RE : REGRET
気づけば涙が溢れていた。
白い二人掛けソファとテーブルのあいだ、淡いブルーの丸いクッションに膝を立てて座り、レナは右手で自分の口を覆っていた。左手に持っている携帯電話からは、繋がりを失った機械音だけが虚しく聞こえる。それでも彼女は、その携帯電話を耳から離せずにいた。
ライアンが軽い男だということは、それなりに知っていた。噂もあったし、高校一年の時は、つきあっていた人に冷たいからといってフラれたとも聞いた。
冷たいというのは、人それぞれの感覚でしかないと思っていた。自分が知るライアンに、冷たいなどという言葉は似合わなかった。なので、あっさりしているというのを勘違いしているだけだと思っていた。
嫌いだ嫌いだと言いながら、言い合いばかりを繰り返しながら、けっきょく嫌ってはいないんだということは、自分でもわかっていた。だからといって、恋愛対象として好きだったわけではないけれど。
親友のお兄さんに二年も片想いして、それを長いあいだ誰にも言えずにいて、親友にすら言えなくて、ジャックには去年、言ってしまったけれど、あげく、去年末の大晦日、決定的な場面で失恋した。
思わず泣いてしまったけれど、思っていたよりはショックがなく、やはり憧れが強かったのだとわかった。あきらめと共にはじまった恋だったうえ、最近ではもう、それがあたりまえだったので、予想はしていた。
予想外だったのは、ライアンにされたキスが、イヤではなかったこと。
去年の夏、六月にされたキスは、突然すぎて、わけがわからなくて、ただ怒ることしかできなかった。
エリカと二人で出かける勇気がなくて、どうしようかと考えて、ライアンのことしか浮かばずに、巻き込んで、その時はそれほど大きくなかった罪悪感が、だんだん大きくなっていった。
大晦日の前日、誘わなければいけない状況になり、勢いを求めた。
けれどお酒を飲むなどということはできず、レオにもらったチョコレートを食べて、どうにかしようとしたけれど、だめだった。
ふたりで会って、話を持ちかけて、嘘ばかりついたけれど、罪悪感に押し潰されそうだった。笑ってごまかしたけれど、やはりだめだった。ちゃんと言っていれば、正直に話していれば、助けてもらえることはわかっていたはずなのに。
顔を近づけられて、確かに、キスくらいしかたないと思った。けれど、それだけではなかった。興味本位だった。ときめきがあるのか、好きになる可能性があるのか、ずっとわからなかったから。なにも感じなかったけれど、ただ、イヤではないということはわかった。
年越しの時は、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
失恋のショックがそれほど大きくなかったとはいえ、そのあとのキスがイヤではなかったこと、直前に聴いたあの歌──。
エリカがいることはわかっていたのに、マシューがいることもわかっていたのに、見られたらなんて、考えてもいなかった。気づけば歩道側に立ち、彼にキスしていた。
そのあとの電話ですべて話して、すごく怒らせて、すごく傷つけて、なのに許してくれて、やっとライアンのことを理解した気がした。ずっと知っているつもりでいたけれど、本当はなにも知らなかったのだと思った。友達想いなこと、やさしいこと、知っているようでなにも知らなかった。
初恋の相手だからか、昔とは別人だったからか、まったくわからなかったけれど、私は、見ようとしていなかった。なにも知ろうとしなかった。
年明けの二日間は、気づけばライアンのことを考えていた。
二日の夜、電話して、声が聞けて、どうにか普通に話せて、罪悪感が広がる一方で、すごく嬉しかった。素直にそう思えた。
さっきの電話は、電話を切りたいと言ったのは、ヒいたからではない。確かに驚いたけれど、そうではなくて、関わるなと言われて、なんと答えればいいのかがわからなかった。なのに半端な態度をとったせいで、また傷つけた。違うのに。ぜんぜん違うのに。
なぜこうなのだろう。なぜもっとちゃんと言えないのだろう。
過去にどんなことをしていたとしても、悪い奴ではないというのは、ちゃんと知っているのに。なにもわかっていなかったけれど、確かに昔とは違っていたけれど、それでも、根本的なやさしい部分は変わっていないということ、根はいい人だというのは、ちゃんと知っているのに。
いつのまにか機械音すら聞こえなくなっていた携帯電話がレナの耳元で鳴った。小さな音が、徐々に大きくなっていく。
彼女はやっと耳から離して、画面を確認した。ジェニーからだ。彼女は電話に応じた。
「レナ? 五日の時間が──」
涙に締めつけられる喉元から、彼女はどうにか声を絞り出した。「ジェニー──」
「──レナ? 泣いてるの? どうしたの?」
「どうしよう──」何度傷つければ、気が済むのだろう。
「今、家よね? すぐに行く。着いたらレオに電話して、鍵開けてもらうから。待ってて」
涙を止める方法が、わからない。「ごめん──」
「私は大丈夫だから。十分で行く。待ってて」
自分は本当に、どうしようもないほどに愚かだ。




