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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

満たされた月夜

ボーイズラブandハッピーエンドです。最後まで読んで頂ければうれしいです。

 ある日、僕の旦那様が見知らぬ女性を連れて来た。

 とても妖艶で美しい人だった。

 旦那様は女性を連れて、屋敷内を案内して、執事長にも紹介していた。


 僕にはたった一言

「今日から彼女には、別邸に住んで頂くから、ライナスは彼方あちらへは行かない様に」

と言っただけだった。

 

 彼女は朝食だけこちらで食べるけれど、昼食と夕食は別邸で摂っている。

 彼女専用の侍女を、数名付けた様だった。


 旦那様は、彼女の夕食が終わった頃、毎日別邸に足を運ぶ。

 そして、夜遅く寝室に戻り、静かに夫婦のベッドに戻る。


 彼女は、屋敷の中を自由に歩き回る。

 流石に僕の部屋の中には入って来ないけど、旦那様の執務室に入る事さえ自由だった。



 彼女が何の為に来たのか、旦那様は教えてくれない。

 でも、教えてくれないと言う事はきっと、、、旦那様の大切な人なんだと思う。



 窓から庭を見ていると、旦那様が彼女と散歩をしている。楽しそうで、穏やかで、お似合いの二人だった。


 その内、彼女はいつでもどこでも、どこへでも旦那様と一緒に過ごす様になった。

 僕は彼女とは一緒にいられない。感情が乱れて、いつかみっともない自分を晒してしまいそうで怖いから。


 僕は部屋から出る事が出来なくなった。どこで彼女と会うかわからない。

 もし、旦那様と彼女が一緒にいたら、、、。万が一、旦那様と彼女が、、、、、、。考えるだけで、気分が悪くなる。

 


 政略結婚で愛が無いのはわかっている。それでも、彼女が来るまでは普通の夫婦だったと思う。

 旦那様はいつも優しかった。

 食事は毎日一緒に摂っていたし、記念日にはお互いにプレゼントを交換していた。

 僕は社交界が苦手だったけど、旦那様は必ず僕の側にいてくれた。


 そう言えば、最近はパーティーに出席していないな、、、。そんな事を考えていたある晩、旦那様とドレスアップした彼女が馬車に乗るのを見てしまった。

 差し色を揃えるとか、そんな事は無かったけど、二人の雰囲気が何とも美しかった。

 彼女は窓辺にいた僕に気が付いたみたいで、僕の事をじっと見ていた。


 

 そうか、、、パーティーには彼女が出席していたんだ、、、。そう思うと益々部屋から出られない。



「ライナス、、、」

旦那様の声がする。

「はい」

「ずっと体調が優れない様だけど、、、」

「申し訳ありません、、、」

僕は扉を開ける事も出来ない。旦那様の顔を見るのが怖い、、、。

「ちゃんと食事を摂っているのかい?」

「大丈夫です、、、」

「扉を、、、」

「身支度が整っていないので、、、」

「、、、そうか、、、」



 旦那様が小さくため息をく。

「また来るから、次は果物でも持ってよう、、、」

「ありがとうございます、、、」



 僕の部屋のカーテンはいつも閉ざされる様になった。



*****



「ライナス、果物を持って来たよ」

僕はため息をく。

 扉を開けたくないのに、開けないわけにはいかない。

 小さな音を立てて、扉を開ける。

 旦那様がホッとした顔をして立っていた。

 しかし、旦那様の後ろには彼女がいて、、、。僕は扉を開けなければ良かったと思った。

「中に入っても、良いかい?」

扉を開けてしまっては、断る事も出来ず

「どうぞ、、、」

と招き入れる。

「侍女は?」

と聞かれて

「おりません」

と答える。自らカーテンを開けに行き、外がこんなにも明るいのかと驚いた。

「どうして侍女を付けないんですか?」

「必要ありませんから、、、」

「しかし、、、」

「大丈夫なんです」

だって、僕はこの部屋から出ないし、、、必要ないんだ。

「今朝も食事を摂っていないと聞いたから」

彼女が果物の乗ったトレーをテーブルに置く。

「一緒に食べよう」

旦那様と彼女が椅子に座る。自然な動きで隣に座るのを見て、気分が悪くなりそうだった。


「彼女は今も、別邸にいらっしゃるんですか?」

「そうだね」

「旦那様、僕が別邸に移るので彼女にこちらに来て頂いた方がよろしいかと、、、」

「何故?」

「僕では、旦那様には相応しく無いと思います」

「そんな事は無いよ」

いずれ彼女が旦那様の子供を産むだろう。彼女が妊娠すれば、旦那様のより近くにいた方が良いし、それが、1番良いと思う。

 僕は別邸で一人になりたい。誰にも会いたく無い。

「ライナスは別邸に移りたいのかな?」

「そうですね、、、」

「何故?」

「旦那様には、彼女がいらっしゃるので、、、。彼女が近くにいた方が何かと、、、」

旦那様が考え込む。

「確かに、、、そうだね、、、」

僕は胃の辺りを押さえる。気分が悪い、胃がキリキリと痛むし、早く一人になりたかった。

「ライナスが別邸に移りたいなら、、、」

「是非お願いします」

自分から提案したクセに、涙が少し滲む。

 彼女が旦那様に何かを耳打ちする。

「ライナス、何処か調子が悪いのかい?」

「大丈夫です、、、旦那様もそろそろお仕事の時間では無いですか?」

「ああ、すまない。私も行かなくては」

と言うと彼女と一緒に部屋を出て行った。



*****



 それから10日程して、僕は別邸へ移った。

別邸の周りには色とりどりの花が植えてあった。以前には無かった光景だ。

 旦那様が彼女の為に植えたのかと思うと、綺麗な花さえ見たく無かった。


 流石に別邸に一人で住む訳にもいかず、数人の侍女が来ていた。僕の知っている侍女は一人もいない。



*****



 朝になると侍女がカーテンを開けに来る。

 外の景色を見たくない僕は、侍女が部屋から出ていくとすぐにカーテンを閉める。

 朝食の準備が出来ると、侍女が部屋へ運んで来る。ベッドサイドに朝食を置くと、もう一度静かにカーテンを開ける。

 窓辺に行かなければ、あの花は見えない。まぁ、良いかとカーテンを開けておく。



 旦那様に夕食を一緒にと誘われて、身支度をする。行きたく無い気持ちがため息をかせ、動きを鈍くする。


「遅くなりました」

と食堂に入ると、やはり旦那様と彼女が隣り合わせで座っていた。

「ライナス!」

旦那様の声の大きさにびっくりして、顔を上げる。

「良かった。来てくれた。調子が悪そうだから、心配していたんだ」

旦那様がニコニコしている。

 彼女が旦那様の横で、僕を観察する様に見ていた。

 椅子を引いて貰い、席に着く。食前酒が注がれる、僕は一口飲む。味はわからない。

 二人を目の前にして、気分が悪くなる。


 次々と運ばれる食事の量に驚く、彼女が来る前はこんなにたくさん食べていたのかと思うと胃がムカムカした。


「ライナス、食欲が無いのかい?」

旦那様に声を掛けられ、小さく笑う。

「申し訳ありません、、、」

「果物なら食べられるかな?」

と言われて、先日彼女が持って来た果物を思い出す。無理だ、、、。

「飲み物だけで、結構です、、、」

旦那様が心配そうな顔になる。

「やはり、無理をさせたかな?、、、」

僕は微笑んで誤魔化した。



*****



 旦那様が医者を連れて来た。

「これは随分、、、」 

「食事が取れない様で、、、」

「ライナス様、1日にどれ位お食事をされているのですか?」

僕は、答えたくなかった。量が少ないのは自分でもわかっていたから、、、。

 旦那様が侍女を呼び確認する。

「毎食、野菜ジュースを一杯か、スープを召し上がります」

「ライナス、、、」

だって、仕方ないじゃ無いか、、、。食べる事が出来ないんだ、、、。

 お医者様が僕の身体を丹念に調べる。ため息をいて

「内臓も弱っているようですし、野菜ジュースやスープしか受付無いと思います。出来れば、食事から栄養を取って、軽い散歩等出来る様になるとよろしいのですが、、、」

「どうして、、、」

旦那様が僕の腕を取る。

「こんなに細く、、、」

確かに最近服が緩いな、と思ったけど、、、。そんなに痩せた訳じゃ無い、、、。


 旦那様は侍女にスープを準備させる。


旦那様は医者と話しをする為に部屋を出た。




 ベッドの端に旦那様自ら腰を掛け、スープを掬う。

(何故?)

優しくするんだろう、、、。旦那様には彼女がいるのに、、、。

「ライナス、はい、、、」

僕は戸惑うばかりだった。

「ちゃんと食べないと」

僕は小さく口を開く。旦那様がスープをそっと飲ませてくれる。

「昼はポタージュを準備させよう。もう少し、お腹に貯まるものを食べた方が良い」

旦那様が言う。仕事が忙しいだろうに、僕なんかに構っている時間なんて無いと思う。



 昼過ぎに旦那様がいらした。今まで昼食は別々だったのに、、、。

「かぼちゃのポタージュを準備したよ」

侍女がカートで運んで来た。旦那様の昼食も一緒に準備されている。


 朝と同じ様に、旦那様がベッドに腰掛ける。そして僕にポタージュを食べさせてくれる。

 旦那様は優しいけれど、素直に喜べない自分が悲しい。



 僕はポタージュでお腹がいっぱいになってしまった。旦那様は、ゆっくり食事を摂る。所作が綺麗でつい見惚れてしまう。

 僕がもし、子供を産む事が出来たら、彼女をここに呼ぶ事は無かったのかな、、、。考えても仕方の無い事を考えながら窓の外を眺める。

 雲が薄く流れて行く。


「夕食は、本邸で一緒に食べられるかな?」

旦那様に聞かれて考える。彼女も一緒に、と言う事だろうか、、、。

「旦那様と二人でですか?」

「ライナスが良ければ、エイダ嬢も一緒に」

彼女の名前を今、初めて知った。

「エイダ嬢は、僕と一緒でも大丈夫なのですか?」

「むしろ、君と食事がしたいそうだよ」

何故、僕と食事がしたいんだろう、、、。

「あの、まだそんなに沢山は食べられないと思うので、、、今晩は、遠慮してもよろしいですか?」

旦那様はがっかりした顔になる。

「ライナスが無理なら仕方が無いね。また、機会があれば声を掛けるよ」

そう言って、旦那様は仕事に戻られた。


 旦那様が部屋を出られたので、再びカーテンを閉める。全て閉めてしまうと、真っ暗になるので、5センチ程開けて、明かりを取り込む。

 エイダ嬢が来てからどれ位が経ったのだろう。

 

 今も、本邸のお屋敷で自由に過ごされているのだろうか。僕が別邸に下がったから、彼女が本当の女主人になっているかも知れない。


それとも、彼女はもう妊娠しただろうか、、、。旦那様が優しいのは、彼女が妊娠したからかも知れない。

 妊娠初期は気分が優れなくなるとか、無理をしない様にするとか聞いた事がある。

 彼女も自室で伏せっているのかも、、、。



 僕は、婚約する前から旦那様を知っていた。旦那様は、僕の事を知らなかっただろうけど、令嬢、令息達の憧れだったから。

 だから、僕は旦那様と婚約が決まった時、とても嬉しかった。その反面、僕で良いのだろうかと不安にもなった。

 

 婚約期間中はただ、楽しかった。でも、結婚式が終わってから少しずつ不安になっていった。



 もし、旦那様が子供を欲しがったら、、、

 ある日突然、女性を連れて来て子作り宣言をされたら、、、



 その不安が今、現実になってしまった。



 エイダ嬢は、本当に綺麗な女性だった。

 彼女と旦那様の子供なら、すごく可愛い子供が産まれると思う。



*****



 扉を叩く音に気付き、時計を見ると夕食前だった。

 僕は、扉を少し開けて

「ごめんなさい。食欲が無いから下げて下さい」

と告げる。侍女は心配そうな顔をしたけど

「お昼にポタージュを食べたから」

と言うと納得した様だった。



 今頃、旦那様と彼女は夕食を食べているだろう。

二人で将来の話をしているかも知れない。僕には無い、未来だ、、、。



「女の子に産まれたかった、、、」



*****



「スウェイン様、いつになったらライナス様にお会い出来るのですか?」

夕食時、エイダ嬢は少し機嫌が悪かった。

「申し訳ないね。彼はまだ、体調が良く無いらしく、夕食の席を断って来たんだ」

「それを説得するのが、スウェン様の仕事です」

厚切りのレアステーキを一口で口に運ぶエイダ嬢を見て、こんなにも違う物かと感心する。

 

 ライナスはいつも控えめだった。静かで、人の話しをじっくりと聞く。途中で話しを遮る事もしない。何か意見があっても、強くは言わない。

 きっと、ずっとそうやって生きて来たのだろう。



「とにかく、ライナス様にお会いしなければ、この先に進めません」

「、、、時間をくれないか、、、。せめて、ライナスの体力がもう少し戻ってから、、、」

エイダ嬢はため息をく。

「仕方ないですね。私は出来る事を進めておきます」



*****



「ライナスが夕食を食べていない?」

スウェインは、眉を顰めた。昼食はポタージュを食べていた。夕食には、じゃがいものポタージュと薄切りにした小さなパンを2つ添える様に指示を出してあった。

「何故食べなかったのか、理由は?」

「お昼に召し上がった、カボチャのポタージュがまだ消化しきれなかった様です」

「そうか、、、」

この話しをエイダ嬢に聞かれたら面倒だな、、、。

スウェインは明日の朝、ライナスの元を訪れようと考えた。



*****



「昨日の夕食も、召し上がらなかったそうですね」

いつもは優しい旦那様が少し怖かった。

「はい、夕食の時間になっても空腹にならず、、、申し訳ありません」

「ライナス、、、元気になりたく無いの?」

、、、何故、元気にならないといけないのだろう、、、。

「今日の夜は、一緒に夕食を食べられると良いのですが、、、大丈夫ですか?」

ああ、そうか、、、エイダ嬢の為なんだ、、、。エイダ嬢は僕に会いたがっていた。

「はい。必ず伺います」

僕が返事をしたら、旦那様はホッとした様だった。



*****



 食事を前にしても、食欲が湧かない、、、。本当に僕の身体はどうしたんだろう。それでも、食べなければいけない、、、。

 エイダ嬢は、不躾なまでに僕を見る。

 まるで拷問の様だ、、、。


 綺麗な所作で食べる事だけを考えた。二人が何か話している様だけど、聞こえない。


 長い長い食事の時間を終え、漸く解放された。

 僕は別邸へ戻るなり、胃が物凄く痛くなり吐いた。自分でもびっくりしてしまう。

 食べ過ぎて、吐いてしまう事があるなんて、、、。


 ずっと胃が痛い。



*****



 夜中に微熱が出て来た、

 ふと、寝返りを打つと旦那様と後ろにエイダ嬢がいた。

 ギョッとしながらも、何も反応出来ない。

「食べ物を全部吐いたらしいね、、、」

旦那様の手が伸びて、僕の額を触る。

(、、、触らないで、、、)

涙があふれた。

 エイダ嬢に触れた手で、僕に触らないで、、、。

「私は君に何も出来ないの?」

淋しそうに言う。何故?旦那様にはエイダ嬢がいるのに、、、。


 それから、暫く旦那様は別邸に来なくなった。



*****



 僕は、この世の中から消えて無くなりたかった。



*****



 二週間程して、旦那様が別邸にいらした。

 小さなバスケットを抱えて、僕に見せた。

 真っ白い小さな小さな猫が寝ている。

「可愛い、、、」

僕がそっと触ると、毛がホワホワで温かい。


「食事の量が増えたと聞いたよ」

最近、僕はポタージュと薄切りパンを食べられる様になった。大した量では無いけれど、、、。

 それからベッドを窓際に移して、昼間は陽の光に当たる様にしている。

「ライナス、この仔猫の面倒は君が見て、、、」

「よろしいのですか?」

「大変だよ。君がしっかりしないと、この子はベッドから落ちてしまうからね。暫くは私も一緒に面倒を見るよ」

仔猫がバスケットの中で目を覚ました。

「三日間だけ、休みが取れたから君とずっと一緒にいられる」

「三日間、お休みですか?」

「二週間、仕事を集中して時間を作ったんだ」

旦那様が仔猫を撫でる。

「ありがとうございます、、、」

「布団、詰めて、、、」

「???」

「私もライナスの隣に行きたいから」

旦那様がベッドの上に乗る。

「名前を決めないと」

旦那様とこんな会話をするのは久しぶりだった。



 仔猫は少し遊ぶとまた昼寝を始めてしまった。小さなお腹が呼吸に合わせて動いている。肉球が薄いピンク色で綺麗だった。

 こんなに小さいのに生きている。すごく可愛くて、すごく愛おしく思う。


 旦那様は三日間ずっと一緒に居られると仰っていたけど、エイダ嬢は大丈夫なんだろうか、、、。

 気になる所だけど、旦那様に聞く訳にもいかなかった。



 お昼が少し回った頃、侍女が昼食を運んで来た。僕のほうれん草のポタージュには、少しだけ形が残ったほうれん草も入っていた。

 薄切りのパンも、今朝より少し厚めになっている。これ位の量なら食べられそうだった。


 小皿にスープと白い肉が入っていた。何だろうと小皿を手に取り眺める。ポタージュに入れるのかな?

「それは、この仔猫の分だよ。起きたら、食べさせよう」

 


 僕達はゆっくり食事を摂った。久しぶりに美味しいと感じながら食事をした。



 仔猫はご飯をペロリと平らげ、最後に

「にゃぁ」

と小さな声で鳴く。

 ベッドの上で遊び始める。その内大人しくなったなと思うと、布団をフミフミし始めた。前足を思いっきり広げたり、閉じたりするのが可愛くてずっと見ていられる。


 仔猫はまた昼寝を始める。僕も少し眠たくなり、仔猫の横で眠る。



*****



 旦那様が部屋を出て行く気配がした。やっぱりエイダ嬢の所に行くんだな、、、と思いながら、、、深く深く眠ってしまう。



 遠くで声が聞こえる。

「ふふふ、可愛いですね」

エイダ嬢の声だ、、、。きっと仔猫を見に来たんだ、、、。僕の仔猫を、、、。



*****



 夕方目が覚める。旦那様は本を読んでいた。仔猫はベッドから降ろしてもらったのか、部屋の中を自由に遊んでいる。

 扉を叩く音がして、侍女が仔猫のご飯をほんの少し持って来てくれた。

「いつもライナスがご飯をあげるんだよ」

そう言いながら旦那様から手渡された。

「ありがとうございます」


 この時間が何時迄も続けば良いのに、旦那様の連休が終わったら、きっとエイダ嬢の元に帰って行くんだ、、、そう考えると淋しかった。



 仔猫の名前はミルクにした。真っ白だから。

 まだ、名前を呼んでも知らんぷりだけど、いつか覚えてくれたらいいな。

 ミルクは1日の殆どを寝て過ごす。ただ、そこにいるだけなのに僕は安心していられる。

 ミルクだけを見て、余計な事を考えないでいられる時間は正直有り難かった。



*****



 翌日の朝食は、野菜をじっくり煮込んだスープ。トマトベースで、野菜は小さくしてあった。

野菜の量が多いので、パンは少なくしてある。僕は、ミルクを見ながらゆっくり食べた。



 最近は胃が痛くなる事が無くなった。イヤな事を考えると痛くなるので、考えない様にしている。いつもグジグジ考えて、体調も悪くなっていた。

 アレコレ考えるのを止めて、自分を大切にしようと思う。


 夕食は、昼食と同じスープだった。野菜が更に煮込まれて、少しだけ肉が入っている。

 ミルクのご飯にもほんの少し同じ肉が入っていた。



*****



「ライナス、もう少ししたらこの別邸から出て、本邸に戻らないか?」

戻る?戻る必要なんて無いのに、、、。胃が重たくなる。イヤな事は考えてはいけない。考えない、考えない。

「旦那様、僕はミルクと二人で此処に住むので大丈夫ですよ」

「二人で?」

「あ、えっと、一人と1匹ですね」

「私は含まれていないんだね、、、」

僕はなんて答えたら良いのかわからない。


 旦那様とエイダ嬢、赤ちゃんの笑い声が聞こえる場所には行きたく無い。

 エイダ嬢だって、僕がいるのは嫌だろう。

 それに、ミルクが僕以外に懐くのは嫌だ。


 旦那様を取られた上に、ミルクまで取られてしまったら、、、。

「旦那様、僕はミルクとずっと此処にいたいです」

「そう言う訳にはいかないよ。君は私の妻なんだから」

そう言って、旦那様は僕の頬に触れようとした。僕は、咄嗟に身体を引いて拒んでしまった。

「?ライナス?」

「ごめんなさい、、、」

(やっぱり、エイダ嬢に触れたと思うと無理だ、、、)



 僕の所為で夕食の時間は沈黙が重かった。早く仲直りしたいのに、どうしたら良いかわからなかった。

 自然に食事のペースが落ちる。


 夜、ベッドに入ってミルクを撫でていたら、扉を叩く音がした。返事をして扉を開くと旦那様だった。

「こんな時間にどうされたんですか?」

「今日は、最後の夜だから、、、」

明日からエイダ嬢の元に戻るんですね、、、。

 旦那様は、ミルクを抱き上げ、籠の中にそっと寝かせる。

 おもむろに布団を捲り、勝手に入る。

「旦那様?」

「夫婦なんだから、一緒の布団に寝ても良いだろう?」

「、、、」

僕は嫌だった。


「ライナス?」

「嫌です、、、」

「何故?」

何故?

「夫婦なのに、、、」

「エイダ様と寝れば良いじゃ無いですか、、、」

「エイダ嬢?」

「あぁ、お腹に赤ちゃんがいたら、そう言う事も出来ないんですか?僕にはよくわからないから、、、」

僕はいびつな笑顔を作る。

 旦那様がベッドから降りて来る。僕は身構えた。

「エイダ嬢がどうしたの?」

「僕には赤ちゃんが出来ないから、エイダ嬢が来たんですよね?」

「違うよ、ライナス、、、」

旦那様の手が伸びて来た。僕は旦那様を睨んで後ろに下がる。こんな気持ちになった事は初めてだった。

 旦那様が僕の手を掴む。

「ちょっと来て」


 旦那様は上着を着て、僕にも着せる。再び僕の腕を掴んで別邸を後にする。

 本邸の前まで来ると、僕は中に入りたく無くて身体に力が入る。旦那様はそんな事を無視して、一つの部屋を目指した。

 

 部屋の前でため息をき、扉を叩く。

 中から機嫌の悪そうなエイダ嬢の返事が聞こえた。

「私だ、、、」

カチャリと音がしてエイダ嬢が顔を見せる。僕が後ろに下がりそうになると、旦那様が手を引いた。 

「あら、バレちゃったの?」

「いや、これから、、、」

「どうぞ」

と言って、エイダ嬢が扉を開ける。

 部屋の中には沢山の絵があった。

 旦那様と僕の絵だった。

「すごい、、、」

「すごく無いわよ」


「エイダ嬢は画家なんだ、、、」

「人物が得意なの」

部屋を見回すと、何度も書き直した絵や、途中まで色を塗った旦那様と僕の絵があった。

「ライナスに喜んで貰いたかったから、秘密にしていたんだ」

「秘密?」

「結婚記念日にプレゼントしようと思って、、、」

旦那様が隠した顔が、少し赤かった。

「でも、失敗。バレちゃった!」

エイダ嬢が笑う。

「これで、やっと私もライナス様のお顔をちゃんと見られるわ」

「???」

「何度、お食事に誘っても断られちゃうんだもの。これからは毎日会えるでしょ?」

「あ!」


「スウェイン様のデッサンはたくさんあるの。でも、ライナス様には全然会えなかったから、これからたくさん描かせて欲しいわ。ステキな一枚を描きたいの」

「、、、よろしくお願いします、、、」

僕は、今まで一人で勘違いしていたかと思うとすごく恥ずかしかった。



*****



 旦那様と二人で、別邸までの道のりをゆっくりゆっくり散歩して帰る。

 月がまん丸で綺麗だった。

「別邸の周りの花、、、。季節が変わるから、新しく植え替えないといけないね。ライナスは何が植えたい?」

「、、、あの花はいつ植えたんですか?」

「ライナスが別邸に住みたいと言うから、庭師に急いで植えて貰ったんだよ。彼はとても喜んでいたから、次も頼んだら素敵な花を植えてくれるよ」

「あの、、、エイダ嬢とパーティに行かれましたよね」

「あぁ一度だけ、、、私の仕事が終わったら、誰かを紹介する約束だったからね。彼女は有名だけど、モデルは誰でも良い訳じゃ無いらしいんだ」

そうだったんだ。

「ちゃんと食事が摂れる様になったら、またパーティに連れて行ってくれますか?」

「もちろん!」

「その時は、僕とだけダンスを踊って下さいね」

僕なりの言葉だ。他の人を見ないで、、、って気持ち。

「私はいつも君だけだよ。結婚する前も、した後も」

「???旦那様は、結婚する前から僕の事、知っていたんですか?」

旦那様はふふふ、と笑いながら別邸の扉を開ける。

 僕の部屋からミルクの小さな鳴き声が聞こえる。

 突然1匹にされたから、不安に思っているのかも!旦那様が前を早足で歩く。

 扉を開けると、ミルクがびっくりして慌てて逃げた。

 良かった。元気だった。僕が安心してため息をくと、旦那様が僕の肩を抱いて、二人で笑った。


 もう、旦那様に触れられても嫌じゃ無い、、、。



*****



 ミルクにご飯をあげる。美味しそうに、一所懸命食べる。可愛い。



「ライナス、、、」

旦那様が僕のベッドの中から呼ぶ。僕はベッドに近づく。緊張して、どうしたら良いかわからない。

 エイダ嬢が来る前は、一緒の布団で寝ていたはずなのに、、、。

 僕がどうしたら良いか困っていると、旦那様が僕の手を引いてくれた。優しい手だった。


 膝を着いてベッドに上がる。なんと無く、旦那様の横で正座をしてしまった。

「入らないの?」

と聞かれて頭を振る。そっと横になると、旦那様が布団を掛けてくれる。


 ミルクは籠の中で寝ている。


 布団の中で、身体が固まる。緊張してるんだ。


 旦那様が、そっと腕を動かして腕枕をしてくれる。思った以上に近付いてしまった。そのまま僕を抱き締めてくれる。

 恥ずかしくて顔は見れない。

「嫌な思いをさせてしまった、、、」

「、、、」

「本当に、ただ驚く顔を見たかっただけなんだ、、、」

「全て、僕の勘違いですから、、、」

「、、、不安だったから、勘違いしたんだろう?」

(不安だったから、、、)

「そうですね。、、、旦那様がいつか子供が欲しいと言うんじゃ無いか、、、。誰かステキな女性に思いを寄せるんじゃないかと考えていました。だから、エイダ嬢が来た時、疑う事なく旦那様の新しいお相手だと思ったんです。エイダ嬢は綺麗ですから」

「エイダ嬢の描く人物はとても魅力的なんだ。最初は、私の執務室の机に飾る絵を描いて貰う予定だった。君一人の肖像画をね」

僕は想像して照れてしまった。

「エイダ嬢と話す内に、私と君の肖像画を描いたらどうだ、私の机にライナスの絵を飾るなら、ライナスにも私の絵を贈ってはどうだと話しが弾んでしまったんだ。そして、サプライズの話しになった。私の肖像画だけならいつでもデッサンが出来るけど、ライナスのデッサンは秘密だったから、エイダ嬢が出来るだけライナスに会って、部屋に戻ってからデッサンをしていたそうだよ。なかなか上手くいかなかった様だけど、、、」

「だから、エイダ嬢は僕に会いたがっていたんですね、、、。僕は、宣戦布告をされるのかと思ってビクビクしてました」

「、、、」

旦那様が僕の頭を撫でる。

「心配し過ぎて、体調を壊したのかな、、、?」

「そうですね、、、色々な心配事やイヤな事があって、、、食べ物が喉を通らなくなりました」

「私の所為だね、、、本当に申し訳無かった」

ギュッと抱き締めてくれる。

「夕食の後、エイダ嬢の部屋へ行っていたのも、デッサンの為ですか?」

「そうだね。執務室で仕事をしている顔も描かれたよ」

「、、、それ、欲しいです」

ふふ、、、旦那様が笑う。

「次はライナスの番だ。エイダ嬢につきまとわれて、何枚も何枚もデッサンを描かれるよ」

「エイダ嬢の絵、早く見たいです」

旦那様の唇が額にチュッとキスして来た。

「ライナス、、、」

「はい?」

目頭にキス。

「ライナス」

頬にキス。

「愛してる」

鼻にキス。

「僕も旦那様が好きです」

唇にキス。そして、旦那様の右手が背中を撫でる。ピクリと身体が反応して

「ふ、、、」

と、声が出た。

「旦那様、、、」

「この顔は流石に誰にも見せられないな、、、」

そう言って深い深いキスをした。



 窓の外には大きな月が見えた。僕は月に全てを見られてしまったみたいで、すごく恥ずかしくなった。



*****



 翌日、エイダ嬢は一緒に朝食を取るとご機嫌だった。旦那様をさっさと仕事に追い出し、エイダ嬢の部屋へ連れて行かれる。

 何枚もデッサンをしたいからと、座り心地の良いソファに座る。

 隣に座ったエイダ嬢が、僕の首筋を指差し

「スウェイン様は所有物に印を付けるのがお好きなんですね」

と笑った。

「所有物?」

ふふふ、と笑うと

「ステキな絵が描けそうです」

嬉しそうだった。



*****



 一枚は、僕一人の肖像画。小さくて、額に入れてある。旦那様の執務室に飾る物。


 一枚は、旦那様一人の肖像画。壁掛け出来る様に、ステキな額に入っている。仕事中の顔の様な、畏まったカッコいい旦那様。


 一枚は二人の肖像画。誰に見せても自慢出来る様なステキな夫婦が描かれている。


 もう一枚は、ちょっと面白い肖像画。僕と旦那様が笑っていて、真ん中に赤ちゃんの格好をしたミルクが描かれていた。


 どれも本当にステキで、旦那様がエイダ嬢を選んだ気持ちがわかった。



 僕は何度も何度も絵を見直した。どれが1番良いとかでは無くて、どれも1番良かった。



*****



「確かにお約束の金額でした」

エイダはスウェインに領収書を渡す。

「本当にありがとう。ライナスもあんなに喜んで嬉しいよ」

「スウェイン様に、私から贈り物があるのですが、、、。次の紹介もして頂きましたし、毎日美味しい食事を頂いたお礼です」

エイダはこっそりスウェインに一枚の絵を見せる。

「!!!なっ!」

「ま、想像なんですけどね、、、ライナス様には絶対に見せてはいけませんよ」

スウェインは顔を真っ赤にして絵を隠した。

「ありがとう、、、?かな?」

「絶っっっ対に!ですからね」

そう言ってエイダは屋敷を後にした。

最後の一枚はどんな絵か、ふふふのふ。

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