MEMORIES
夜、夕食後。ライアンは自室で、お姫様の話をジャックにした。自分でもよくわかっていないし、これはマシューたちにも言えることだが、運よく細かいことは話していなかったので、レナの嘘のことは言っていない。彼にはもう、どうでもよかった。
ジャックは脚のないくたびれたソファに片脚を立てて座り、ライアンの携帯電話の、カウントダウンのあとにエリカから届いた怒涛のメールを読んでいった。
「すごいな」
ライアンはベッドの上であぐらをかいて座っている。「だろ」
「今は? そんなに届いてないっぽいけど」
彼が差し出した携帯電話を、ライアンは手を伸ばして受け取った。
「こっちからは一時間に一度のペースで返事してる。むこうはたいてい、わりとすぐに返してくる」都合が悪いと間があくが。「一応メールはあんまり好きじゃないって何度か言ったから、今はそんなに送ってくることはない。多くても三十分に一通か二通、余分なメールが入ってるくらい。で、昨日、四日なら遊べるって言ったら、すぐ喰いついた。飯一緒に、とかはアレだから、飯のあと昼の二時に待ち合わせ。オレがインレット・パディまで行って、そこからバスでデイ・ピークの海に行くつもり。けど、自分で決めたのにぜんぜん気が乗らねえ。っつーか重い。もう、泣きそう」
説明しつつ愚痴を言いながらも、ベッドヘッドで携帯電話を充電しはじめた。
ジャックが苦笑う。「デイ・ピークって、近くの山に大きな公園があったよな。いや、近くはないか。手前の道? を、ちょっとのぼったら、みたいな」
「そういやあったな。小学生の時に遠足で行ったんだっけ。昼に海で自炊して、そのあと公園にも行った」
「行った。確かカレー作ったんだよ。クラス違ってたのにお前が僕の班に来て、しかもニンジンをやたらデカく切って入れて、火が通ってなかったいう」
思い出し、ライアンは笑いながらベッドに転がった。
「あったあった。まだ料理を覚えはじめた頃。オレのクラスの担任が新任で、お前のクラスの担任がベテランの独身女だったから、あとでオレと担任、そいつにガミガミ説教されたの。担任、半泣きだったし」
彼も笑う。「そうそう。しかもそのあと、公園でお前がロングスライダーを猛スピードで、それも前後逆にすべって、誰か女の子に激突したんだ。二人して背中合わせで下まですごい勢いですべって、その女の子もすごく泣いてた」
「あったあった。名前忘れたけど、クラスも違う奴だったけど、そのままずっと喋ったことなかった気がする。ただしばらくは、目が合うたびに睨まれてた」
「自業自得。ひさしぶりに行きたいな。さすがにロングスライダーで遊ぶ気にはならないけど」
ライアンはベッドに肘をつき、手に頭を乗せた。
「今度みんなで行くか? もちろんエリカは抜きで」
「そういえば、去年、レナがまたみんなで公園に行こうかって言ってたんだ。遊具目的で言えば、けっきょく行ってない気がする」
なぜそこにレナが入るのか。「レナの相手なんていないぞ」
「お前がいる」
「アホ。オレは無理だって。絶対無理」
「へえ」あぐらをかくと、彼はテーブルに両腕を乗せた。「でもそのお姫様? のこともあるし、なんだかんだで冬休み、こそこそ会ったり電話したりしてるんだろ?」
「は? こそこそしてねえし。三十日? にちょっと会っただけだし。大晦日はこそこそしてないし」電話はしている。
「でも去年、それまでなら、ふたりが僕たち抜きで会うなんてありえなかった」
「そうだけど」なにが言いたいのだ。面倒なので話を変えることにした。「っていうか、公園に行くとしたら? 誰?」
「うーん。ジェニーとふたりっきり」
「あ? アホか。話変わってるし。みんなでじゃねえのかよ。」
ジャックはまた笑った。「ジェニーとレナとマリー。ギャヴィンと僕ら。けっきょく、クリスマスのメンバーだけど。他に誰かいる?」
「あ、アニタとタイラー。これで八人」
「ああ、タイラー。けど、遠いよな。僕らはまだ近いほうだけど、アニタも知らないけど、特にタイラーとか」
タイラーは電車だ。「アニタはウェスト・キャッスル。西のほう」確かベラと一緒だ。ベラは今はそこには住んでないらしいが。「ま、そこは奴らしだいじゃね。タイラーがくるっつったらアニタもくるかもしれねえし、逆かもしれないし。っていうか、八人て。どんな遠足だよ。全員でバックパック背負って行くのか?」
「だな。バスの中とかすごい迷惑な気がする。お前うるさいし」
お前がうるさいよ。「っつーか、ずっと気になってたんだけど」ライアンは切りだした。「怒るなよ」
「うん」
「お前、レイシーとつきあってた時、みんなで出かけようとかしなかったじゃん。あからさまに好き好き態度も出さなかったし。なにが違うわけ?」
「んー、なんだろ。レイシーとは、両方がふたりでいるほうを選んでたからな。みんなで出かけるとか、そういうの、するもんじゃないと思ってた。お前はレイシーのこと嫌いだったし、レイシーもお前にいい印象、持ってなかったし。
それに数ヶ月で彼女の家がゴタゴタしはじめて、そういうんじゃなくなってた気もする。あからさまのも、そういうの、周りに言うものじゃないと思ってた。放課後や休日にふたりで話して、手をつなぐくらい。それをするのが学生カップルのつきあいだと思ってたし。その状態に慣れて、高校生になってもそのまんま」
彼は淡々と説明したが、ライアンにはよくわからなかった。再び身体を起こしてベッドの上であぐらをかく。
「んじゃジェニーは? なんでみんなで遊んで、態度もあからさま?」レイシーとのことを考えれば、別人だ。
「だって、元はお前とレナのおかげだし。ふたりがいなかったら、ジェニーとあそこまで仲良くなることもなかったかもしれない。ジェニーはふたりでいるのも、みんなと遊ぶのも、どっちも好きなんだ。みんなでいるってことはけっきょく、僕と一緒にいるってことで。だから、彼女がみんなで遊びたいっていうなら、それでもいいかと思ってる。
あからさまなのは、つきあう前、散々彼女を振りまわしてたから。電話で好きだって言った時も、最初は信じられないって感じだったし。それにレイシーの時みたいに距離を保ったつきあいかたしてると、周りから邪魔が入るかもしれないだろう。普段からそれなりに態度に出しておけば、邪魔はされないかと思って」
不覚にも、納得するどころか、羨ましいと思ってしまった。「聞くんじゃなかった。けっきょくノロケだし」
ジャックは笑う。「ノロケならいくらでも聞かせられるよ。愚痴はないけど。あえて言うなら、一日の時間があと二時間くらい伸びれば、彼女と過ごせる時間を増やせるのにって思う」
当然、ライアンは苛立った。妬みというか、羨ましさに苛立った。なにより、羨ましいと思っている自分に苛立った。
彼が質問を返す。「それよりお前は? けっきょく、レナはどうなってるわけ?」
ここにもアホモードに突入している人間がいるらしい。「なんでレナなんだよ」
「だって今のところ、お姫様かレナしかいないし。お前が一年も誰かとつきあってないって、奇跡に近いんだけど。そろそろ心配」
それは、ライアン自身も心配だった。
レナのことは、どこまで言えばいいのかがわからない。嘘のことは言いたくない。彼女がどうこうというより、騙された自分が情けない。キスのことも言いたくない。それを言ってしまうと、騙されたことを知られることになる。
「ジェニーに言うなよ」
「うん」




