LIES
意味が理解できず、ライアンは不機嫌に言葉を返した。「は?」
レナが答える。「エリカが転校してきたの、終業式の二日前じゃないの」
その告白に、彼はまたもぽかんとした。
彼女が続ける。「彼女と会ったのは、終業式の日。放課後、日誌を返しに行くのに一人で職員室に行って、それで──」
「いやいやいやいやいや」彼は割り込んだ。「ちょっと待て。ちょっと待て」
そして考えた。二日前ではなく、終業式の日。なにをしていたかを考えた。終業式が終わったあとは確か、ドッジボールをした。帰ると言い張るベラをギャヴィンと二人で無理やり引きずって──というのはどうでもいいが、D組とF組を中心に、ドッジボールをした。そして圧勝した。それもどうでもいい。そのあとはマリーたちと話をしていた。そして一緒に昼食を食べに行った。
思い出したので続きを促す。「で?」
「──で、職員室に行って、そしたらちょうど、担任がエリカと両親と、四人で話してたの。で、担任に紹介されて。冬休み明け──三学期から、転校してくるって。それで、校内をちょっと案内することになって。気まずいながらも、二人で体育館を覗いたの。そしたら、あんたたちがドッジボールしてて。何人か友達がいるって言って、その場で、それは終わった。──ここまでは、いい?」
「よくねえよ」彼は即答した。「ちょっと待て。もう一回、待て」
また話を整理する。レナは職員室でエリカに会った。うん。校内を案内。うん。体育館に来た。うん。自分は全然気づかなかった。ここまで。
理解したのでまた促す。「で?」
レナは説明を続けた。「それで、担任に、ひとりでも早く馴染んだほうがいいからって言われて、アドレスと電話番号交換したの。でも、しばらく──クリスマスが終わるまでは、メールしなかったの。ほら、みんなで遊んでたし。むこうからもこなかった。私もすっかり忘れてたんだけど──二十七日? に、エリカのこと思い出して。気まずいかなって思ったけど、メールした。最初は、普通だった。でも、どんどん量が増えて、ちょっと目を離してるあいだに、何通か送られてきたりしてて──なんか、だんだん、どうすればいいかわからなくなって──」
「ストップ」と、ライアンは話を遮った。混乱している頭でどうにか理解しようとした。つまりいくらかは、ストーカーのような節があったということだ。だが別の疑問が浮かんだ。「え、つまり、B組の他の奴らは、エリカのこと、知らないってこと? たぶんお前だけってこと?」
「そう」
あっさりと肯定されたので、彼は唖然とした。
「いや、っていうか、なんでオレに話がまわってくるわけ?」
「そのメールが、次の日──二十八日も続いて。それで、年末の話になって。カウントダウンイベントのことと、でも私は行かないって話をしたら、一緒に行きたいって言われて──でも二人で行く勇気がなくて、だから、私たちが体育館に行った時、エリカに気づいた子がいて、その子が、エリカのこと可愛いって言ってたって。それで――」彼女の声はどんどん、小さくなった。
彼はかたまっていた。「──それで、オレのことを話したと?」
「――ごめん」
意味がわからない。「それ、オレ、関係なくね?」
「ごめん」
「あやまるなっつってんだろクソ女」彼はまた言葉を吐き捨てた。さきほどよりも強い怒りが入っていた。
つまり、最初から騙されていたということだ。ストーカーの気があることは隠して、微妙そうなことだけを言って。どうりで話がまわってこないはずだ。まわるはずがない。誰も知らないのだから。
会ってから少ししか経っていないにもかかわらず、過度なスキンシップがあったのも、これで納得がいく。つまりエリカは、こちらに気があると思ったのだ。外見だけなのか話したからなのかは知らないが、自分も悪い気はしていないという返事代わりのアピールだった。マシューにもなびかないはずだ。最初からこちらのことにしか、自分に好意を寄せてくれる人間にしか、眼中にない。
そしてまた、ライアンの中に嫌な考えが浮かんだ。
「──まさかとは思うけど、ギャヴィンが前日になって約束キャンセルしてきたのも、お前が絡んでるわけ?」
レナが静かに答える。「――その、エリカとカウントダウンの話してた時、マリーとアニタと三人で遊んでて。タイラーのこと聞いて、あんたたちの話で彼の名前は知ってたから、ギャヴィンのほうが彼と仲がいいって言って──大晦日にあんたを誘うつもりなんだけどっていうのも、ギャヴィンにしたほうがいいって言って――」
心の底から、尊敬した。完璧なシナリオだ。それに自分は、まんまと騙された。
言い訳がましく彼女が続ける。「もちろん、前日になってキャンセルしたのは知らなかった。ギャヴィンはなにも知らないし――」
「あたりまえだろクソ女」彼は怒っている。「ギャヴィンがキャンセルの電話してきた時、あいつがどんだけオレにあやまったと思ってんの? どんだけ気遣わせたと思ってんの?」
「──ごめん」
今まで散々、レナに苛立たされてきた。だがここまで苛立ったことはなかった気がすると、ライアンは感じていた。
「あやまる相手が違うし。それにお前、マリーがどんな性格なのかわかっててそれ、やったの? あいつ、あれで実はすげえ気遣うんだぞ。自分のせいでオレが嫌な思いしたって知ったら、すげえあやまるんだぞ。オレの冗談も通じねえくらいあやまるんだぞ」
「ごめん──」
「オレにあやまってもしょうがないっつってんの。オレはべつにいいよ。オレを困らせたきゃ、好きなだけやれ。けど、あいつらまで巻き込むな。今度あいつらをいいように使ったら、いくらお前でも許さねえ。次なんかやったら、マジでキレるからな」
「──ごめ──」
今思えば、おかしいことばかりだ。「泣く前にもうひとつ答えろ。三十日、オレがチョコもらうのにお前と会った日、オレが顔近づけてもお前、怒りもしなかったよな。あれもお前の計算か? 罪悪感で、キスのひとつくらいしかたないとでも思ったか?」
「――めん――」
本当に、ふざけている。だが彼の怒りはおさまらなかった。
「ジェニーの兄貴に会ってお前が泣いた時もそうだよな。睨みはしたけど、怒りはしなかった。失恋でまたおかしくなってるだけかと思ったけど、あれも罪悪感の欠片だったわけだ」
「――んな――さい――」
「最後のはさすがに意味わかんなかったけど、あれも罪悪感か? それとも、プラスその伝説とやらで、せめてオレを救おうとでも思ったか? お前、オレや誰かを騙して利用すんのに、自分のカラダ使うわけ? オレが真実知ってキレてヤらせろっつったら、それに従うわけ?」
「───ごめん――」
苛立ちが、怒りが、おさまらない。
「オレ、お前のこと嫌い嫌い言いつつ、なんだかんだで嫌いじゃなかったわ。だから遊びにだって誘ってたんだしな。恋愛感情とかは一切ないけど。――けど、今回はさすがに、失望した」言わなくていいことまで、言っている気がした。「オレを騙したことじゃなくて、あいつらをいいように使ったことと、なによりお前が、自分を安売りしようとしたこと。それがいちばん、気に入らねえ。そんな女じゃないと思ってた」もっと、頭のいい女だと思っていた。
「ごめん──」
「あやまんなっつってんだろ」
意味がわからない。なにがしたいのかがわからない。ライアンは腕で目を覆った。レナがなにをしたいのか、自分にどうしろと言っているのか、それがわからない。
だが怒りを通り越せば、呆れだ。もう、溜め息しかない。
その深すぎる溜め息を吐き出すと、ひとつの思いが彼を覆った。
ライアンは、つぶやいた。「──オレで、よかった」
レナはもうずっと、泣いている。
「───ごめん───」
もう、いい。
「とりあえず、もう寝ろ。オレは明日、っていうか今日だけど。一日と二日は両方、親戚の集まりでほぼ一日、つぶれる。三日はジャックの家と集まるし。だから、どこまでエリカの相手できるかはわかんねえ。けどとりあえず、できるだけ相手するから。お前は適当にやっとけ。今日のこと訊かれたら、寝てたって言え。親戚の前で電話使ったら怒られるとかなんとか言っとけば、たぶん二日は平気だし。そのあとのことは、それから考える。遊びに誘われたらオレに言え。代わりに相手してくるから」
だが彼女はまだ泣いている。「──ごめん───」
「もういいって。わかったから。オレも言いすぎた。悪い。マジで電話越しに泣かれるの、好きじゃねえんだよ。目の前で泣かれるのもイヤだけど。頼むから、もう泣きやめって」
「ごめん──」
そのしつこさにまた苛立った。「お前ね。これ以上泣きながらごめんごめん繰り返すんなら、今からお前ん家行って、そのまま犯すよ? それでもいいわけ?」
「───やだ」
「だろ。だから、もうやめて。──あと、事情がどうだろうと、たかがキスとか思うな。オレはいいけど、お前は思うな。一応、女なんだし」
「──うん。ごめん」
やめろと言っているのに、了承したはずなのに、なぜまたあやまるのか。「わかったら、もう寝ろ。エリカからメール入ってるかもしれねえけど、とりあえず見ずに寝ろ。またなんかあったら、メールか電話するから。わかった?」
「──ん」
「じゃな」
「うん」




