EP 2
勘違いの「夫婦茶碗」 ~おじさん、無自覚にフラグを立てる~
ポポロ村の東、小高い丘の上に、俺が建てた小さな作業小屋がある。
表向きは「隠居の陶芸小屋」だが、その実態は、現代日本の知識と異世界の魔法技術を融合させた、俺の秘密基地だ。
今日は朝から、小屋の中に土を練る音が響いていた。
「……ふむ。いい粘りだ」
俺は、昨日森で採ってきた『月白粘土』を菊練りしながら、満足げに頷いた。
この粘土、魔力を通すとほんのりと発光する性質があるらしい。
手触りは絹のように滑らかで、それでいてコシがある。焼き上がりが楽しみだ。
「まずは、俺の分からだな」
ろくろ(足踏み式だが、内部に風魔法石を組み込んで自動回転するように改造済み)の前に座り、土の塊を据える。
スゥッ、と息を吸い、精神を統一する。
かつてイージス艦の艦長席で指揮を執っていた時と同じ集中力だ。
狙うのは、晩酌用の『ぐい呑み』。
俺の大きく分厚い手にしっくりと馴染む、少し無骨で、口当たりが良い形。
指先に神経を集中させ、回転する土に命を吹き込んでいく。
「……よし」
数分後。
納得のいく形が出来上がった。
次は、約束していたキャルルの分だ。
(あいつは小柄だからな。少し小さめで、手に収まりやすい形がいいか)
俺は新しい粘土をろくろに乗せた。
作るのは、ご飯茶碗だ。
キャルルはよく食べる。見ていて気持ちがいいくらいだ。だから、深めの形状にして、太陽米がたっぷり入るようにしよう。
(……そうだ。ついでに遊び心を入れるか)
俺はヘラを取り出し、成形した茶碗の側面に、小さな模様を彫り込んだ。
彼女が愛してやまない「人参」と、デフォルメした「兎」の意匠だ。
我ながら、なかなか可愛らしくできた。
「これで、『対』になるな」
俺の無骨なぐい呑みと、キャルルの可愛らしい茶碗。
大きさも用途も違うが、同じ『月白粘土』から生まれた兄弟のようなものだ。
並べてみると、親子のようでもあり、あるいは夫婦のようでもあり、妙な愛嬌がある。
「焼き上がりが楽しみだ」
俺は火魔法で温度調整が完璧な窯に火を入れ、じっくりと焼き上げた。
†
数日後。
窯出しの日。
「お邪魔しまーす! 真さん、できたー?」
小屋の扉が勢いよく開き、キャルルが飛び込んできた。
今日の彼女は、いつもの村娘服ではなく、少しお洒落な白いワンピースを着ている。
長い兎耳には、リボンの代わりに野花が飾られていた。
「おう、来たな。……自信作だぞ」
俺は作業台の上に、完成した二つの器を並べた。
焼き上がった『月白粘土』は、その名の通り、満月のような淡い乳白色に輝いていた。
表面にはガラス質の釉薬が薄く掛かり、光を浴びて艶やかに煌めいている。
「わぁ……! すごーい! 宝石みたい!」
キャルルが目を輝かせて駆け寄る。
俺は、小さい方の茶碗を手に取り、彼女に差し出した。
「約束の品だ。労働の対価にしては安すぎるかもしれんが、受け取ってくれ」
「こ、これ、私に……?」
「ああ。お前の手によく馴染むように作った。……ほら、ここを見てみろ」
俺は茶碗を回し、側面に彫った模様を見せた。
月光のような白地の中で、可愛らしい兎が人参を抱えている。
「これ……私?」
「似てるだろ? 飯を食うたびに、楽しい気分になれるようにと思ってな」
キャルルは茶碗を両手で受け取ると、それを愛おしそうに胸に抱いた。
その顔が、見る見るうちに赤く染まっていく。
「ど、どうした? 気に入らなかったか?」
「ううん! 違うの! ……すごく、すごく嬉しい!」
キャルルは顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめた。
その視線が、俺の手元にある「もう一つの器(俺のぐい呑み)」に向けられる。
「あの……真さん。そっちのは?」
「ああ、こっちは俺用だ。同じ土で作ったからな、言わば『セット』だな」
俺は何気なく言った。
だが、その言葉が、キャルルの頭の中で大爆発を起こしているとは夢にも思わなかった。
――獣人族、特に月兎族の古い風習において。
『同じ土』から作られた『手作りの器』を、異性に『セット』で贈ること。
それは、「同じ釜の飯を一生共に食おう」という、最上級の求婚を意味するのだ。
しかも、相手の好みを把握した意匠(人参模様)まで彫り込まれている。これはもう、「君のことを一生大事にする」という誓約書に等しい。
(えっ、ええっ!? こ、これって……そういうこと!?)
キャルルの心臓が早鐘を打つ。
確かに真さんは優しい。強い。頼りになる。
おじさんだけど、渋くてカッコいい。
でも、まさか……こんなロマンチックな方法で申し込んでくるなんて!
「……真さん」
「ん?」
「私……大事にするね。割れたら、何度でも直して……一生、使うね」
キャルルは蚊の鳴くような声で言った。
耳が真っ赤になって、垂れ下がっている。恥ずかしさのあまり、モジモジと体を揺らしている。
「おう、大事にしてくれ。まあ、割れたらまた焼いてやるから気にするな」
俺は、彼女が単に「器を気に入ってくれた」のだと解釈し、ポンと頭を撫でた。
その大きな手の温もりに、キャルルは完全に落ちた。
「……はい、あなた!」
キャルルは、花が咲くような満面の笑みで答えた。
今、彼女の中で、俺の呼び名が「真さん」から「あなた(旦那様)」に昇格した瞬間だった。
(……ん? 今、『あなた』って言わなかったか?)
少し違和感を覚えたが、まあ気のせいだろう。
俺は満足げに自分のぐい呑みを持ち上げた。
「よし、今夜はこれで祝い酒だ。キャルル、お前も付き合うか?」
「うん! ……夫婦水入らずだね!」
「? ああ、まあ水入らずだな」
こうして、何一つ噛み合っていない会話のまま、俺たちは工房を出た。
小屋の外では、たまたま通りがかったニャングルが、その光景を目撃していた。
真っ赤な顔で茶碗を抱きしめるキャルルと、満足げな顔の真一。そして、二人が持つ「お揃い」の器。
「……アカン。あのおっさん、無自覚に『とんでもない契約』を結びよったで……!」
ニャングルは黄金の算盤を取り落とし、天を仰いだ。
これが、後にレオンハート獣人王国を巻き込む「大恋愛戦争」の火種になるとは、当の本人たち(特に俺)は露ほども知らなかったのである。
「さーて、今夜のツマミは何にするかな」
「私、人参シチュー作るね! 愛情たっぷりの!」
俺の平穏な隠居生活は、知らぬ間にピンク色に染まり始めていた。
……そして、その背後から、嫉妬に燃える「虎」の足音が近づいていることも知らずに。




