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どこまでも広がる天色の空。雲ひとつない、快晴の今日のこの日、ブルタージュ国の王女リリス・ブルタージュと、国の英雄である元特務騎士団団長ダリウス・クロフォードの結婚式が執り行われた。
祝福の鐘とともに放たれた白い鳥たちが、バサバサと音を立てて大空へと羽ばたいていく。チャペルの扉が開き、盛大な拍手に包まれて新郎新婦が入場すると、演奏家たちが奏でる音楽がより一層大きくなった。
「リリス様も落ちたものね。《《あの》》ダリウス・クロフォードと結婚だなんて」
「国の英雄とはいえ、倒すべき魔獣がいなくなってからはすっかり使いものにならなくなったっていう噂よ」
「莫大な報奨金も、全部酒と女に消えたって聞きましたわ。ダリウス側にとっては、金欲しさに結んだ結婚だともっぱらの噂ですよ」
赤い絨毯が敷かれた道を真っ直ぐ、堂々と歩いていく二人をよそに、参列者たちはヒソヒソと小声で笑う。そんな様子を、オフィーリアやエリーゼもにたりと笑いながら見つめていた。
神父の前に二人が立つと音楽が止み、誓いの儀式が始まった。
「汝は病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、死が二人を分かつまで、この者を夫として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
神父の問いかけに、リリスもダリウスも形通り「誓います」と返す。
「それでは指輪の交換を」
互いの薬指に誓いの証をはめ、そっと指輪に口づける。手に取ったダリウスの手は力強そうな男の手だった。
「最後に誓いのキスを」
そして、最後は唇への口づけ。そう言われて改めて対面する二人。リリスはベール越しに、ダリウスの切れ長の瞳をじっと見つめたが、やはり彼の目からは感情が見えず、何を考えているのかわからなかった。
(今日から、この人が私の夫になるのね……)
ベールがそっと上げられ、鋭い瞳と目が合った。リリスが息を飲んだのも刹那の間、ダリウスがゆっくりと近づいてくる。冷徹な瞳に体が少しこわばったけれど、リリスはぐっとを握りしめ、そっと静かに目を閉じた。
互いの唇が触れる。
初めてのキスは、掠めるような一瞬のキスだった。そっと唇が離れ、辺りが静まり返ったのも束の間。
「二人の未来に栄光あれ!」
誓いのキスのあと、祝福の音楽とともに拍手の音が鳴り響いた。
なんのことはない、ただのキス。
多くの花嫁は、きっとこの瞬間を世界中の誰よりも幸せな気持ちで受け入れるのだろう。これからの結婚生活を、夫との明るい未来を夢見ながら。
けれど、今のリリスにとっては誓いのキスなんてものは、式の流れの一つに過ぎなかった。
わずかに感じた胸の痛みに知らぬふりをして、リリスは微笑みを携え参列者のほうを向いた。幸い、感情を偽ることには慣れている。
本心では祝福などしていない親族や参列者たち。上辺だけの誓いの言葉。笑顔とは裏腹のリリスの心。
何もかもが嘘だらけの、この空間で、リリスは今日この日、ダリウス・クロフォードの妻となったのだった。




