FAMILY
――宇宙人だ。宇宙人がいる。真っ白。とても細い。くねくねしている。躍りながらずっとこちらを見て、鼻歌をうたっている。バカなのか?
「――ちゃん」
声が、聞こえる。
「お兄ちゃん!」
「ん――」
唸りながら仰向けになり、ライアンはゆっくりと目を開けた。妹のメグが彼の顔を覗きこんでいる。
彼女は呆れた顔をした。「やっと起きた」
彼は朝が弱い。「メグー」
重い腕をどうにか動かし、彼はメグの背中に手をまわした。彼女は勢いでバランスを崩しそうになり驚いたが、どうにか持ちこたえた。
「――なに? どうしたの?」
「眠い」片腕で彼女を抱き込みながら、彼は彼女の髪を撫でた。「お前は可愛いな。もうこれ以上デカくなるな」
「え、やだ。もっと身長欲しい。バスケットするんだもん」
メグは最近、ミニバスをはじめた。遊びで教えただけなのに。少し前、メグがやたらとおとなぶるようになった時期があった。一緒に遊ぶことを嫌がったり、部屋に入ることを怒ったり。けっきょく、ジャックが解決したけれど。
「中学生になってハグが嫌だとか言ったら、泣くからな」
彼女がさらりと答える。「人前はやだ。今も」
このやろう。「今、何時?」
「八時四十分。またママにジャンケンで負けた」
彼らの母親とメグは、ライアンを起こす役をジャンケンで決める。他にも、テストの点数が五十以上か以下か、彼が一緒に出かける相手が男か女か、男ならジャックがいるか、女なら狙っている女がいるかどうか、つきあっているかどうか――そんなくだらない勝負を、いつもしている。
「お前、ジャンケン弱すぎ」
メグは頬を膨らませた。「でもお兄ちゃんのことなら、ママより詳しいもん」
嬉しい言葉だった。だが、それはどうかな。「よし。んじゃ、今オレを困らせてるのは男か女か、どっちだと思う?」
「んー――」少し悩んだ表情をしたものの、笑顔で答えた。「女の子!」
彼はまた彼女の髪を撫でた。
「当たり。しょうがないから手離してやる」
笑顔で立ち上がると、彼女は彼の手を引っ張った。
「起きて。シャワー浴びるんでしょ。九時すぎに家出るって言ってたよ」
「はいはい」彼が身体を起こす。「どっかでコンビニ寄ってもらって、アイスクリームか肉まん買おうな」
メグは満面の笑みを見せた。「両方!」
彼女はライアンにとって天使だ。だが。「それは無理だと思うぞ」
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家族揃って乗り込んだ車が父親の運転で走り出す。ライアンは助手席で携帯電話を開いた。エリカからまたメールが届いている。それも朝の八時だった。本当に寝たのか疑わしい。大量というわけではなく、三通だけだった。昨日が飛び抜けていただけなのか。
《おはよう。今起きたよ。昨日はメールありがとう》
《まだ寝てるかな? 起きたらメールください》
《今日はおじいちゃんの家に行くけど、親戚が集まるわけじゃないんだ。おじいちゃんとおばあちゃんに会うだけ。つまらないよー。ライアンのところは親戚、いっぱい集まる? また暇になったら返事ください。エリカ》
彼には、“いっぱい”の基準がわからなかった。今日はおそらく十五人から二十人ほどか。毎年決まった人間が集まるわけではない。遠い親戚はいるし、五年ぶりにひょっこり顔を出す人もいる。ひとまず返事を打つ。
「お兄ちゃん、なんで車に乗る時、いつも靴脱ぐの?」後部座席からメグが訊いた。
「邪魔くさいから」と、ライアン。車に乗ると彼はいつも、靴を脱いであぐらをかく。
《おはよ。ぜんぶで十五人くらいだと思う。しかもガキがいっぱい。オレ、いつも子守り役》
適当ではあるがメールを送信した。そのあいだに、他からのメールを確認する。
「変なの」メグが言った。
「変じゃないし」
彼女の隣でスーザンが口をはさむ。「ねえマーガレット。お兄ちゃんのメールの相手、男の子だと思う? 女の子だと思う?」
またはじまった。
「女の子!」
「あら。ママも女の子だと思う」
うるさい。
「じゃあパパは?」
ハリーは彼の隣で車を運転している。「宇宙人だろ」
その言葉に、彼女たちはけらけらと笑った。
スーザンが答え合わせにかかる。「ライアン、正解は?」
「異星人」から、さっそく返事が届いた。
《メールありがとう。子供、いいね。私も小さい子、好きだよ。でもいとこにはいないんだ。みんな歳上で、しかも遠いところにばらばらに住んでるから、今年も集まらないみたい。ライアンのところなら、楽しく過ごせるんだろうね。羨ましい。早く結婚して、子供たくさん産みたいな》
怖いかった。本当に怖かった。しない。自分はしない。無理だ。なぜいちいち返事に困るメールを送ってくるのか。
「イセイジンてなに?」メグが訊いた。
スーザンが答える。「宇宙人ってことよ。つまり、変な子なのね」
彼女はまたもけらけらと笑った。「変な子!」
充電のことを考え、ライアンは少し時間をおいて返事をすることにした。