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レナが電話に出た。「はい」
「オレだけど」とライアン。詐欺ではない。「みんな行けるって。待ち合わせ場所は、たぶん図書館。時間はジャックがジェニーと一緒に決めてくれると思う」用件終了。
「そ。ジェニーからもメール、きてた」
「へえ」やはり誘わなくてもよかったのだ。とんでもなく無駄なことをした。
「訊きたいことがあるんだけど」彼女が言った。
「なに」
「ジャックと恋愛の話、どのくらいする?」
唐突すぎるうえ、意味がわからない。「どのくらいって言われても」
「ジェニーの話じゃなくて、前の彼女のこととか。話したがらないって言ってたでしょ。訊いたりしなかったの?」
「あんまり。あいつが話さないことは、無理に訊かない。聞いてもらいたかったら、自分で言うだろ」
「じゃあ、あんたは?」
「オレはわりと話すけど」ライアンはテーブルの上の照明リモコンを取り、明かりを三分の一まで落とした。眠気とゲームのしすぎで目が疲れている。「なんで?」リモコンを再びテーブルに置いてベッドに寝転ぶ。曲げた左腕を、頭とクッションのあいだに入れた。
「話してもらえないのって、イヤじゃないのかなと思って」
「は? 恋愛の話を?」
「うん」
「べつに、いらねえだろ。そりゃ、意見が欲しい時は訊いたりするけど。でも、オレはわざわざ突っ込んで訊こうとは思わない。無理やり話されても、なんか微妙だし」
「でも、自分は話すわけでしょ?」
「いや、話すってアレだぞ。細かい悩みがどうこうじゃなくて、誰に告られたとか、ヤッたとか、つきあうことになったとか、なにを言われたとか、そしたらキレられたとか、別れたとか」
「──じゃあ、誰かを好きになったとかは?」
「それはない。まともに好きになったことないし。片想いとかないし」
「は?」
やはり自分は変なのか。「だから、そんな好きになったことがねえんだよ。声かけられて、つきあうより先にヤったとか、告られて、可愛かったらつきあうとか、そんなんばっかなの」
「──うそ」
「嘘じゃねえし。で、たいして好きにならないうちに束縛がきつくなったり、オレが他の女友達と普通に話したりするのが気に入らないとかで、ケンカになって別れたり」知っていると思っていた。
「──つきあってないのに、できるの?」
おそらくレナは、完全にヒいた。「今はそういうの、してない。やめたから。でも、はじめてヤった女はそうだった。あと、何人か。高校に入るまえからはやめた。今もしてない」
「──浮気、は?」
この尋問は、なんなのだろう。「信じねえかもしれないけど、浮気はしたことない。そういうのは嫌い」
「──じゃあ、好きじゃなくても、できるってこと? できたってこと?」
うるさい。「できた。っつーか、好きってなに? 好きの基準がよくわかんねえ。オレの中での判断基準は、つきあえる女かつきあえない女かってのだけ。つきあうってことはヤることだと思ってる。でもヤりたいだけで誰とでもつきあうわけじゃなくて、つきあえるからヤる。意味わかる?」
「──ぜんぜん、わからない」
「まあ、いいよ。理解されるとは思ってないし」自分でも理解できていない部分は、確かにある。
「それじゃ、可愛い子に告白されたら、つきあえるって思ったら、つきあうの?」
「いや。だから去年、ほぼ一年? 誰ともつきあわなかったんだし。誘ってくる女とか、言い寄ったらいけるだろなって思った奴はいたけど、気が乗らなかったし」今さらではあるものの、なぜこの女に、こんな話をしなければいけないのだろう。「ヒいただろ」
レナが答える。「──なんか、軽いとは思ってたけど、そこまでだとは思わなかった」
笑える。「買いかぶりすぎなんだって、どいつもこいつも」また、だ。「特に女。べつに軽いと思われたって、実際そのとおりだからなんとも思わねえけど。でも、無駄に理想押しつけられても困る。オレ、そんな器用でも、真面目でもないし」また、苛立っている。
「それは──わかるけど」
ライアンは鼻で笑った。わかるはずがない。
「だからさ。お前も、無駄にオレに関わらないほうがいいんだって。女紹介したりもするな。今は特に。わかってると思うけど、何人かの女は本気で泣いてた。オレが執着できねえから。でもオレは、見返りを求められるのが苦手なの。っていうか、執着したいとは思ってても、それだけの女がいねえんだよ。だから誰か紹介されたとしても、傷つける可能性は高い。そしたら、お前にも迷惑がかかる。エリカみたいなのがいて、助け求めるのならいいけど、それ以外はやめろ」
実態のないものを欲しがるのは、とても愚かだ。
「──ごめん」レナは突然言った。
「あ?」
「電話、切る」
彼はぽかんとした。「なんで」かまわないが。
「ちょっと、無理」
「意味わかんねえ」
「ごめん」
ライアンは気づいた。「ヒいたからか」
彼女は否定した。「違う」
「なにがだよ」苛立つ。「言えばいいだろ。ヒかれてもなんとも思わねえよ。理解できるの、たぶん極一部の男だけだし。あとベラと」
「なんでそこでベラの名前が出てくるのかわかんないけど、違うってば」
彼は右腕で顔を覆った。
「もう、いいって。オレもわかってるから。最低だってわかってるから」
──欲しいものには、実態がない。
「電話は切る。明日、デートだし」
実態がないから、見つけられない。
「お前とはもう、ケンカしたくない」
見逃しているだけなのかどうかさえ、わからない。
「ダチやめたきゃやめろ。明後日、会いたくなかったら、オレは行かねえから」
それでも、見つけたいと思うのは、やはり愚かだからか。
「明日も、報告の電話すんのはやめとく」
手に入らないから、欲しいのか。
「落ち着いたらメールして。そしたら話すから」
──自分はなにより、“運命”に執着している。




