RETURN TRIP
ベネフィット・アイランドの電車やバスは、本数や行き先の選択肢は減るものの、親切に最終が午前二時台、始発が五時台になっている。バス・ステーションに戻り、最初にマシューが、次にエリカがバスに乗って帰っていった。カウントダウンが終わったこともあり、バス・ステーション付近はそれなりに混んでいる。ライアンはレナと二人でベンチを陣取り、バスを待った。
彼の左隣、脚を組んで座っているレナが言う。「今、あんたのアドレス送った。あの娘に」
「あっそ」とライアン。「そうじゃなくて。さっきの、なんなの? あれ」
「だから言ったじゃない。女運が下がるんだって」
「お前の男運も下がるんじゃねえのかよ」
彼女は鼻で笑った。
「そんなもの、最初からないし」
それは言えている。「今年一年、またオンナできなかったらどうしてくれんだ」というより、誰ともベッドに入れなければというのを気にしている。
「だから、巻き添え」
「ふざけんなアホ女」
「ライアン!」
ムーン・コート・ヴィレッジ側から彼の名前が呼ばれた。マリーだ。一歩下がって隣にはギャヴィンがいる。
マリーは彼らに駆け寄った。「レナも。明けましておめでとう」
「よ、明けまし」
レナも挨拶した。「ハイ、おふたりさん。明けましておめでとう」
「どうだった? なんか会うって言ってた女」ギャヴィンが訊いた。
「無理無理。上目遣いに甘え声だぞ。一分間に瞬き三十回くらいするし。ありえねえ」
彼が苦笑う。「そんな人間いないだろ。っていうかお前がいるんなら、マリー送るの、頼んでいい?」
「いいけど、アニタたちは?」
「タイラーは電車だし、アニタは親が迎えに来た。俺のバスももう来るんだけど。ジャックたちは? 会ってないの?」
タイラーはインディ・タウンにある高校の寮に入っている。
「ジャックはタクシーだもん。オレと違って、リッチマンだから」
ジャックは服を買い漁る浪費癖はなくなったものの、無駄にタクシーを使う癖もなくなったものの、ジェニーを気遣う時はタクシーに乗る。
「ああ、なるほど」ギャヴィンは腕時計を確認した。「んじゃ、バス向こうだから、もう行く。マリー、またメールする」
彼女は照れた。「うん、ありがとう。楽しかった」
「俺も。またな」
そんな彼らに、ライアンがまた不機嫌になる。寒いはずなのに暑かった。「バスの中で潰されんなよ」精一杯の嫌味だ。
「うるさいよアホ」
笑いながら手を振り、ギャヴィンは別のバス・ステーションへと向かった。もう少し早ければ彼もマシューと同じバスに乗れたのだが、マシューがメールを送った時、彼はまだグランド・フラックス方面で出ていた屋台で買ったものを食べていたらしい。
ライアンは立ち上がり、ベンチにマリーを座らせた。彼女の前に立つ。
「で、どうなの? ギャヴィンは」
マリーがつんと答える。「友達です。なにもありません」
レナは彼女に、意味ありげな様子で微笑んだ。「でもギャヴィン、気のない子にメールするなんて言わないわよ」
反応した。「ほんと?」
ライアンも言う。「ホントだよ。オレがメールしても、返ってくるの二時間後とかの時あるし」
レナは遠い目をした。「私なんかアドレスも番号も知ってるのに、めったに連絡ないし──」
「ええ?」
彼もつぶやく。「オレなんかアドレス変えたこと、教えてもらえなかった時あるし──」これは本当だ。お前電話しかしないじゃん、と言われた。
「ええ?」
ふと思いついたライアンは「ちょい待ち」と言って携帯電話を取り出し、レオに電話した。
レオは元気だった。「ハピニュー。どしたの?」
「起きてる?」
「うん。当然。カウントダウン、楽しかった?」
「楽しくねえよ。地獄だよ。っつーか今ヴィレ前で、もうすぐバス来て帰るんだけど。二時前にそっちに着くやつ。その時間、バス停までレナを迎えにこい」
「え、まじで?」
「オレ、別のダチ送って行かなきゃいけねえの。バスは一緒なんだけど、そっちまで行けねえんだ。小遣いやるから」
「わかった。姉ちゃんに、近くに来たら電話鳴らすように言っといて。一分で行くから」
「あいよ。じゃーな」
電話を終えたライアンにレナが言う。
「レオ? べつにいいのに」
彼は携帯電話の代わりに、財布から千フラム札一枚を取り出した。
「お前ね、自分のナリ考えろよ。バカみたいにミニワンピ着て、不審者出たらどうすんの? 物好きな奴は、お前みたいなのでも狙うんだぞ。女なら誰でもいいんだぞ」札を彼女に渡す。「これレオに渡して。一分で行くから、近くに行ったら電話鳴らせって言ってた」
「はいはい、わかりました」
マリーが言う。「私のほうこそ、よかったのに。送ってもらわなくても」
「お前はジーンズだしな。露出度ゼロの色気ゼロだしな。けどお前になんかあったら、オレがギャヴィンに殴られるじゃん」
普通なら露出度や色気のところで怒るはずが、彼女は別の部分に反応した。「だから、友達だってば!」
彼はけらけらと笑った。
「顔、真っ赤」
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レナを残し、ライアンはマリーと一緒にウェルス・パディにあるバス停のひとつでバスを降りた。マリーとは中学が一緒で家もそれなりに近く、中学の一年と二年ではクラスが一緒で、ときどきだが一緒に帰ることもあった。
彼女は一年の時の一時期、ライアンのことが好きだった。それは理由にはならないものの、最近は学校外でも一緒に遊ぶようになり、それなりになんでも話す女友達だ。といっても話すのは彼女だけで、彼はなぜか相談相手になっている。
彼らが歩いているこのあたりの住宅街は、ジャックが今住んでいる場所とは違い、それほど高くないコンクリート塀を挟んではいるものの、家と家が密接している。建ち並ぶ家々の前の道りの道幅は車二台がぎりぎりすれ違えるほどしかなく、歩道から数歩でそれぞれの家の玄関ポーチに辿り着けると言っても過言ではない。ほとんどの家には、芝生になった小さな庭がついている。その小さな場所には花や木が植えるか、ベンチもしくは自転車を置くというのが一般的だ。一ブロックごとに駐車場が用意され、住人のほとんどは、その駐車場に自家用車を停める。
「ライアンて、やっぱりやさしいよね」
右隣を歩くマリーが言った。彼にはやさしいというのがどういうことなのか、いまいちよくわからない。
「なにを今さら」
「そうじゃなくて。なんか、レナのこと嫌ってるように見せてて、けっきょくやさしくしてるなと思って」
「は? どこが?」
「え、だって、レナのこと心配したじゃない」
「そりゃ、時間が時間だから。オレなら手出さないよって奴に、好き好んで手出す奴、いるじゃん。ギャヴィンとか」
彼女が顔をしかめる。「だから、友達だってば」
気になる相手を友達扱いするというのは、言っていて虚しくならないものなのか。
「はいはい。魔女は魔女でも一応女だし」ジェニーの親友という理由も加わる。「異星人じゃないし」エリカと違って。
「異星人!?」
「そう、異星人。詳しいことはまた今度、お前がギャヴィンに相手されてない時に話してやる」
すぐそこに、マリーの家が見えている。
彼女は笑った。「わかった。ありがとう、送ってくれて。またね」