CUSTOMARY
フェリーに乗った。
汽笛が鳴り、フェリーが動きはじめる。
デッキに出た。強風に思わず目を閉じ、身体を吹き飛ばされそうになった。
風がおさまったと思って目を開けると、真っ暗な空と真っ暗な海しかなかった。船内から、声が聞こえる。
「飛び込む? どーん! て」
「そうしたいけど、今日はだめ。下に行って、みんなにもう少し待つように言ってきて」
「わかった」
ドアが閉まる音が聞こえた。
「起きろ、ライアン」
やだ。
「起きろって。置いてくよ」
どうぞご勝手に。
「残念。せっかくお前の女運に同情して、エレンが中身奮発したのに。このままじゃ、ぜんぶメグにまわるな」
──奮発。
ライアンはシーツからゆっくりと顔を出し、うしろを振り返った。
「おはよ」ベッドの傍らに立っているジャックが彼を見下ろしながら言った。(おそらく見下してはいない。)「去年の冬休みはともかく、あとはわりと平気そうだなって思ってたけど、やっぱりきたわけだ」ベッドの端に腰掛ける。「で、また朝までテレビゲーム」同情しているらしい。
毎年一月三日は、必ずジャックの家族と集まる。小学五年の頃からの恒例行事だ。ジャックたちがライアンの家に立ち寄り、合流してどこかへ昼食を食べに行く。そのあと全員でどこかに行くかなにかして、そのうちまたどちらかの家に戻り、夜はまた外食か、ライアンの母親であるスーザンとジャックの母親であるエレン(と、時々ライアン)が作った料理を食べる。二家族揃っての団欒だ。
重い身体をどうにか動かし、ライアンは手で目をこすった。
「お前はなんでもお見通しかよ」
「まさか」とジャック。「でもスーザンが、今年もライアン一人で大変だったって言ってたから。じゃあまたかなと思って」
「金が入るからって行くんだけど、あれは地獄」彼は身体を起こした。完全な寝不足だ。「っていうか、終わってからが地獄。せめてアホ女が来てくれれば全然違うんだけど、今年も来なかった。仕事が忙しいのーとか言って。キレる」
「仕事なんだからしょうがないよ。」ジャックは再び立ち上がった。「シャワー浴びるんならさっさとしろ。ハリーたちが置いて行くって言ってんの、止めてるんだから。話はあとで聞く」
「ん」
中学三年の頃から時々、ライアンは、別人にでもなったようにおかしな状態に陥ることがある。“運命”を信じすぎるせいか、いろいろと難しく考えるせいか、自分が自分でなくなったように思うことがある。
実はすべてが無意味で、本当はそんなものどこにもなくて、自分は一生誰にも執着できずに、そのうち誰かとなんとなく結婚して、そのうち離婚して、三十歳になっている頃には“バツ”が五個くらいついているのではないかとまで思う。
そんなくだらない鬱状態は、ある日突然やってくる。特に年始というのは、一月一日と二日、身内の中に缶詰になるうえ、親戚の子供の相手で嵐が吹き荒れたように慌しく過ごすはめになるせいか、ただでさえ疲れているのに、さらに疲れを上乗せするよう、この状態に陥りやすくなる。
年齢の近い人間が恋しくなるし、身内以外の人間と話したくなる。それでもこんなくだらない状態を理解してもらいたいと思える相手すらそうおらず、けっきょくジャックが相手をしてくれることになる。だが、彼は身内に近い。こんなことをいつまでも続けるわけにはいかないとわかっているものの、けっきょく、弱みを見せられるのはジャック一人だ。




