EP 5
決闘の申し込み ~おじさん、巻き込まれる~
「……本気か、真さん。あいつは化け物だぞ」
ワイルダー率いる黒虎騎士団が村外れに去った後。
集会所の奥にある作戦会議室(兼、俺の陶芸品置き場)には、重苦しい空気が漂っていた。
瓦礫から這い出したイグニスが、治療魔法薬を飲みながら呻く。
彼の頑丈な竜鱗が、ワイルダーのたった一撃の裏拳でひび割れていた。
「俺様も一瞬で吹っ飛ばされた。あいつの『闘気』の量は桁外れだ。それに、虎耳族特有の瞬発力……まともにやり合ったら、アンタでも危ねぇ」
「せやで真さん。ワイルダーは獣人王国でも五指に入る武闘派や。『黒き雷獣』なんて二つ名まであるくらいで……」
ニャングルも青ざた顔で黄金の算盤を弾いている。弾くたびに「死亡保険金」の計算をしているようで縁起が悪い。
そんな中、当事者であるキャルルは、部屋の隅で小さくなっていた。
彼女は俺が渡した『月白粘土の茶碗』を、まるでお守りのように両手で握りしめている。
「……ごめんなさい。私のせいで、真さんまで巻き込んで」
キャルルが消え入りそうな声で謝罪する。
その耳はペタリと垂れ下がり、目元は赤く腫れていた。
「私、どうしてもあの男の言いなりになるのが嫌で……つい、カッとなって、嘘を……」
「嘘?」
「えっ? あ、ううん! 嘘じゃないの! 真さんが私の『大切な人』っていうのは本当で、その、えっと……!」
キャルルは顔を真っ赤にして、言葉に詰まった。
どうやら彼女の中では、「嘘(方便)」と「本心(願望)」がごちゃ混ぜになっているらしい。
(……やれやれ。こりゃあ、あとで誤解を解くのが大変そうだ)
俺は内心で溜息をつき、ポケットからいつものコーヒーキャンディを取り出した。
ガリリ、と噛み砕く音が、静まり返った部屋に響く。
「まあ、いいさ。……どのみち、あいつとは一度やり合う必要があった」
俺は、テーブルの上に置いた布包みを解いた。
現れたのは、愛用の銃口剣『不知火』だ。
黒鉄の塊が、部屋の明かりを鈍く反射する。
「え? どのみちって……どういうこと?」
「あいつは、俺の『最高傑作』を土足で踏み躙った」
俺の目つきが変わった。
穏やかな隠居ジジイの仮面が剥がれ、その下の、冷徹な元軍人の顔が覗く。
「陶芸ってのはな、土と炎との対話だ。何日もかけて土を練り、形を整え、窯の温度を見張る。……それを、あんな下品な虎の足で粉々にされたんだぞ?」
ギリィッ、と奥歯が鳴る。
「……あの落とし前は、きっちりつけてもらう。キャルルの件は、そのついでだ」
俺の言葉に、イグニスとニャングルが「(この人、村長の貞操より陶芸の方が大事なんかい……)」という顔をしたが、無視だ。
俺にとって、平穏な隠居生活を脅かす奴は全て敵だ。それが帝国の商人だろうが、獣人の将軍だろうが関係ない。
「キャルル」
「は、はいっ!」
「お前は村長として、村人を安心させてやれ。明日の昼には、あの虎の毛皮を村の広場に干してやるからな」
俺がニヤリと笑って見せると、キャルルは一瞬呆気にとられた後、涙を拭って大きく頷いた。
「うん! ……信じてるよ、真さん!」
その瞳には、再び強い光が戻っていた。
そして、どこか熱っぽい視線が俺に向けられる。
「(……やっぱり、真さんは私のヒーローだわ。陶芸のことなんて照れ隠しで、本当は私のために怒ってくれてるんだ……!)」
……どうやら、誤解は解けるどころか、さらに深まったようである。
†
その夜。
俺は一人、小屋で明日の準備を進めていた。
「相手はスピードとかパワーが売りの脳筋タイプか。……まともに付き合う義理はねぇな」
俺はスキル『酒保(PX)』のウィンドウを開いた。
並んでいるのは、地球産の食料品や日用品。だが、今の俺のレベル(階級)なら、もう少し物騒なものも仕入れられる。
俺がタップしたのは、『医薬品・サプリメント』のカテゴリだ。
「……よし、これだな」
光の粒子が集まり、俺の手のひらに一本の小さな瓶が現れた。
ラベルには『超強力栄養ドリンク・赤マムシ皇帝液(カフェイン三倍配合)』と書かれている。
「寄る年波には勝てんからな。……ドーピングも戦術のうちだ」
俺はそれを懐にしまうと、次に銃口剣『不知火』のメンテナンスを始めた。
リボルバーのシリンダーを開き、魔力カートリッジの状態を確認する。
「六発、装填完了。……さて、明日の虎狩りは、どの弾で仕留めてやろうか」
俺は静かに笑った。
背中の『仁王』が、明日の戦いを予感して、服の下で熱く疼いていた。
外では、満月が静かにポポロ村を照らしている。
嵐の前の、最後の静寂だった。




