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EP 2

悪徳商会の横暴と、堪える竜人

「ふざけるな! あんな奴ら、俺様が消し炭にしてやる!!」

 バッカス商会の連中が村外れに陣を張った後、村の集会所では怒号が飛び交っていた。

 叫んだのは、竜人族のイグニスだ。

 彼は興奮のあまり、口端から赤い火の粉を漏らしている。背中の戦斧『クリムゾン・エッジ』が、主の怒りに呼応してカタカタと震えていた。

「待ちなさい、イグニス! ここであなたが手を出したら、相手の思う壺よ!」

 村長のキャルルが、机を叩いて制止する。

 彼女の美しい顔も苦渋に歪んでいた。

「相手はルナミス帝国の旗を掲げているのよ。もし帝国の認可を受けた商人を、この村の自警団長が殺傷したら……それは『ポポロ村による帝国への宣戦布告』とみなされるわ」

「だったらどうした! 帝国軍なんぞ、俺様のブレスで返り討ちにしてやる!」

「あんた一人が強くても意味ないんや!」

 ニャングルが頭を抱えながら叫ぶ。

 彼は黄金の算盤を弾き、冷や汗を流していた。

「見てみぃ、この試算表を。帝国と全面戦争になったら、物流が止まって村の経済は一週間で破綻する。それに、騒ぎを聞きつけた獣人王国とワイズ皇国も『治安維持』の名目で軍を派遣してくるやろ。……ここは三国大戦の火種になるんやで!?」

 ニャングルの言葉に、集まっていた村人たちが青ざめる。

 このポポロ村の平和は、三国のパワーバランスという薄氷の上に成り立っている。

 それを崩せば、待っているのは地獄だ。

「くそっ……! じゃあ、奴らの言いなりになって、大事な薬草を二束三文で売り渡せって言うのかよ!」

 イグニスが壁を殴りつける。

 ドゴォッ、と壁に亀裂が走り、パラパラと土埃が落ちた。

 その様子を、部屋の隅で静かに見ていた男がいた。

 坂上真一だ。

 彼は腕組みをして壁に寄りかかり、ただ静かに目を閉じている。

(……若さ故の直情、か。嫌いじゃないが、指揮官としては失格だな)

 かつて数多の艦隊を指揮し、数千の部下の命を預かっていた真一にとって、今の状況は見え透いた挑発だった。

 相手は明らかに、こちらの暴発を誘っている。

「――おい、イグニス」

 真一が低く、重い声をかけた。

 その声には、不思議と場を支配する響きがあった。

「な、なんだよ真さん。あんたまで俺様を止めるのか?」

「止めるさ。今のまま突っ込めば、お前はただの『暴れ竜』だ。……村を守る『英雄』になりたいんじゃなかったのか?」

 英雄。

 その言葉に、イグニスがビクリと反応する。

「相手は素人じゃない。傭兵たちの動きを見たか? あれは対魔獣戦に慣れた古参兵だ。お前がブレスを吐く前に、村人を盾にするぐらいのことは平気でやるぞ」

「そ、それは……」

「頭を冷やせ。……戦いってのはな、剣を抜く前にもう始まってるんだ」

 真一はポケットから、銀紙に包まれた板チョコを取り出し、放り投げた。

 スキル『酒保(PX)』で購入した、地球産の甘いミルクチョコレートだ。

「ほら、糖分だ。脳味噌に栄養を送ってやれ」

「……ちぇっ」

 イグニスは不貞腐れながらもチョコを受け取り、口に放り込む。

 甘さが広がり、彼の噴き出していた湯気が少しだけ収まった。

 †

 だが、バッカス商会の嫌がらせは、想像以上に早かった。

 夕暮れ時。

 村の東側にある『陽薬草』の畑から、悲鳴が上がったのだ。

「ひ、ひどい! やめてください!」

「うるせぇ! どうせ明日には俺たちのモンになるんだ! 今のうちに品質チェックしてやるよ!」

 真一たちが駆けつけると、そこには無惨な光景が広がっていた。

 ゴズハラの手下である傭兵たちが、収穫前の陽薬草を踏み荒らし、面白半分に引き抜いていたのだ。

 止める農夫を突き飛ばし、ゲラゲラと笑っている。

「テメェらぁぁぁ!!」

 イグニスが咆哮した。

 今度ばかりは、チョコの甘さも効かない。

 彼の全身から灼熱の炎が噴き出し、背中の翼がバサリと広げられる。

「俺様の村を! 蹂躙するなぁぁッ!!」

 イグニスが巨大な戦斧を振り上げ、傭兵たちへ突撃しようとした――その時だ。

「――動くな」

 背後から、氷のように冷徹な殺気が、イグニスの首筋を撫でた。

 物理的な拘束ではない。

 だが、イグニスの本能が「動けば死ぬ」と警鐘を鳴らし、彼は石のように硬直した。

「し、真……さん……?」

 振り返ると、そこにはいつもの好々爺の姿はない。

 ただ、無表情で、底知れない瞳をした真一が立っていた。

 彼の手はイグニスの肩に置かれているだけだが、それは万力のように重く感じられた。

「……あいつらの狙いは『挑発』だと言ったはずだ。今、お前が手を出せば、あそこで泣いている農夫のじいさんも、商会の『正当防衛』の巻き添えになる」

 真一の声は小さく、傭兵たちには聞こえない。

 だが、そのドスの利いた響きに、イグニスは冷や汗を流した。

「じゃ、じゃあどうすんだよ! 見てるだけかよ!」

「誰が見てるだけと言った?」

 真一はフッと表情を緩め、いつもの「人の良さそうなオジサン」の仮面を被り直した。

 そして、懐から数本の瓶を取り出し、傭兵たちの元へ歩み寄る。

「おーい、兵隊さんたち。精が出ますなぁ」

 能天気な声に、傭兵たちが剣を向ける。

「あぁ? なんだジジイ、死にてぇのか?」

「いやいや、滅相もない。……これ、村長には内緒なんだがね。村一番の『極上酒』を持ってきたんでさぁ」

 真一が掲げたのは、琥珀色に輝く液体が入ったガラス瓶。

 『酒保』で取り寄せた、地球産の高級ウイスキーだ。

 この世界にはない洗練されたボトルの輝きに、傭兵たちの目が釘付けになる。

「へえ、いい色してやがる」

「でしょ? 仕事の邪魔をしちまった詫び印に、こいつを差し入れようと思いましてね。……夜の酒盛りにでも、どうです?」

「ケッ、話の分かるジジイじゃねぇか。寄越しな!」

 傭兵の一人が瓶をひったくる。

 真一は卑屈に頭を下げながら、その鋭い眼光で、傭兵たちの装備、人数、そしてキャンプの配置を瞬時にスキャンしていた。

(歩哨は四名。魔法使いは二人。……奥の天幕に、妙な魔力の反応があるな)

「へへへ、実はもっといい酒もありやすんで。夜になったら、またお持ちしますよ」

「おう、持ってこい! 女も連れてくるんだぞ!」

 下品な笑い声を背に、真一はゆっくりと引き返した。

 戻ってきた真一を、イグニスが涙目で睨む。

「……真さん。あんた、あいつらに媚びるのかよ」

「馬鹿野郎」

 真一は小声で吐き捨てた。

 その顔には、先ほどまでの卑屈さは微塵もない。

 あるのは、獲物を前にした狩人の獰猛な笑みだけだ。

「餌を撒いたんだよ。……特大の毒入り餌をな」

 真一は、泥で汚れた自分の靴を見下ろし、小さく呟いた。

「今夜だ。……掃除の時間といこうか」

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