EP 6
決戦前夜 ~酒保の準備と、乙女の決意~
深夜。ポポロ村の喧騒は静まり返り、虫の音だけが響いている。
だが、俺の作業小屋だけは、煌々と魔石灯の明かりが灯っていた。
「……相手は獣人族の将軍。しかも虎耳族のトップクラスか。まともに力比べをしてやる義理はねぇな」
俺は作業台の上に、愛用の銃口剣『不知火』を分解して並べていた。
シリンダーの手入れをしながら、空中に展開したスキル『酒保(PX)』のウィンドウをスクロールさせる。
先ほど購入した『赤マムシ皇帝液』に加え、俺はさらに物騒なカテゴリを開いていた。
階級が上がったことで解放された『特殊装備』の欄だ。
「虎狩りには、それなりの『罠』が必要だ」
俺が指先でタップすると、光の粒子が収束し、いくつかのアイテムが実体化した。
一つ目は、地球の特殊部隊が使用する**『音響閃光弾』。強烈な光と爆音で、対象の視覚と聴覚を一時的に麻痺させる非致死性兵器だ。
二つ目は、熊よけ用の『超強力ペッパースプレー(対猛獣用カプサイシン特濃配合)』**。
「獣人は人間より嗅覚と聴覚が数倍鋭い。……つまり、こういう『嫌がらせ』には滅法弱いはずだ」
俺は悪党のような笑みを浮かべ、それらのアイテムを懐に忍ばせた。
騎士道精神? 武士の情け?
そんなものは、俺の最高傑作の平皿を踏み砕いたあの虎には不要だ。徹底的にプライドをへし折り、二度とこの村に近づけないトラウマを植え付けてやる。
その時。
トントン、と控えめなノックの音がした。
「……真さん。起きてますか?」
扉の隙間から顔を覗かせたのは、キャルルだった。
いつもの村娘服ではなく、ゆったりとした白いネグリジェ姿だ。風呂上がりなのか、白銀の髪から微かに石鹸の甘い香りが漂ってくる。
彼女の胸元には、俺が渡した『月白粘土の茶碗』が、まるで宝物のように抱き抱えられていた。
「どうした。明日は早いんだ、もう寝ないと肌に悪いぞ」
「ごめんなさい。……どうしても、真さんの顔が見たくて」
キャルルは小走りで近づいてくると、作業台の丸椅子にちょこんと腰掛けた。
そして、分解された『不知火』と、真剣な顔つきの俺を見て、ふっと目を伏せた。
「……本当に、ごめんなさい」
「ん?」
「私が、ワイルダーの申し出を断るために、真さんを『婚約者』だなんて嘘をついたから……。関係ない真さんを、あんな化け物との決闘に巻き込んじゃった」
キャルルはギュッと茶碗を抱きしめ、ポツリポツリと語り始めた。
「ワイルダーは……怖い人です。自分が一番強くて、強い自分が全てを支配して当然だと思ってる。昔から、私を『優秀な跡継ぎを産む道具』としか見ていなかった……」
彼女の体が小刻みに震えている。
王宮でのトラウマが、あの虎の姿を見たことでフラッシュバックしているのだろう。
「私、怖くて……。でも、真さんが作ってくれたこの器を見たら、不思議と勇気が出て……それで、つい口走っちゃったの。私の好きな人は、この人なんだって……」
キャルルは顔を真っ赤にして、上目遣いで俺を見た。
「あの、迷惑……でしたよね。いい年したおじさんを捕まえて、勝手に妻面して……」
「……馬鹿野郎」
俺は作業の手を止め、大きなため息をついた。
そして、ポンと彼女の頭に手を乗せ、ウサギの耳を軽く撫でてやった。
「ひゃうっ」
「お前は村長だろ。村を守るためにハッタリをかましたんだ。立派な戦術だ」
「で、でも……!」
「それに、俺が怒ってるのはお前が嘘をついたからじゃない。……昼間も言っただろう」
俺は作業台の端に集めておいた、粉々に砕けた皿の欠片を指差した。
「あいつは、俺の作品を壊した。俺の平穏な隠居ライフに泥を塗った。……だから、落とし前をつけさせる。それだけのことだ」
俺の言葉に、キャルルは目を丸くした。
そして、ふわりと、花が咲くような笑顔を浮かべた。
「……ふふっ。真さんって、本当に不器用ですね」
「あ?」
「陶芸を言い訳にしてるけど、本当は私のために戦ってくれるんでしょう? ……そういう優しくて不器用なところ、私、大好きです」
キャルルは弾かれたように立ち上がると、俺の頬に『チュッ』と柔らかい唇を押し当てた。
「なっ……!?」
俺が硬直している間に、キャルルは顔をゆでダコのように真っ赤にして、バタバタと小屋の出口へと向かった。
「あ、あのね、真さん!」
扉の取っ手を握りしめ、彼女は振り返る。
月光に照らされたその表情は、乙女の恥じらいと、強固な決意に満ちていた。
「明日の決闘……もし、真さんが勝ってくれたら……」
「勝ったら?」
「私、この茶碗に誓った約束……『本当』にしますからねっ!」
バタンッ!!
凄まじい勢いで扉が閉まり、外からパタパタと走り去る足音が聞こえた。
「…………約束?」
俺はポツンと取り残され、頬の感触に手を当てたまま首を傾げた。
(茶碗の約束……? ああ、割れたらまた焼いてやるって話か。随分とあの茶碗が気に入ったんだな。よしよし、可愛い奴め)
元・帝国軍筆頭公爵。
戦術と政治においては右に出る者のない天才だが、色恋沙汰においては致命的なまでにポンコツであった。
俺は「よし、明日勝ったら新しい皿も焼いてやるか」と見当違いの決意を固め、再び『不知火』のメンテナンスに戻った。
†
そして、翌日。
太陽が真上に昇る、正午。
ポポロ村の中央広場は、異様な熱気と緊張感に包まれていた。
広場を囲むように、黒虎騎士団の獣人たちがズラリと並び、武器を掲げて威嚇の声を上げている。
その反対側には、固唾を呑んで見守るキャルル、イグニス、ニャングル、そして村人たち。
広場の中央。
黒の重装甲を身に纏ったワイルダー将軍が、腕を組んで傲然と立っていた。
「チッ……遅いな。逃げたか、あの枯れジジイ」
ワイルダーが苛立たしげに虎の尾を揺らした、その時。
「誰が逃げたって? ……野良猫が、デカい口を叩くな」
群衆が割れ、一人の男が歩み出た。
着流しのようなラフな服装。だが、その肩には、かつて帝国軍の将官が身につけていた軍服のコートが羽織られている。
右手には、黒光りする銃口剣『不知火』。
坂上真一の登場に、黒虎騎士団から嘲笑が漏れる。
「ゲハハハ! なんだあのジジイ、あんなナマクラ一本で将軍に勝つ気かよ!」
「風が吹いたら倒れそうじゃねぇか!」
だが、ワイルダーだけは笑っていなかった。
彼は獣人の鋭い直感で、歩み寄ってくる真一から、微かな「死の匂い」を感じ取っていたのだ。
「来たか、人間。……その手にあるガラクタごと、俺の爪で引き裂いてやる」
「やれるもんならやってみろ。……その前に、お前のその毛皮、村の玄関マットにしてやるよ」
真一はコートをバサリと脱ぎ捨てた。
破れたシャツの背中から、『阿吽の仁王』の刺青が太陽の光を受けてギラリと輝く。
今、獣人族最強の猛虎と、帝国最強の隠居ジジイの、常識外れの決闘が幕を開けようとしていた。




