STALKER
家に帰るとシャワーを浴び、ライアンは自室に戻った。ジャックの部屋の半分ほどの広さの部屋だ。
戸口から入った右側にクローゼットがあり、その前で壁に沿うようにシングルベッドを、その前には長方形のテーブルとくたびれた脚のないソファを置いている。残された壁際のほとんどには沿うよう棚が置いてあり、テレビやコンポ、大量のCDとコミックスが並んでいる。
ジャックの部屋は広さに反比例して家具やモノが少ないのに、ライアンの部屋は間逆で、狭い部屋にモノが溢れている。捨てられないというより、趣味が多すぎてモノが多い。
ベッドに寝転んだライアンは、新着メールを確認しようと携帯電話を開いた。受信メール一覧を画面に表示する。
そして、自分の目を疑った。
メールは一ページにつき十件表示なのだが、知らない、というか登録されていないメールアドレスばかりが、一覧にずらりと表示されていた。送信者は同じアドレスばかりだ。そのアドレスからはちょうど十件のメールが届いていた。送り主はなんとなく予想できたが、まさかと思った。恐怖さえある。ひとまず、最初のメールから順に読んでいくことにした。
《ライアン。エリカだよ。レナにアドレス、教えてもらった。今日は楽しかった。ありがとう。また遊んでね。エリカより》
おそらく、レナがアドレスを教えてすぐあとだ。
《エリカだよ。まだ家に着いてないかな? エリカは今からシャワー浴びてくるね。返事待ってます》
おそらく──バスに乗っている頃か。
《エリカでーす。今シャワー終わって、部屋に戻ったところ。これから、ドライヤーで髪を乾かします》
マリーを送っている頃か、もしくは家に帰っている頃だ。髪を乾かす報告などいらないのに。
《エリカだよ。もしかして、メール届いてないのかな?》
おそらく一階で両親と話していた頃。
《なにかあったんじゃないよね? 心配なので一度、返事をください。エリカ》
そちらの脳内のほうが心配です。
《今、レナにメールしてもう一度、アドレスを確認してもらったよ。間違ってなかった。ってことは、センターに引っ掛かってるのかな? 早く届きますように。エリカ》
おそらくシャワーを浴びようとしていた頃──だと思われる。
《もう寝る準備、できちゃった。でも、気にしないで返事してね。気づいたら返事します。エリカ》
シャワーを浴びている頃か。
《どうしよう? 返事が気になって、眠れないよ。ライアンが無事かだけ、教えてほしいな。エリカ》
五分しか経っていない。
《まさか、レナが嘘教えたんじゃないよね? これ、ライアンのアドレスで間違ってないよね? エリカ》
恐怖だ。
《エリカだよ。やっぱり、レナが意地悪して嘘教えたのかな? もう一度、レナに確認してみる》
数分前のメールだった。――レナ。
メール画面を閉じ、ライアンはすぐにレナに電話をかけた。そこで、自分がいつのまにか身体を起こしていたことに気づいた。
呼び出し音が三回──四回。出ない。なにがどうなっているのかがわからない。
次の瞬間、呼び出し音が途切れた。
「なに?」
「無事か?」
「意味がわからない」
どうやら無事だ、と思い、彼はまた仰向けに寝転んだ。
「ストーカー発生。超怖い」
「は?」
「今、やっと溜まったメール見ようと思って、携帯電話開いたんだよ。エリカからのメール、何通あったと思う?」
「――五件くらい?」
その程度で済めばよかった。「十通」
「ほんとに?」
「そ。全然返事してないのにどんどん送ってきて、あげくお前が嫌がらせで嘘ついたんじゃないかって。また確認するっつって」
「――確認のメールがきて、それに返事したあと、シャワー浴びに行ったから。気づかなかった」
「ならいいけど。アレはマジでヤバいって。ストーカーだって。しつこい女は何人か知ってるけど、あのレベルははじめてだわ。超怖いの」
「――ごめん」
レナがあやまったので、ライアンはぽかんとした。
「は?」
「そんな短い時間で、それだけメールを送ってこられたことはないけど──なんとなく、そんな気配はあったの。私が三十分くらい電話放置してるあいだに、メールが二、三通きてるとか──せっかちなのかと思って、気にしないようにしてたんだけど――」
彼は唖然とした。そこまで面倒な女だとわかっていれば、もう少し他にやりかたがあったはずだ。
「なんで言わなかったわけ?」
「だって、あの娘のこと、なにも知らないもの。確かにあの娘が転校してきてから、あの娘とまともに話してるのは、私だけだと思うんだけど。でも、あの娘は自分のこと、ほとんど話さない。好きな音楽とか、動物とか、どうでもいいことばかり。たいていが質問だし――そんなので、あの娘がどんな子かなんてわかるはずないし、ちょっと怖い子かもなんて、言えるわけないじゃない」
――正論のような、違うような。「今のが本音か」
「今の?」
「怖いって」
「――ああ」
怒りの感情が、ライアンの中に生まれていた。
「だよな。お前がオレに女紹介するとか、ありえないもんな」変だと思った。
「ごめん」
「あやまんな。胸くそ悪い」彼は言葉を吐き捨てた。本当に、いちいちイライラさせる。
「ごめん」
「あやまんなっつってんだろ。マジでうざい」
彼は左腕で両目を覆った。エリカはなんなのかを考えた。メールを返せば済む話なのか? せっかち? 心配性? ストーカー?
会ってからずっと感じていた。エリカには、不自然な部分が多い。すべてにとは言わないが、自分が目をつけた人間に対してああいう態度をとるというのなら、おそらく、誰でも不快に感じるはずだ。以前の学校でもああなら、友達など──。
そこで、彼は違和感のひとつに気づいた。
「おい」
「──ん」
「お前今日、あいつが携帯電話いじるとこ、見た?」彼は見ていない。
レナが答える。「――待ち合わせた時、メールでやりとりした。家を出る前からメールしてて――会ってからは、たぶん、見てない」
これだ、と彼は思った。違和感のひとつ──大晦日なら、それも転校生ともなれば、メールや電話の一本、あってもいいはずだ。だがエリカは今日、会ってから一度も、携帯電話を見ていなかった。自分もマシューもレナも、合間でそれを出していたのに。
半端な時期での転校──ただの勘でしかないが、“それ”なら納得ができる。
ライアンはもう、鼻で笑うしかなかった。
「それで? オレはあいつの気を引くかなんかして、お前への執着を減らせばいいわけ?」
電話越し、彼女が少しムキになる。「――そんなこと、頼んでな――」
だが彼はレナの言葉を遮った。「くだらない見栄はいらねえ。今さらどうにもなんねえよ。オレはクラス違うし、興味もないからブチッても平気だけど、オレがそれしたらたぶん、ぜんぶお前にまわるぞ。それでもいいなら、オレはアドレス変えて番号拒否する。お前がどんだけつけまわされようと、オレには関係ないしな」
彼女はなにも言わない。それがよけいに彼を苛立たせた。
「今は、無言が通じる時間じゃねえんだけど。べつにお前を責めてるわけじゃないし。いや、ムカつくけど。オレが廊下? にいたのだって、悪いわけだろ。あいつに見つからなきゃ――」
今度はレナが、彼の言葉を遮った。「ごめん」
「あ?」
「──嘘、ついた」




