EP 7
断罪 ~懲役500年の刑~
S級魔獣オーガ・キングが肉片と化して消滅した広場には、死のような静寂が満ちていた。
生き残った傭兵たちは、誰からともなく武器を捨て、震えながら両手を挙げて膝をついた。
彼らは理解したのだ。
目の前の男――坂上真一は、S級魔獣よりも遥かに恐ろしい「怪物」であることを。
「ひぃ……ひぃぃっ……!」
バッカス商会の支店長ゴズハラは、腰を抜かしたまま、カサカサと地面を這って後ずさっていた。
股間からはアンモニア臭が漂い、脂ぎった顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「ま、待ってください……! 公爵閣下! これは、その、誤解で……!」
真一が、チャキリと銃口剣『不知火』の血糊を払いながら、ゆっくりと歩み寄る。
その一歩一歩が、ゴズハラの心臓を鷲掴みにする。
「誤解? どの口が言う」
真一の声は低い。
背中の『仁王』の刺青が、怒りの魔力を帯びて赤黒く発光し、ゴズハラを見下ろしている。
「村を焼き、女を攫い、民を殺そうとした。……それが貴様らの言う『商売』か?」
「ち、違います! 私はグレイベルク侯爵に言われて……! そ、そうです! 私はただの使いっ走りで……!」
「上の命令なら、非道を働いても許されるとでも?」
真一はゴズハラの目の前で足を止め、銃口剣の切っ先を、その眉間に突きつけた。
冷たい金属の感触に、ゴズハラが悲鳴を上げる。
「い、命だけは! 金ならあります! この村の十年分の予算に匹敵する金貨を差し上げます! 裏帳簿も燃やします! だから……!」
「金か」
「はい! 金です! 閣下も引退生活には金が必要でしょう!? 私と手を組めば、もっと稼げます! 月兎族の娘だって、閣下に献上しますからぁ!」
ゴズハラは必死に媚び笑いを浮かべた。
腐っても商人だ。相手が誰であろうと、金と利権にはなびくはずだという浅ましい計算があった。
だが。
次の瞬間、真一の顔から表情が消えた。
「――ワレ」
ドスの利いた、地を這うような広島弁が響いた。
「銭で……人の命が買える思うとんか? あぁん!?」
ドゴォッ!!
真一の蹴りが、ゴズハラの鳩尾に突き刺さった。
ボールのように吹き飛んだゴズハラは、地面を数回転がり、建物の壁に激突して止まった。
「ガハッ……! げほっ……!」
「俺が一番嫌いなのはな、貴様のように安全な場所から人を値踏みする豚だ」
真一は上着を拾い上げ、バサリと羽織って背中の仁王を隠した。
だが、その威圧感は少しも衰えていない。
「死んで楽になろうなんて甘えは許さんぞ。貴様には、地獄を見てもらう」
「じ、地獄……?」
ゴズハラが涙目で聞き返す。
真一は冷酷に宣告した。
「リーシャ。ドワーフの『鉄機山脈』に通報は?」
「ええ、もう来てるわよ。……仕事が早いわね」
リーシャが指差した方角から、重厚な足音が響いてきた。
現れたのは、全身をミスリルの甲冑で固めた、髭面のドワーフ戦士団だ。彼らは『鉄機山脈』の治安を守る憲兵隊であり、犯罪者の取り締まりには容赦がないことで有名だ。
「な、なんだドワーフだと!?」
「ゴズハラ。お前たちバッカス商会は、ドワーフ族との取引規約にも違反している。……違法な魔獣の持ち込み、および中立地帯での破壊活動」
真一は、憲兵隊長に目配せをした。
隊長は厳めしく頷き、巨大な手錠を取り出す。
「判決を言い渡す」
真一の声が、広場に朗々と響き渡った。
「被告人ゴズハラ、およびバッカス商会戦闘員一同。ドワーフ族管理下の『深層第9鉱山』送り。……刑期は500年だ」
「ご、500年!?」
その言葉に、ゴズハラだけでなく、傭兵たちも絶望の叫びを上げた。
『深層第9鉱山』。
それは、地底深くに存在する、最も過酷で危険な鉱脈だ。
そこへ送られるということは、死ぬまで太陽を拝めないことを意味する。いや、ドワーフの寿命ですら足りない500年という刑期は、実質的な終身刑であり、子々孫々まで続く借金のカタだ。
「い、嫌だ! 鉱山なんて嫌だ! 俺は商会の支店長だぞ! こんな泥臭い場所で一生を終えるなんてぇぇ!!」
「連れて行け」
真一が短く命じると、ドワーフ憲兵たちがゴズハラを両脇から抱え上げた。
「離せ! 離せぇぇ! 公爵! 慈悲はないのか! 悪魔ぁぁぁ!!」
「悪魔? 違うな」
連行されていくゴズハラの背中に、真一はポケットから取り出したコーヒーキャンディを放り投げた。
「俺はただの……隠居ジジイさ」
ゴズハラの絶叫は、やがて遠ざかり、聞こえなくなった。
残されたのは、平和を取り戻したポポロ村の広場と、呆然とする村人たちだけだった。
「……終わった、のか?」
イグニスが斧を下ろす。
キャルルがへなへなと座り込む。
「す、すごい……。あのバッカス商会を一瞬で……」
「それに、あのオーガ・キングを一撃で倒すなんて……」
村人たちが、畏怖と尊敬の眼差しで真一を見る。
その視線に、真一は気まずそうに頭をかいた。
「あー、その……なんだ。驚かせてすまんかったな」
真一は、いつもの好々爺の表情に戻っていた。
だが、ニャングルだけは違った。彼は黄金の算盤を弾きながら、ニヤリと笑って真一に近づいた。
「真さん。……いや、公爵閣下」
「よせ、ニャングル。俺はもう引退した身だ」
「へへへ、そうですな。せやけど、今回の『被害総額』と『慰謝料』……きっちり帝国とグレイベルク侯爵に請求させてもらいますわ。バックに『鬼の軍神』がついとるとなれば、向こうも言い値で払うしかありまへんからな!」
さすがは銭ゲバだ。転んでもただでは起きない。
真一は苦笑して、キャルルの方を向いた。
「キャルル。……怖かったか?」
「ううん」
キャルルは首を横に振り、涙を拭って立ち上がった。
そして、満面の笑みで真一に抱きついた。
「ありがとう、真さん! ……ううん、やっぱり真さんは、私の『スーパーヒーロー』だね!」
「……おだてるな。腰が痛くなる」
抱きついてくる美少女と、歓声を上げる村人たち。
真一は照れ隠しに、再びコーヒーキャンディを口に放り込んだ。
(やれやれ……。これでまた、『静かな隠居生活』が遠のいちまったな)
だが、その口元は、少しだけ綻んでいた。
守るべきものを守り抜いた後のコーヒーキャンディは、いつもより少しだけ甘く感じられた。




