ドキっ! スパイだらけの舞踏会 ~秘密暴露(ポロリ)もあるよ~
タイトルのノリは、昭和末期? 平成初期? の深夜バラエティ番組です。
深い意味はありません……。
フリーデリーケは、凄腕の女スパイである。
「ねえ、ワインが減ってるって! 誰か補充してきて」
「あちらでご婦人が気分が悪そうにされているわ、見てきなさい」
「落とし物が届いてない? サファイアのブローチらしいんだけど」
「……はい、ただいまぁ!」
王宮主催の舞踏会。
会場であるホールには、招待客の着飾った貴族たちがひしめき合い、あちらこちらで大小様々な問題が起こっている。
王宮メイドに扮したフリーデリーケは、やけくそ気味の笑顔でそう答え、会場中を駆け回っていた。
大陸の四分の一を占める大国、マーディアル。
この国では今、仁義なき王太子指名争いが勃発している。
大国の後継者争いには、マーディアル国民だけではなく、周囲の国々も大きな関心を寄せていた。
貴族、教会、商会。
どの派閥が勝利するのか次第で、自国も多大な影響を被る。彼らはどうにかして情報を集めようと、様々に策を講じていた。
その周辺国の一つに雇われたのが、フリーデリーケだ。情報収集を得意とする彼女は、早速身分を偽装し、王宮メイドとしてマーディアルに潜り込んだ。以降、昼はメイド、夜はスパイとして暗躍している。
今夜は社交の季節最大にして、最終盤イベント、王族主催の舞踏会。普段は領地に引きこる辺境の貴族ですら、王宮に集まるとあって、フリーデリーケは期待に胸踊らせていた。
この場に参集した貴族たちは、しばらくは、礼儀正しく食事やダンスを楽しんでいた。だが、一通り挨拶を終えた王や王后が早々に引っ込んで以降は、それぞれが担ぎ上げる王太子候補者を中心に、派閥ごとに固まっている。
中にはヒソヒソと額を寄せ合い密談している者や、連れ立ってバルコニーに向かう者もいたが、それ以上に多いのは、ライバル派閥にメンチを切ったり、露骨な嫌味をぶつける者たちだ。
(見事に派閥ごとに固まってくれてる……。ありがたいけど、こんなに分かりやすくギスギスしてて大丈夫なの? この国)
フリーデリーケは軽食の皿をテーブルにセットしながら、それぞれの輪の中心に立つ人物を観察していた。
候補者その一、大本命、第二王子・セヴァスティアン。二十歳。
貴族派の首魁、ボーシャン家出身の王后を母に持ち、自身も「国を支えるのは貴族である」と明言する、バリバリの貴族派だ。キレ者の、品行方正なイケメン王子として知られる。
候補者その二、対抗馬、第四王子・リュック。十四歳。
教会と綿密な繋がりを保つ、シュヴァリエ家の末娘を母に持ち、聖職者を中心に根強い支持を集めている。まだ幼いながらも慈悲深いと評判で、天使のような愛らしさが高い国民人気を誇る。
候補者その三、大穴、第一王子・アラン。二十三歳。
母は王宮メイド出身で何の後ろ盾もないが、商工会が支持を表明し、後継者争いの真っ只中に躍り出た。身体は大きいが、生来の気の弱さを危惧する者も多く、支持母体が商人であるため、この場には少数の取り巻きしかいない。
ちなみに、第三王子は趣味の遺跡発掘に没頭するため、早々に離脱を宣言していた。今夜の舞踏会も欠席である。
コソコソとした小競り合いが続く中、最初に仕掛けたのは、王太子位大本命の第二王子・セバスティアンだった。
「お久しぶりです、兄上。いつもこういった場は避けておられるのに、珍しいこともあるものですね。……そちらのお衣装、とてもお似合いですよ」
(――『今更どの面下げて来やがった、庶民の息子が。その服、支援者の貢ぎ物か?』)
「お前こそ……。連日、あちこちの貴族に呼ばれて出掛けているそうだな。公務に手一杯の私からすると、羨ましいほどだ」
(――『貴族に媚売りやがって。王族としてのプライドはないのか』? ……意外と言うのね)
内心で王族語を翻訳し、フリーデリーケは目を瞬かせる。しかしすぐに、第一王子の背後にピッタリとつく若い男の人影に気付き、すっと目を眇めた。
どこか見覚えのあるその立ち姿は、隣国出身のベテランスパイのもののはずだ。何度か仕事がかち合ったことがある老人で、変装の名人。
(……第一王子の台頭には、このスパイが絡んでいたのね。貴族、教会、どちらに力を付けられても厄介だと思ってる国内派閥、あるいは周辺国の差し金か)
カットしたパンにカルパッチョを載せた、いかにも美味しそうな酒のつまみを並べながら、フリーデリーケはさりげなく立ち位置を変える。
その時、後継者候補二番手の第四王子が、輪の中から進み出て来た。
彼は胸の前で両手を握り合わせ、睨み合う兄二人を上目に見上げる。
「……兄上がた、険悪になるのはやめてくださいよ。今日は皆と楽しく過ごす日でしょう?」
金髪碧眼の美少年はコテンと小首を傾げ、あざといその仕草に母性本能を鷲掴みにされたご婦人方が、握り拳をふるふるさせている。
緩んだ空気に肩を竦めた第二王子が、傍に立つ令嬢にちらりと視線を送ったのを、フリーデリーケは見逃さなかった。
(……うわ、エーファじゃん)
いかにも深窓の令嬢然として第二王子の脇に佇むのは、フリーデリーケの母国の敵対組織に属する女スパイだ。幾度も仕事先でぶつかり、彼女の無謀に巻き込まれて危機に晒されたことを、フリーデリーケは忘れていない。
苦々しさを噛み殺すフリーデリーケや、ハラハラ顔で見守る周囲の前で、王族の兄弟はバチバチと火花を散らし始める。
「良い子ぶるなよ。……お前、陰で酒や煙草を口にしてるそうだな? 成人の儀はまだ当分先だと思っていたが」
「――セバスティアン兄さん、何の根拠があってそんなことを?」
「俺には信頼できる仲間が居るんだ。有益な情報も、沢山もたらしてくれる」
(情報源はエーファだな。あの女の自慢げな顔、証拠もがっちり掴んでるっぽい。……当然、私も雇い主に報告済だけどね)
フリーデリーケが、小鼻を膨らませた同業者を冷めた思いで眺めていると、旗色の悪さを悟った第四王子・リュックが、矛先を長兄に向け直した。
「へえ、それはすごい。……有益な情報と言えば、僕も面白いものを一つ。アラン兄上、そちらの伯爵、人身売買に関与しているそうですよ? あまり近くにおられない方がいいのでは?」
――証拠もこんなにたくさんあるから、僕、心配で。
背後に控える近侍から書類の束を受け取って、第四王子はじっとアランを見つめる。ちなみにその近侍も、フリーデリーケがどこかの任務で見かけたことのある男スパイだ。
声だけは殊勝に取り繕っているが、嘲笑を隠さず告げた末弟に、第一王子のアランの頬が真っ赤に染まった。
「言い掛かりはやめろ、リュック! デマレは私の国家発展計画に、心から感激したとして協力を……おい、パスカル?」
突如糾弾された初老の男性――パスカル・デマレは、ブルブルと全身を震わせ始める。港湾事業の一角を担い、商人たちとの付き合いが深い彼の一族が、奴隷事業に手を染めていることなど、もちろんフリーデリーケも調査済みだ。禿げ上がったデマレの頭は、一瞬で汗びっしょりになっている。
にっこり笑うリュックの背後で、王国兵士たちが包囲網を敷いている。自らの近くに立った隊の長らしき男に、リュックが手に持つ書類一式を渡すと、デマレはがっくりと肩を落とした。
(包囲の準備が早すぎる。……あの第四王子、軍部も抱き込んでたわね。近侍役のスパイの工作かな?)
感心しているフリーデリーケの視線の先で、第一王子のアランが全身を戦慄かせている。
商売を賤業と蔑む貴族が多い中、伯爵というそれなりの地位にいるデマレからの支持は、アランにとって命綱だったはずだ。
それを簡単に失い動揺したのか、アラン王子は手負いの獣のような表情を浮かべる。彼はしばらく俯いていたが、やがておもむろに顔を上げた。
「……それなら俺だって! セバスティアン! 貴様、婚約者がいながら、こっそり女たちのいる夜の店に通ってるらしいな!?」
「男同士の付き合いだよ。彼女も、分かってくれている」
「へえ、鞭だのロウソクだの手錠だの、怪しげな玩具で辱められて悦んでいる王子を許してくれるのか。器のデカい婚約者で羨ましいな!
……その他にも、フリーの令嬢や王宮メイド、あちこちで食い放題なんだってなあ?」
一気に下品になった話題に、周囲がギョッとして一斉に身を引く。
セバスティアンも目を剥いて、額に青筋を立てる兄を見つめた。彼に食われたことがあるのだろう、周囲の令嬢やメイドたちも血相を変えている。その中にも幾人か、フリーデリーケの見覚えのあるスパイがいた。
そして、修羅場を繰り広げる王子たちを、射殺しそうな目で睨んでいるのが、第二王子の婚約者だ。第一王子は、自身がそのヴェロニク嬢――王后を擁するボーシャン家に並ぶ貴族派の重鎮、モンモランシー家のご令嬢――も敵に回したことには、まったく気付いていない。
勢いづいたアラン第一王子の糾弾の矢は、末弟にも向く。
「お前もだ! リュック! あろうことか、女装して、酒場でこっそり接客ごっこをしてるんだってな?」
「あ、兄上! よくもそんな言い掛かりを……」
絶世の美少年は、男の娘だったようだ。
天使のような顔を青ざめさせた第四王子に、アラン第一王子は勝ち誇ったように告げる。
「言い掛かりだぁ!? 証言者は保護している! そういう性癖の人間を否定するつもりはないが、未成年が酒場など、言語道断だ!」
「ほ、報酬は得ていない! これも一種の社会勉強で……」
「現物支給品が、さきほどセバスティアンが言っていた酒と煙草だろうが!」
ぐぬぬ、とリュックが黙り込んだ隙に、なんとか立ち直った第二王子が、反撃ののろしを上げた。
「言わせておけば……! 公務で行き詰まる度に、母君の部屋に逃げ込むマザコンが!」
理性をかなぐり捨てて叫ぶ弟に、アラン第一王子はてきめんに狼狽えた。
「な、な……っ。責任の重い公務に悩み、母の助言を乞うことの、何が悪い!?」
「『助けて、ママー!』 情けない叫び声を聞いていた者がいるんだよ! ……しかも何が責任の重い公務だ。お前がやってるのはせいぜい、公園の清掃活動のボランティア引率だろうがーっ!!」
(マザコンは……知らなかったわ……。やるわね、エーファ)
第二王子のスパイが掴んでいたとっておきの情報に、フリーデリーケは内心唸る。王族の居住エリアにまで忍び込むとは、彼女も随分身体を張ったものだ。
どこかピントのずれた感想を抱くフリーデリーケの視界の外で、三人の王子たちは、ついに取っ組み合いの喧嘩を始めた。広間にご婦人方の甲高い悲鳴が響き渡る。
「ええい、離せ! このドMが!」
「うるさいマザコン! お前もだ、未成年飲酒野郎!」
「野郎って言うな!」
ぎゃあぎゃあと罵り合う三兄弟に、彼らを担ぎ上げた各派閥の貴族たちはドン引きの様相である。無理もない、とフリーデリーケも思う。
(なんかこう……。こんな性癖じゃなくて、もっと深い陰謀とか、緻密な犯罪とかを……暴露しあってほしかったよね……)
せっかくスパイが何人も潜り込んでるのに、と、ひっそり嘆くフリーデリーケであった。
胸倉を掴まれ殴られて、勢いよく尻もちをついた第二王子の頭から、焦げ茶の何かが飛ぶ。カツラだ。
第二王子を殴って体勢を崩したところを突き飛ばされ、よろめいた第一王子の足元からポロリと何かが落ちる。靴の上げ底。
裾を踏んでつんのめった第一王子がなぎ倒したテーブルから、ワインが飛び、それを頭から浴びた第四王子の顔から何かが剥がれる。つけまつ毛か。
止めれば良いのか、笑えば良いのか。
広間に集まった貴族たちや使用人たちは、遠い目をしてその騒動を傍観している。しかし不意に広間に響いた怒声に、彼らは一斉に息を詰めて跪いた。
「――いい加減にせんか!」
挨拶を終えて引っ込んだはずの、王である。
威厳溢れる口ひげを震わせた王は、ポカンと自分を見上げる息子たちを睨み付け、静まり返った広間で声を張り上げた。周囲に倣って頭を下げたフリーデリーケは、続く王の言葉に息を飲む。
「まったく、こんな衆人環視の中でなんという恥晒しな……! しかもお前たち、王宮にスパイを送り込んだな!? 王宮での諜報活動は厳禁! スパイ行為を行った者、手引きした者、両方に罰を与えると王宮法が定めているだろう!」
(まずい!)
咄嗟に緊張する身体を騙し、なんとか表向き平然を保つフリーデリーケ。
一方、父親に糾弾された息子たちは、目に見えて狼狽え出した。
「ち、父上! 私は……」
「うるさいぞセバスティアン!」
真っ赤な顔で叫び、王は手元の書類に目を通す。
「正体は上がっているのだ。第一王子の側近、本名サイモン! 第二王子の友人令嬢、名はエーファ! 第四王子の近侍、……」
王に名を呼ばれた者たちが、抵抗する間もなく身柄を拘束されていく。王宮メイド、貴族の子弟、彼らの従僕と、上げられた名はすぐに三十を越えた。
さすが大国の王。情けない息子たちなどより、頭も能力も遥かに上だった。
覚悟を決めたフリーデリーケだったが、
「以上である! 王子たちも連れて行け!」
(……あれ?)
彼女の名を呼ぶことなく王の告発は終わり、フリーデリーケは拍子抜けして瞬きをした。
(助かっ……た?)
腹心の部下や親友と信じてきた令嬢など、思いもよらない人物がスパイとして摘発され、貴族たちはおのおの青ざめた顔で立ち竦んでいる。特に派閥争いの中心人物たちは、御輿も側近も失い、茫然自失状態だ。少なくとも今後、権威の失墜は免れないだろう。
幾人ものメイドや警備兵といったスタッフを連行された王宮使用人側も同様で、疑心暗鬼の様相で互いの顔色をうかがう者が多い。フリーデリーケもそんな一員の振りをしながら、腹を決めた。
(エーファが私に気付いていたら、きっと情報もすぐに漏れる。……とっととずらかろう)
気配を消し、フリーデリーケは一歩二歩と後ずさり始めた。
「――というわけで、三人の候補者たちは、いずれもスキャンダルで失墜。王太子は、変人の第三王子が襲名することで収まりそうです。内定の儀の準備が始まったことを確認して、戻ってきました」
「ご苦労」
表向きは大手テイラーの支店長、実態は「スパイ部」の長を務める上司に端的に報告を上げ、フリーデリーケは頭を下げた。ちなみに彼女もスパイ業務がない平時には、この支店で雇われお針子をしている。
追加の指示もなさそうなので、早々に踵を返したフリーデリーケは、ふとした好奇心から足を止めた。
「……部長。私の雇い主は、どっちだったんですか?」
遺跡発掘に血道を上げ、後継者争いにまったく興味のない素振りでいたが、最終的には名誉の地位をかっさらって行った第三王子か。
日に日に勢力を増していく貴族派、教会派、商人派の三派閥を封じ込め、王族による統治と規律の回復を望んでいた王か。
あるいは、利益の合致した二人が、手を組んだか。
小首を傾げるフリーデリーケに、好々爺然とした笑顔を浮かべた上司は、ヒヤリとするような声で告げる。
「――好奇心はやけどのもとだよ、イーディケ」
「……そうですね」
彼女を愛称で呼んだ上司に、「失礼しました」と軽く頭を下げ、服に隠れた部分の身体に鳥肌を立てながら、フリーデリーケは今度こそ部屋を辞去した。
(各国のスパイが続々と摘発された。うちの組織はそんなおマヌケは居なかったけど……、私も気を引き締めなくちゃね)
今後、忙しくなるだろう日々を思いながら、フリーデリーケは改めて自身に気合を入れた。
拙作、『「愛の言葉」を禁じられた世界の片隅で、愛を叫ぶ』の地続きの世界のお話でした。
お気に召しましたら、こちらも是非。
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