は、彼女をどれほど苦しめたのだろう。
ジェニーは、レナの背中に腕をまわした。
「今でも、思うの。あの時、もう好きじゃないとか、そんなこと、言わなくてよかったって。あきらめようとしたのにっていうのは、言っちゃったけど。──あきらめなくていい、あきらめないでって言われて」
──あきらめなくて、いい。あきらめ、ないで。
「本当に、あきらめなくてよかったって思う。今さらだと思ったけど、それでも、ちゃんと言ってよかったって思う」
とても、勇気の要ることだ。
「レナ。私の親友。今さらだけど、今度こそ、本当の親友になれた気がする」
泣いているせいでなにも言えなかったが、レナも心の底からそう思った。
「今さらだなんて思わないで、レナ。気持ちを伝えるのは、今すぐじゃなくてもいい。でも、好きかもしれないなら、まずはなかなおりから。怒らせちゃったなら、ちゃんとあやまって、誤解されたなら、ちゃんと誤解、解とこうよ。そこからはじめてみるのも、いいと思う」
あやまって、誤解を解く。
「それで、やっぱり好きだって思ったら、私に出来ることなら、なんでも協力する。私じゃなくても、ジャックもきっと、協力してくれる。彼はライアンの親友だし、相談にも乗ってくれると思う」
彼女の言葉の後半には、躊躇する部分があった。レナが彼女に訊く。「──イヤじゃ、ない?」
「うん?」
「その──ジャックに、私が相談するの。だって、ジェニーの彼氏なのよ」
ジェニーは笑った。
「どうして? だってジャックは、レナのこと、大切な友達だと思ってるよ。一生友達でいたいって言ってた。私の親友として」
これもまた、意外な言葉だった。そして、レナはまたも後悔に襲われた。
「ごめん──」
「んん?」
「ふたりがつきあうことになったって聞いて、すごく嬉しい反面、相談相手がいなくなっちゃったなって思っちゃった。妬みとかじゃなくて、ジェニーが傷つくと思って。去年、何度か、あなたに言えないこと、彼に相談してて、だけど、それも出来なくなったなって──」本当に、最低だ。
彼女が苦笑う。「──私たち、隠し事いっぱいだね」
おそらく今までは、一緒にいる時間がいちばん長いというだけの親友だった。
「ねえ、レナ。私は、ジャックのことを信じてる。もう二度と疑わないって、決めた。だから、大丈夫。私に言えないことがあるのも、わかるよ。親友だから、女の子同士だから、言えないこともあると思う。私もそう。だから、わかる。だからね、私に言えないことがあるなら、彼に相談すればいい。私に内緒って言っておけば、彼は絶対に言わない。大丈夫」
彼女は、やさしい。そして、強い。ジャックとの絆も、とても強い。
「時々ね、ふたりで話すの。レナとライアンは、将来、どうなってるかわからないけど──大人になっても、十年後とか、二十年後とか、ずっと、四人でいられたらいいねって。それで時々、ギャヴィンやマリーたちとも遊んで、今みたいに、ずっといられたらいいねって」
──それは、遠まわしに、プロポーズされている。彼女はそれを受け取っている。
ジェニーは愛情たっぷりに、レナをぎゅっとした。
「私たちは、友達も大事。みんなで遊ぶのも、すごく好き。ジャックは時々、邪魔だとか、そんなこと言ってるけど。ホントは楽しいんだよ。私たちは、みんなと過ごす時間も、ふたりで過ごす時間も、ちゃんと大切にしてる。だからね、ライアンとどうなってほしいとかは、言わない。それはレナが、レナとライアンが決めること。でも、ケンカしたままにしてほしくない。せめて、友達でいてほしい。十年後も、みんなで笑ってられるように」




