BESTFRIEND
「大晦日、大喧嘩した」ライアンは言った。
ジャックが訊き返す。「誰と? レナと?」
「うん。お姫様が面倒そうってことは聞いてたけど、予想以上で。あいつもわかってたのに詳しく話さなかったから、ついキレて」言えている。ちゃんと言えている。
「ああ。で?」
で? と言われても困る。「べつに。向こうもあやまったし、オレも言いすぎたことはあやまった。昨日は気まずいながらも、普通に電話した」昨日はレナがおかしくなっていた。
「ならよかった」
よくはない。こんなに中途半端な説明はしたくない。
ライアンは今一度、ジャックに確かめた。「お前、ジェニーにお姫様の話、してないんだろ?」
彼が答える。「してないな。興味ないし、他の知らない女の子の話なんかしたくないし。三学期からの転校だろ?」
本当に細かいことを話しておらず、“B組に転校生が”という程度にしか言っていなかったので、すでに入学しているという口ぶりを自分の勘違いということにして、三学期から入学すると訂正している。
幸いジャックはジェニーに対してはこんなふうで、情報をいち早く仕入れて情報の発信元になり注目を集めようというタイプではないし、ギャヴィンも似たようなもので、マシューは同じ高校の同級生に興味がなく、一足早くあのお姫様に関わったとも思われたくないようなので、他の人間に話が広まるようなことにはなっていない。
ライアンはクッションを抱え込み、またベッドに寝転んだ。
「だいたいさ。あいつとなんてありえねえよ。つきあうとかありえねえ」
「なんで?」
「家に連れ込めねえじゃん。親の顔知ってんのに。メグはレナのこと、ほとんど覚えてないだろうけど、あいつには弟がいる。そいつのことは、オレも知ってる。家に連れ込めねー。超金かかる」
ジャックは呆れた。「お前、そこでしかモノ考えられないの?」
クッションで顔を覆う。「オレにお前らみたいな健全なおつきあいは無理」
「だろうけど。でもそろそろ誰か見つけないと、また昔に戻りそう」
「オレもそれが心配。そろそろ爆発しそう。だからお前らのこと邪魔して、気紛らわせようとしてるんだと思う。すまん」するべきではないというのは、わかっている。
意外にも、ジャックは笑った。
「毎日は困るけど、そうじゃないならべつにいいよ。少なくとも、カウントダウンは邪魔されなかったし。さっきも言っただろ。僕らはみんなでいることを嫌ってるわけじゃない。確かにみんなの前だと、手つないだりキスしたりってのはしないことにしてるけど、それはそれで楽しんでる。そのぶんふたりっきりになった時、ものすごい幸せを感じるんだ。それに、今はお前がそうやって悩む気持ちもちょっとはわかるから、そんなに気にしなくていい」
ジャックはやさしすぎる。ジェニーもだが、どうすればそんなふうになれるのだ。
「幸せな奴は余裕があるな」
「そりゃ、もう」
部屋のドアがノックされ、開いた。メグが顔を出す。
「ジャック。クリスたちが帰るって言ってるよ」クッションに顔をうずめたままのライアンを見て、彼女は小首をかしげた。「お兄ちゃん、寝てるの?」
「寝てないよ。今ちょっと、感傷に浸ってるだけ。そっとしといてやって」と、ジャック。
「カンショウ? わかんないけど、わかった。下で待ってるね」
「うん、すぐ行く」
足音が去った。
ジャックが肩をすくませる。
「ライアン。僕の今の唯一の悩みは、冗談抜きで、お前がそうやって悩んでること。普段騒いでるぶん、そうなるのもわかるけど、それをやめろとは言わないけど、お前が去年言ってくれたように、僕もお前には幸せになってほしい。今すぐじゃなくてもいい。相手はお前が信じた人なら誰でもいい。ジェニーはダメだけど。あんまり、難しく考えるな。昔に戻るのはどうかと思うけど、もう少し気楽に考えなよ。
お前は人を観察する能力を持ってる。ちょっとの情報で、だいたいこういう人だって言い当てる力を持ってる。人を見る目がある。好き嫌いがはっきりしてるお前の周りに、悪い人なんていないよ。あとはお前自身の問題。身近にいる人から、もう一度見なおしてみればいい。運命を否定するわけじゃなくて、それはけっきょく、考え方の問題なんだから。
誰かを純粋に好きになりなよ。そうなれる人を見つけなよ。そうしたら、運命で繋がってるかどうかわかる。音沙汰がなくても、何年か経って、また会えるのが運命。そう考えた時、お前の頭に浮かぶのは誰か。まずはそこからはじめろ。またメールか電話して。お姫様のことが終わったら、気分転換にみんなで遊びに行こう。僕はもう帰る。またな」
言いたいことを言いたいだけ言うと、ジャックは立ち上がった。彼がドアを閉めたのは、クッションに顔を伏せたままだったライアンにもわかった。
狭い部屋に、静寂が戻る。
ライアンはちゃんと、親友の言葉を理解した。なんだかんだで、ジャックは彼の考えていることをわかってくれている。欲しいものをわかってくれている。どうするべきかも教えてくれる。わかっている。自分たちの周りに、悪い人間はいない。いるとすれば、自分自身だ。
“身近にいる人から、もう一度見なおしてみればいい”
あのドラマを見てから、“運命”を信じてきた。だがもしかすると、小学生の時から信じていたのかもしれない。それに近い話は、母親から聞いた。母親は、父親とのことを運命だと言った。父親はそんなロマンチストではないし、鼻で笑うだけだが。
“音沙汰がなくても、何年か経って、また会えるのが運命”
考えてもみなかった。考えようともしなかった。思いつきもしなかった。
“そう考えた時、お前の頭に浮かぶのは誰か”
ジャックはおそらく、レナのことを言っている。というより、その言葉を言われた時、自分の頭の中には真っ先にレナが浮かんだ。だからといって、好きになれるかなどと言われると、よくわからない。さすがに、嫌いだとかは言えなくなったが。
そもそも普通なら、嫌いな相手にキスなどしないだろう。勘違いされるのはわかっている。だからといって、女として好きというわけではない。もし好きだったとしても、その度合いがわからない。つきあえる女かどうかで言えば、強制的、偏見的に無理だと思い込んでいたものの、親同士がどうこうというのを抜きにすれば、つきあえない相手というわけではない。ただ、想像できないだけで。
ライアンははっとした。
ちょっと待て。
ヤバい。これ以上考えるのはまずい。話が変な方向に向かっている。あの暴走一途バカは、なぜこちらがこんな状態の時にレナの話などするのか。無理無理。本気で無理。今さらレナとどうなれというのだ。アホなのか。変に意識させてどうしたいんだ。アホか。ボケか。幸せか。アホか。ボケか。幸せか。もう無理だ。これ以上言葉が浮かない。
なんだか苛立ってきた。とんでもなく苛立ってきた。幸せボケした人間に振りまわされてたまるか。
誰がレナのことなどを運命の相手だなんて思うか。アホか。ボケか。幸せか。
ベッドヘッドで充電中の携帯電話が鳴った。
うるさい、と思った。ライアンは身体を起こし、携帯電話を手に取った。ジャックからだ。さらに苛立ちが募る。だがこれ以上、なにを言われても惑わされたりはしない。彼は電話に応じた。
「なんだよ」
電話越し、ジャックが笑う。「ああ、よかった。戻ったな」
「は?」
「お前はレナの話をした時が一番、元気になる。ほとんどは苛立ちかもしれないけど」
意味がわからず、彼は呆れた。「意味わかんねえんだけど」
「だからさ、お前が悩んでる時とか、しつこくなにかを訊いてくる時。お前にはレナの名前を出すのがいちばんなの」
「は? お前、わざとあいつの名前出したわけ?」
「うん、そう。ごめん。でも戻ったってことは、気づいたんだろ? お前が考える“運命”に、レナも当てはまるんだってこと。まずはそこからだよ」
彼は唖然とした。「オレにどうしろって言うわけ? 今さらあいつとどうなれって言うんだよ。だいたいあいつ、好きな男いるんだぞ」失恋したけど。
「うん、知ってる。去年聞いたから。だからべつに、どうなれってわけじゃないよ。ただ、ずっとそれを言いたかったんだ。レナも対象になるんだって。お前、気づいてなかったか、考えたくなかったかみたいだったし。それだけのこと」
ふざけている。とんでもなくふざけている。「おかげで認めたくないことに気づいたよ。ご親切にどうも」彼は投げやりに言葉を返した。苛立ちしかなかった。なんなのだ。
だがジャックはまたも笑う。
「怒るなよ。さっき言ったのは、ぜんぶ本当だから。とりあえず明日、がんばって。お前がいいなら公園の話、みんなにも言っといてよ。ジェニーには僕が言うけど。とりあえず、五日ってことで訊いてみよう。返事あったらメールか電話して。またな」
怒りを通り越せば、呆れだ。「はいはい。わかりました。じゃあな」
「ん」
電話を切ると、ライアンはまたもベッドに倒れこんだ。
苛立ちしかない。いろんなことに対して苛立ちしかない。エスパーか。なんなのだ。図星なことばかりというのが、なにより気に入らない。




