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突然の対面に呆然としていたリリスだが、慌ててドレスの裾を持ち、「ようこそ、いらっしゃいました、ダリウス様」と挨拶をした。


だが、そんなリリスの挨拶など気にも留めていないのか、ダリウスは無遠慮に部屋に足を踏み入れると、リリスの方へと歩きながら「二人きりで話がしたい」と言い放つ。


リリスが侍女たちに目配せをすると、すぐに彼女らは一礼して部屋を出て行った。バタンと音を立てて閉まる扉。部屋の中が急に静かになり、リリスの肩には自然と力がこもった。


改めてダリウスを見ると、ずいぶんと端正な顔立ちの男だった。澄んだアッシュグレーの瞳。軍服の上からでもわかるほど引き締まった体躯は、さすが元特務騎士団団長といったところか。無愛想なダリウスに、リリスは「初めまして、ダリウス様」と、にこりと微笑んでみせた。けれど──。


「この度は──」

「形式ばった挨拶は必要ない」


リリスの言葉を遮り、そう言ったダリウス。どこまでも冷えるようなその声に、リリスの息が一瞬止まる。どくんと音を立てる胸。


「最初に言っておくが、この結婚は俺が望んだものじゃない」


ダリウスの低く、冷淡な声が静かな部屋に響いた。鋭い眼光で睨むつけるように見つめられ、リリスの顔から笑顔が消える。


「俺たち特務騎士団は、これまで地獄のような戦場を生き抜き、国の安寧のため魔獣を倒してきた。その間、お前ら王族の人間たちは、安全な城の中でのうのうと暮らし、末端にいる兵士のことなど気にかけもせず、贅沢な暮らしを享受してきた。そうだろ?」


侮蔑するような眼差し。怒気をはらんだ低い声。これから夫となる彼に、歓迎されていないことは瞭然(りょうぜん)たる事実だった。


「恵まれた環境の中で、ぬくぬくと育ったお姫様と、俺が生きてきた環境は大きく違う。……国王からの(めい)だからと受け入れた結婚だ。人前では仮面の夫婦を演じてやる。だが──」


ダリウスはそこで一旦言葉を区切ると、リリスのことを睨みつけた。


「俺がお前を愛することはない。……この先、一生な」


「話は以上だ」と続けて、ダリウスはリリスに背を向けた。遠ざかっていく背中。何か言葉をかけようにも、どんな言葉をかければよいのか分からず、引き留めようと伸ばした手は虚しく空を切った。


この結婚は、政略結婚だ。


よく知りもしない相手との結婚に、拒否反応が起こるのはむしろ普通の感情だとも思う。愛がないのは当然のことで、分かりきったことでもある。けれど──。


『リリス、あなたが大切に思う人と、幸せになるのよ』


こんなときに限って、死んだ母の言葉を思い出す。最期まで笑顔だった、とても大切な人。そんな母と結んだ、たったひとつの約束だったのだが──。


(ごめんなさい、お母様……。その約束、守れそうにありません)


去り行く夫となる男の背中を見つめながら、リリスは心の中でそう呟いた。

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