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COMATOSE  作者: awa
11/36

FLY

 唇が離れた瞬間、空に花火が上がった。大げさに大きな色とりどりの花火が何発も、続けざまにだ。思わず見上げたものの、ライアンの思考回路は止まっていた。

 花火を見上げていたエリカが振り返る。

 「明けまして──あれ? レナ。どうしたの?」

 レナはライアンの隣にいるのだが、彼女が立っているのは広場の外側、歩道だった。彼が腰をあずけている木製の柵に両手をつき、身を乗り出して──何事もなかったかのようにエリカに微笑む。

 「年越しの瞬間にライアンを突き飛ばそうと思ったんだけど、思いとどまったの」

 エリカは笑った。「やだ、やめて。お願い」

 「うそ、ごめん」

 マシューが再びライアンの隣に戻る。

 「どした」

 ライアンははっと我に返った。「いや、なんでも」なにが起きたのか、よくわからなかった。

 うなりながら、マシューが豪快に背伸びをする。

 「やっと帰れる」

 そのとおりだが、やはりなにが起きたのかわからない。

 彼の隣に戻ったエリカは、ライアンに満面の笑顔を向けた。

 「明けましておめでとう、ライアン。今年こそ、よろしくね?」

 引きつった微笑みしか返せなかった。よろしくという言葉には丁重に断りを入れたかったし、そもそもなぜ語尾を上げて疑問系にするのかが本当にわからなかった。

 レナはまだライアンの隣背後にいる。彼とエリカとのあいだから顔を出した。

 「エリカ、知ってる? 一年の一番最初に恋人じゃない人とキスしたら、その二人はその一年、恋愛運が急激に下降するんですって」

 正常な状態なら鼻で笑って一蹴する言葉だったが、ライアンはぎょっとした。

 「え、やだ」エリカはまた不自然な瞬きをしている。「──でも、恋人じゃない人とキスなんて、しないでしょ?」

 「普通はしないわよね。でも、普通じゃない人たちはするのよ」

 ライアンは心の底から嫌がらせなのかと疑った。

 マシューが彼に声をかける。「おい、またライブはじまるって」

 「え」

 彼は前を向いた。あんなふざけた歌をまたうたうのか。

 彼の心中とは裏腹に、広場はどんどん盛り上がっていた。今度は肩下まであるゴールデン・ブロンドヘアの女が中央のバンにあがる。下からマイクを受け取ったものの、照れているのか、気まずそうに挨拶をはじめた。

 「やべえ、俺、あれタイプ。超可愛い」マシューが言った。

 可愛い、という部分にはライアンも同意した。「タートルネックとジーンズだぞ」つまり露出が少ないと言いたい。

 彼が笑う。「冬に露出を期待すんなよ。脱がせりゃいいし」

 「脱がすまえの露出が重要なんだよ」

 ちなみにライアンはすべて脱がせる派ではない。

 また音楽が流れはじめた。さっきとは音のジャンルががらりと変わり、今度はポップ系バラードだ。



  願うのなら

  すべてを変えられる

  祈りは届くと信じていて

  生きて

  後悔しないために

  旅立つ時は笑顔で手を振って


  いつも泣いている

  いつもなにかを求めている

  いつも感じている

  それは生きている証


  飛べ

  諦めた昨日は雲の向こう

  これこそがはじまり

  風が背中を押している

  果てない空を

  鳥をも追い越して

  輝ける場所なら

  いくらでもあるんだもの


  瞬間はとてもはかなく

  だからこそ価値ある尊いもの

  無駄なことなどない

  すべてに意味があるの

  悩み迷いながらも進んでく


  いつも泣いている

  いつもなにかを求めている

  いつも感じている

  それは生きている証


  私たちの背中に翼はないけれど

  心に翼がある

  未来は手の中にある

  どこへだって行ける

  不可能なことなどないわ


  飛べ

  諦めた昨日は雲の向こう

  変えられるわ

  風が背中を押してる

  果てない空を

  鳥をも追い越して


  飛べ

  諦めた昨日はずっと遠く

  世界を置き去りに

  今こそあなたが

  あなたが羽ばたく時  


  願うのなら

  すべてを変えられる



 ──飛べなどと言ってしまったら、また誰かが橋から川に飛び込む気がする。

 マシューはそわそわしている。「やべえ。歌声も超可愛い」

 「え、まさか最中にうたえとか言うの? 嘘だろ」

 ライアンが言うと彼は笑った。「それはさすがに怖い。っつーかもう帰る?」

 「帰る」

 「え、帰っちゃうの?」エリカが上目遣いで言った。

 「眠いし」嘘をついた。「明日朝から用があるし」親戚が集まるだけなものの、これは金が絡むので重要だ。

 彼女はわかりやすくもしゅんとした。「そっか。じゃあ、メールアドレス、教えてもらってもいい?」

 断りたかった。でもそんなことをする度胸は彼にはなかった。なので嘘をついた。「オレ、メールとか電話とかほとんどしないぞ」

 上目遣いに甘えた声がプラスされる。「返事、してくれないの?」

 捨て犬か。「メールは音鳴らないようにしてるから、気づくかわかんねえんだよ」これは本当だ。でもバイブレーションはオンにしている。今はそれも解除しているけれど。

 エリカはにっこりとした。「じゃあ、気がついた時でいいよ」

 しかし彼は苛立つ一方だ。そしてまた嘘が出る。「赤外線とかわかんねえし、レナに訊いたほうが早いから、あとでレナにメールで送ってもらえよ」

 それでも彼女は笑顔だった。「わかった。」

 どうやら本物の鈍感らしい。

 マシューが苦笑う。「よし、帰ろ」

 ライアンが声を潜めて彼に言う。「頼むから、もらって。金やるから。熨斗つけるから」

 「絶対無理」

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