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COMATOSE  作者: awa
17/36

PLACE

 一月二日、夜。

 自宅に集まった母方の親戚が帰り、しばらくしたあと、ライアンは自室に戻った。メールを確認する。

  《あと一週間で冬休みが終わるね。その前にもう一度、ライアンと遊びたいな。暇な時があったら教えてください。エリカ》

 なんなら今から予定を詰め込むこともできるので、そんな日はない。

 昨日と今日、エリカには、一時間に一度のペースで返事をした。やはり自分のことを詳しく語る様子はなく、質問でなければ考えや理想など、思うことを送ってくるだけだ。

 何度か、なにか訊きだそうと色々な質問をしてみた。中学時代の思い出や、冬休み中、以前の学校の友達とは会ったか、男とつきあったことはあるか──等、女と知り合えばひととおり話すだろう、なんてことのない内容だ。だがエリカは返事に困ると、返信に一時間ほどあいだを空ける。そして、全然関係のない話を振ってくる。なにをしていたかとか、なにを食べたかとか。メール攻撃を避けたければ、そういう質問をすればいいらしい。――とても嫌味な気はするが。

 彼は携帯電話を持ったままベッドに転び、閉じた右腕で両目を覆った。

 エリカではない女と遊びたい。それも、ベッドに連れ込める女と遊びたい。もうそういうのはやめると、せめてつきあってからにすると、決めはしたけれど。

 けっきょく、つきあってもいいと思える女がいなかった。一年近くもだ。

 運命の相手というのは、本当に存在するのか。あのドラマのアダムとイヴのように、ずっと小さな頃から一緒にいてというのはもう、無理だ。

 それでも、こいつしかいないと思える相手ならいるかもしれないと、そう信じてきた。だが、早くも諦めかけている。何年かあとに出会うのかもしれないが、そんなことを言いだせば、それまでの色恋沙汰が無駄な気がしてしかたない。

 そもそも束縛されて冷めたり、冷たいから別れるというのは、もう“運命”ではない。せめて人生で一度くらい、誰かに執着してみたい。

 ライアンの中で、また“それ”がはじまっていた。嫌な感覚。愚かな感覚。自己嫌悪。現実逃避への願望。

 海が見たい。癒されたい。壮大な景色が見たい。そんなもので癒されたことはないが。

 もう、疲れた。

 彼の左手の中で携帯電話が鳴った。顔の上に乗せていた腕をおろし、画面を確認する。

 魔女レナの降臨だった。意外だと彼は思った。もう二度と、メールも電話もしないと思っていた。

 再び目を閉じ、ライアンは電話に応じた。「ん」

 気まずそうな様子で彼女が切りだす。「今、平気?」

 そんな態度をとられると、すでにおかしな状態に陥っている彼は、さらに微妙な返事になってしまう。

 「なんとか」と彼は答えた。「どした」

 「──気に、なって」

 エリカのことだ。「もうちょい待って。なんか、別の話、ない?」

 「別のって?」

 「笑える話」とは言ったものの、彼女は自分の好みなど知らないのだったか。

 だがレナは答えた。「──今日、レオが、イトコの小学生の女の子とおままごとした。女の子が奥さん役で、レオが旦那さん役。ただいまとかおかえりなさいとか言って、ごはんにするかお風呂にするかとか。あげく抱きつかれて、キスされてた」

 その光景を想像し、ライアンは口元をゆるめた。彼もメグが今より幼い頃、相手をさせられそうになったことがある。さすがに恥ずかしいうえ、どうすればいいのかがわからず、ジャックを巻き込んだ。

 彼は質問を返した。「お前は? 参加しなかったの?」

 「私はしてない。レオがものすごく助けを求める表情でこっちを見てくるんだけど、笑いながらずっと観察してた。あとでものすごく文句言われた」

 彼は小さく笑った。「ひどいな」だが、そういう光景を見るのは好きだ。「で、なんだっけ」

 「ええと──エリカから、ぜんぜんメールがこなくなったの。私もメールしたわけじゃないんだけど、なにかしたのかなと思って」

 「なにもしてねえよ。ただメールの相手してるだけ。扱いかた、わかってきたから」

 「そう――。なんか、ごめん。あの娘にメールしようかなとも思ったけど、なんて送ればいいかわからなくて」

 「べつに、きたら返すだけにすればいいじゃん。わざわざ嫌な思いしにいくことないだろ」自分が言うのも変なのだが。「たぶん、かなり疑り深い性格なんだわ。あと、嘘つかれんのが嫌いなんだと思う。思い込みが激しくて、自分にやさしくしてくれる相手に執着しやすい。自分を好いてると思ったら、なによりそいつを優先する。だから今は、オレが一番。すげえ勘違いだけど。思い込んだら、周りが見えなくなるんだろうな」自分とは、合わない。

 「――やっぱり、あんたにしてよかった」

 彼らは、先日の喧嘩が嘘だったかのように穏やかに話をしている。

 「珍しいな。褒めてんのか」

 「ん――私じゃ、そのうちあの娘を傷つけてたと思う」

 おそらくエリカは、神経が図太いようで、実はかなり脆い。「オレも、それは怖い」脆い人間は、壊れるとなにをしでかすかわからない。「けど、まあ、どうにかする」できるかどうかは、知らないが。

 「――うん。今度、肉まんとピザまん奢る」

 明日は大雪か。そうすればメグが喜ぶか。「それはいいけど。海とか行ったら、勘違いするかな」

 「エリカと?」

 「うん。誘われてんだ、冬休み中にもう一回遊びたいって」

 「──一緒に、行こうか」

 「まさか。マシューももう、いいっつってたし。マシューがダメだったら、他の奴もダメだと思う。だから、いい。オレ一人で行く」

 「平気?」

 「さあ。でも、まあ、どうにか、する」できるかは、わからない。「大晦日とか、散々陰で悪口言ったし。その罪滅ぼしに」する必要があるのかどうかは知らない。

 「──ん」

 「で、どうなんだ? 海って。勘違いするか?」

 「どうかしら。私は、あの子とは違うし」

 それはわかっている。「んじゃお前は? 勘違いする?」

 「状況しだい」

 状況と言われても。「オレと二人で電車に乗って海に行きました。当然、周りに人は誰もいません。寒いし冷たいので裸足になって海に入るようなこともしません。バカみたいに追いかけっこもしません。ただ海を見ながら、寒いわアホ! 潮くさいわボケ! とか叫ぶの」

 レナは笑った。

 「無理。ただの嫌がらせ。行ったとしても、絶対に後悔するもの」

 「だよな」けっきょく、景色などに意味はない。「んじゃ、お前が癒されるものってなに?」

 「そうね──可愛いもの。ぬいぐるみとか、キャラクターのストラップとか。あと、動物。小動物」

 「ゲーセン? で、クマのぬいぐるみ取るとか?」

 「私はいらない」

 「やらねえよ。お前じゃねえよ。アホか。ボケか」彼は勢いまかせにつっこんだ。「いや、けど、買い物とか嫌だし。ヴィレに一緒に行くとか、さすがに無理だし。誰かに会ったらどうすんだ」

 「うーん。動物園?」

 彼が即答する。「くさいからイヤ」

 「わがまま。──あの娘はきっと、どこでも喜ぶと思うけど」

 その可能性は高いが。「じゃ、お前が行きたいとこ。けど、オレが知ってる奴に会う可能性があるところは無理。ヴィレとかはナシ」

 「ん──遊園地」

 「どこのだよ。絶対無理。勘弁してください」

 「なら、あんたが行きたいところでいいじゃない」

 ホテル。違う違う。行かない行かない。絶対無理。「わかんねえ。どこも行きたくない」

 「出かけるの、好きでしょ」

 「そうだけど」行きたいところ。一箇所だけ、昔から行きたかった場所がある。「──遊郭」

 「──は? 遊郭? いつの時代の話してるの?」

 ドラマでいえば──いや、何年くらい前だ? 中世の設定だったような気がするが、明確な時代設定はなかったような。いや、そういう問題ではない。女を連れて行く場所ではない。その前にそんなところは、この時代にはない。

 「ああ、もうダメだ。現実逃避だ」

 レナはまた笑った。

 「私はね、夜景が綺麗なところ。それなら、癒される。気がする」

 「乙女っぽいこと言うな。アホか」

 「失礼ね。──でも、夜なら、いい。港でも、公園でも、川でも──山はイヤだけど。それ以外なら、けっこう、どこでもいい気がする」

 「そうしたいところだけど、夜はまずい。よけい勘違いする」

 「じゃあもう、海で。ハーバーで。あの娘、インレット・パディでしょ?」

 「らしいな」とライアン。

 「少し行けば、デイ・ピークの海岸がある。もう少し行けば、ハーバーも」

 彼ははっとした。「それでいいや。海でいい。ローア・ゲートの海しか浮かばなかったけど、そっちのほうが近いし」

 そこならバスで行ける。ここからでも三十分ほどで着く。そんな場所に、知っている人間がいるわけがない。

 「うん。なんなら私も誰か誘って、その近くにいるけど。電話してくれたらすぐに行く」

 本音は、頼みたいところだが。「デートの邪魔する趣味があったのか」

 「え、ないけど。っていうか、あんたに言われたくない」

 彼は笑った。「だよな。けど、とりあえず一人で話してみる。ちょっと気になることもあるし」

 「なに?」

 「まだ言えねえ。確実じゃないから。でも、とりあえず四日かな。終わったら電話する」

 「気になる」

 「気にするな。とりあえず、オレはこれからシャワー浴びてゲームする。適当な時間まであいつのメールの相手しながら」

 忘れていたが、そろそろ返さなければまずい。

 「わかった。じゃあ、夜はいつでも家、出れるようにしておく」

 彼はぽかんとした。「は? 家出すんのか?」

 「そうじゃなくて。肉まんとピザまんが食べられるように」

 納得した。「そんなにオレに会いたいか」

 「うん」

 またアホモードに突入しているらしい。「正気を取り戻せ」

 「正気だけど。ま、いいわ。がんばって、ね」

 レナが、変だ。

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