第二章 夫婦茶碗と一杯
至高の一杯を求めて ~土探しと森の散策~
ポポロ村の裏山。
そこには今、濛々(もうもう)と白い湯気が立ち昇っていた。
「……ふむ。いい湯加減だ」
俺、坂上真一は、スコップを片手に満足げに頷いた。
女神ルチアナから貰ったスキル『温泉掘削』のおかげで、掘り当てた源泉は最高の状態だ。
硫黄の香りが微かに漂う、白濁した弱アルカリ性の湯。美肌効果と疲労回復に効く、まさに隠居ジジイのための名湯である。
あとは、ここに岩を組んで露天風呂を作り、屋根をかければ完成だ。
だが、俺の頭の中には、風呂の設計図とは別の「重要な計画」が浮かんでいた。
(風呂上がりの一杯……。それを最高のものにするには、器が重要だ)
今まで使っていた失敗作のマグカップでは味気ない。
日本酒……いや、この世界でいう『芋酒』を熱燗にして、月を眺めながらチビリとやる。
そのためには、手によく馴染む、極上の『ぐい呑み(お猪口)』が必要だ。
「真さーん! また穴掘ってるのー?」
思考に耽っていると、村の方から元気な声がした。
月兎族の村長、キャルルだ。
今日も今日とて、動きやすそうな村娘の服に、特注の鉄靴を履いている。そのアンバランスさが、彼女のチャームポイントだ。
後ろには、巨大なつるはしを軽々と担いだイグニスもいる。
「おう、キャルルか。……ちょうどいいところに来た」
「なになに? また何か面白そうなことするの?」
キャルルの長い耳が、期待にピクピクと動く。
俺はニヤリと笑って告げた。
「土を探しに行くぞ」
「土?」
「ああ。この辺りの森には、幻の『月白粘土』ってのが埋まってるらしい。焼けば月のように白く輝く、最高級の陶芸用土だ」
俺の趣味である陶芸。
せっかくの異世界スローライフだ。道具にはこだわりたい。
「面白そう! 行く行く!」
「へいへい、俺様はまた荷物持ちかよ……。ま、今日の晩飯に『猪鍋』をつけてくれるなら付き合うぜ」
こうして、俺たち三人は「土探し」という名のピクニックへと出発した。
†
ポポロ村の周囲に広がる「迷わずの森」。
ここは三国から溢れた魔物や野生動物が住み着く、それなりに危険なエリアだ。
だが、俺たちにとっては庭みたいなものだ。
「ふんふーん♪」
キャルルが鼻歌を歌いながら、森の小道を進んでいく。
時折、道端に生えているキノコや野草を慣れた手つきで採取している。
「あ、真さん! これ『マヨ・ハーブ』の新芽だよ! 柔らかくて美味しいんだ~」
「ほう、今夜のサラダにするか」
俺とキャルルがそんなのどかな会話をしていると、茂みの奥からガサガサと重い音がした。
「グルルァァァ……!」
現れたのは、体長三メートルはある『レッド・グリズリー』。
全身が赤い毛に覆われた凶暴な熊だ。S級魔獣ほどではないが、普通の冒険者なら逃げ出す相手である。
「キャッ! クマさんだ!」
「ちっ、邪魔くせぇな」
イグニスが前に出た。
彼は武器を構えることもなく、ただ一歩踏み出し、熊に向かって「スゥッ」と息を吸い込んだ。
そして、ドスの利いた声で低く唸る。
「……あァ? 誰の生息域でデカい顔してんだ、テメェ」
ゴゴゴゴゴ……!
イグニスの背後から、幻影のような竜のオーラが立ち昇る。
元・竜人の里の神童にして、現在はポポロ村自警団長の威圧感。
その殺気に当てられたレッド・グリズリーは、「ヒィッ!」と(本当にそう聞こえるような声で)悲鳴を上げ、脱兎のごとく逃げ出した。
「……相変わらず、魔物よりお前の方がガラが悪いな」
「へへっ、褒め言葉として受け取っとくぜ!」
イグニスが得意げに鼻を鳴らす。
頼もしいボディガードだ。これなら俺は陶芸に集中できる。
†
森を歩くこと一時間。
清流が流れる岩場の陰に、俺は目当てのものを見つけた。
「……あったぞ。これだ」
俺が指差した先。
川岸の土手に、周囲の土とは明らかに違う、乳白色の粘土層が露出していた。
太陽の光を受けて、微かに真珠のような光沢を放っている。
「うわぁ、きれーい! これがお皿になるの?」
「ああ。不純物が少なくて、粘り気も強い。……いい器になりそうだ」
俺はスコップを取り出し、慎重に粘土を掘り始めた。
キャルルも「手伝う!」と言って、小さな手で土をかき集めてくれる。
「よいしょ、よいしょ……」
泥で汚れるのも構わず、一生懸命に粘土を運ぶキャルル。
その横顔を見ていると、ふと俺の中で創作意欲とは別の感情が湧いてきた。
(……いつも村のために頑張ってるしな、この娘は)
村長という重責を背負いながら、いつも笑顔を絶やさない彼女。
俺のような怪しい隠居ジジイを、何の疑いもなく受け入れてくれた恩人でもある。
「キャルル」
「ん? なに、真さん?」
泥がついた頬を拭いながら、キャルルが振り返る。
俺は掘り出したばかりの『月白粘土』の塊を手に取り、少し照れくさそうに言った。
「手伝ってくれた礼だ。……お前にも、何か作ってやるよ」
「えっ!? ほんと!?」
「ああ。茶碗か、皿か……何がいい?」
キャルルの目がパァッと輝く。
ウサギの耳がピンと立ち、嬉しそうに揺れた。
「えっとね、えっとね……! じゃあ、真さんが作るのと『お揃い』がいい!」
「お揃い? 俺は酒器(ぐい呑み)を作るつもりだが……まあ、茶碗ならセットで作れるか」
俺は深く考えずに頷いた。
ご飯茶碗なら、いくつあっても困らないだろう。
「わーい! やったぁ! 真さんの手作り……へへへ、楽しみだなぁ」
キャルルは大事そうに粘土を抱きしめ、頬を緩ませた。
その笑顔が、なぜかいつもより少し赤らんで見えたのは、夕日のせいだろうか。
……この時の俺は、まだ知らなかったのだ。
この世界において、異性に手作りの食器を「セット(対)」で贈ることが、どれほど重い意味を持つのかを。
そして、その勘違いが、東の国からとんでもない「厄介事」を呼び寄せることになるなんて。
「よし、大漁だ。帰ってろくろを回すぞ!」
「おー!」
「腹減ったー!」
俺たちは大量の粘土を背負い、夕暮れの森を後にした。
嵐の前の静けさを楽しむように。だ




