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EP5 仮構の図書室と、大罪の彼女

 「……。」


 始業前の教室。

 登校して来た同級生達が、友人と挨拶を交わしたり、談笑し始めたりして賑やかな時間になるーー

 はずなのに、周囲の視線は一点に集中して時が止まったように静寂に包まれている。普段とは異なる、その喧騒(けんそう)さの失われた教室はとても居心地が悪い。

 しかし俺はこの場から逃げ出すことができず、ただ黙って時間が過ぎることを切に願う。


 「ねえ、聞いてるの!?」


 「下月さん、少し声が大きいよ」


 目の前で繰り広げられる不慣れな状況に、不覚にも動揺してしまう。

 なぜなら、『天真爛漫(てんしんらんまん)系美少女』と『大和撫子(やまとなでしこ)系美少女』の二人が俺のすぐ目の前で会話を楽しんでいるからだ。


 「あのさ、二人とも……ちょっと離れてくれたりしない?」


 「「なんで?」」


 俺の願いを理解してもらうことはーー

 残念ながら不可能なようだ。

 

 この『居心地の悪い教室』を作り出しているのは彼女たちであり、それを当人達は理解していない。なので俺も、これ以上二人に強く言えないのがもどかしい。


 教室の至る所から、「なんであいつと?」や「どういう関係なの?」とか、そんなコソコソ話が聞こえて来る。その中には羨望(せんぼう)と殺意の込められた視線が混ざっていて、居心地の悪さを増長させている。

 それもそのはずで、彼女たちはこのクラスのアイドル的存在であるのに対し、普段の俺は『空気』なのである。


 ゆるふわウェーブの明るい髪色で、屈託のない笑みを浮かべる『天真爛漫系美少女』こと下月人美(しもつきひとみ)は、【落ち込んでいるときに悪戯して励ましてくれそうランキング1位】という、よくわからない長ったらしい称号を男子生徒を中心に得ている。

 彼女の明るい性格と、笑ったときに見え隠れする小さく尖った犬歯がその所以(ゆえん)らしい。

 方や、艶やかな黒髪セミロングの『大和撫子系美少女』橘花椿(たちばなつばき)は、【叱った後に甘やかしてくれそうランキング1位】という、これまた珍妙な称号の持ち主だ。

 

 そんな二人に、教室にいる人間全てが目を奪われるのは仕方がないことである。

 ましてそんな二人が絡んでいるのがクラス一の無気力男子である俺で、そんな俺の机を囲んでいるのだから、それは間違いなく異様な光景と言えるだろう。

 そんな異様な光景に、次々と教室に入ってくる生徒たちの視線が集められている


 ーーというのが、今俺が置かれている状況というわけだ。


 「藤宮くん大丈夫?いつにもまして無口だけど……」


 必死かつ冷静に頭の中で今の状況を整理していた俺に、遠慮気味に橘花さんが話しかけてくる。


 「ああ、大丈夫だけどーー」


 しれっと机の上に置かれた俺の手に橘花さんが触れていることに気づいたのは、下月さんがそのことに大きく反応したからだ。


 「あーっ!!橘花さん、それは反則だよ!!」

 

 「あっ……えっと……あの……その……」


 橘花さんは頬を赤くしながら、彼女には似付かわしくない速度で手を引っ込めて謝罪の言葉を口にする。


 「あの、ごめんね?」


 「ああ、いや。俺は気にしてないが……。てか、下月さんもそんなに大きな声出すようなことじゃないだろ」


 「……。」


 どうやら俺は、何か下月さんの気に触ることを言ってしまったみたいだ。なぜかニマニマしている橘花さんと対照的に、下月さんは頬を膨らませて俺のことを睨んでくる。


 そんな時、教室のどこからか「殺してやる」だの、「許さない」だの、そんな声が聞こえて来る。とりあえず午前中の授業をボイコットすることに決めた。

 俺は、「ちょっと用事思い出したわ」と言い残して教室を出る。

 とくに行く当ては無いのだが……教室にいては何故かわからないまま殺されかねないと、俺の本能が警鐘(けいしょう)を鳴らすので仕方ない。

 

 「はあ……。どうするかな」


 自然とため息がこぼれてしまった。幸いにも今は朝のホームルームの時間なので、廊下を行き交う人はいない。俺のため息混じりの独り言を誰かに聞かれることもないし、校内をぶらついていても教師達にバレずに済んでいる。


 「一先(ひとま)ず、時間を潰せそうな場所でも探すか」


 できるだけ人目につかず静かな場所を求めて、最終的には図書室に行き着いた。

 

 「まじかよ……」

 

 図書室の扉を開けた瞬間、俺の目には一人の少女の姿が飛び込んできた。人目を避けたくて訪れた図書室で、見ず知らずの少女に出会ったことにも驚いたのだが、それ以上に、散乱した本の山々の方が衝撃的だった。


 「やあ。はじめまして?」


 「ーーああ……はじめまして?」 


 無造作に積み上げられた本の山に腰掛ける銀髪少女が挨拶してくるが、呆気にとられて返事が遅れた。

 

 「……。」


 「……。」


 「…………。」


 「…………。いやいや、ちょっと待て。お前はなんだ?」


 真紅に染まる瞳に見つめられ続けることに耐えられなくなったわけでも、ましてやその雪のように白く、片栗粉を敷き詰めたようなサラサラ感の保たれたきめ細やかな肌に見惚れてしまい、恥ずかしくなったわけでもない。

 図書室に入ってからの壮絶な光景の陰に、ひっそりと潜む違和感。その正体を確かめずにはいられなくなったのだ。


 「……私の見た目の話なら『先天性色素欠乏症(アルビノ)』といってーー」


 「違う。お前は……いや、ここはなんだ?」


 俺は、はぐらかそうとする彼女の言葉を遮る。


 「そっか〜……。君も同じ側なんだね」


 「説明してくれる気になったか?」


 「そうだね。まずは自己紹介をしようか。私の名前は『白菊(しらぎく)(みやこ)』。君と同じ、【大罪を背負う者】のひとりだよ」

 

 彼女の自己紹介で、俺の中に眠る忘れたい記憶が呼び起こされる。



 *****



 ザアザアと窓を強く叩く雨の音が聞こえる。


 「ーー判決。被告人《藤宮(ふじみや)(ひいらぎ)》の行いは、実に残虐性(ざんぎゃくせい)の高いものと判断し、精神科病棟への入院とーー」


 激しい雨音のおかげで、僕はガベルの音を聞かなくて済んだ……。

 昔から他人との付き合いが上手くできなかった。同級生が自分の好きなアイドルの話をしていても共感できなかったし、好きな食べ物は特にコレといってなかったし。どこかの芸人の真似をする同い年の子がひどく稚拙に見えていたし、それで笑っている周囲の人たちが何が面白くて笑っているのか理解できなかった。


 そんな僕についたあだ名は『のっぺらぼう』だった。常に無表情で、無関心で、無気力。そんな不気味な同級生だった僕にはお似合いの名前だと思っていた。


 『藤宮は少し周りより大人っぽいだけで、先生は何も変だとは思わないからな』


 という、小学生の頃の担任の言葉が僕の支えだった。

 僕という変な少年は、それでも僕のままで在り続けていいのだと思えたからだ。


 そんな少し変わっていた少年は、友達こそ少ないが順調に中学校へと進学した。エスカレーター式の義務教育なのだから、進学することは至極当然で、僕にとって小学校を卒業することは特に何の思入れもない出来事でしかなかった。


 『藤宮って、心がないみたいだよね』

 『わかる〜。いつもボッチだし、暗いし、協調性無いし。正直、気持ち悪いよね』


 中学生になってから隣の学区の子達が一堂に会するようになると、僕のその異常性は更に際立つようになった。この頃にはもう、クラスメイトの名前を覚えることすらしなくなっていた。


 「好き勝手言ってろよ……どうせ三年でおさらばだし。その後はもう二度と関わることなんて無いんだから……」

 

 女子たちの陰口に対して僕は机に突っ伏したまま、一見すると負け惜しみのような独り言を呟く。当然、周囲の人達には聞こえない声量でだ。

 12年もの間、他者と上手く関われていない僕でも、余計な一言が争いの火種につながることくらいは理解していた。


 そんな日常を過ごすうちに、僕の生活に一つの小さな変化が訪れた。


 「……気分が悪い。また、あの夢か……」


 目を覚ますと、背中や額にぐっしょりと大粒の汗が噴き出している。


 「なんなんだよ。あの妙にリアルな夢は……。俺がクラスメイト全員を殺す……?いや、もうよそう。夢のことで朝から気分を悪くするなんて、どうせ学校でも気分の悪い思いに耐えなきゃなんだし」


 そうして僕は、妙に鮮明でリアルな夢の内容を思い出すのを止めた。


 耳を(つんざ)く蝉の大合唱を一身に浴びて、今日も憂鬱(ゆううつ)な気持ちで足を学校まで運ぶのだ。

 そんな中学2年の夏、僕は大罪を犯した。


 

 ******



 「ーーねえ?次は君の自己紹介の番だよ」


 静かに俺の順番を告げる白菊の声で、自分が今は高校二年生で、学校の図書室にいることを思い出した。


 「ああ……すまなかった。俺の名前は『藤宮柊』だ。お前が言う通り、『大罪を背負う者』だ」


 俺の自己紹介を聞いてなお白菊は、不敵な笑みを浮かべるのだ。

 

 「さて、自己紹介も済んだことだし……。ここの説明だったね?気付いてるとは思うけど、ここは私の『夢魔』が仮構した世界だよ」


 「だろうな」


 「でも、なんで君はそれに気づいたのかな?」


 「……最初の違和感は、この朝一の時間にしては館内の本が散らかされすぎていること」


 「へえ〜。でもそれだけなら、私が大雑把で破天荒な性格なだけかもしれなかったんじゃないのかな?」


 「二つ目の違和感は、俺があんたを知らなかったことだ」


 「……いいね。続けてくれるかな?」


 「俺は祓魔師だ。この学校に進学したのだって師匠からの勧めだ。それなのに俺はお前の存在を知らなかった。ありえないんだよ。こんなにも潤沢で、夢魔に慣れている俺ですら呆気に取られてしまうほどの『夢魔の気配』を持つ人間が、俺どころか師匠にすら感知されていないなんてな」


 「……。」


 「その無言は、俺の言い分がここまでは正解という認識でいいんだな?」


 「はあ……」


 彼女はため息をつきながら目を伏せ、手に持っていた本を閉じた。

 そして顔を上げ直した白菊に、先程までの笑みはもう見えない。

 余裕が消えた表情とでも言うのだろうか。均衡のとれた端正な顔立ちが作る無表情は、どこか作り物のようで気味が悪い。


 「祓魔師『加納(かのう)夕夏(ゆうか)』の弟子……か」


 「その口ぶり、やっぱり師匠のことは知っているみたいだな」


 「まあ、そんなことはどうでもいいわ。それで?藤宮くんはどうする気なの?知っての通り、私達『大罪の夢魔』は祓えないことで有名なのよ?」


 『大罪の夢魔』ーーそれは、本来であれば現実世界に干渉することが不可能な夢魔が、一種の突然変異で現実世界に虚構世界を仮構する力を得た存在。その異常性から引き起こされる『夢魔事件』は、凄惨かつ悲惨なものが多く驚異的であるが、それ以上に厄介なのがその特性『祓えない』ことにある。

 人間の負の感情に住み着く夢魔の中でも、執拗に、純粋に、その大罪たる由縁の感情に取り憑いて離れない。


 ーーそんな厄介な相手に対して取るべき方法は一つだ。


 「なにもしないさ」


 「はあああああああ!?」


 一見、冷静沈着な印象を受ける美少女が、その容姿に似つかないほどの大きな声量で自身の驚嘆(きょうたん)を表現する。


 「うるせえな……。そんなデカイ声出すほどの事じゃないだろ」


 「あのね!?……いや、あの女の弟子がまともなわけないのか……」


 白菊は、どうやら自身の驚きを勝手に自己完結させて納得することに成功したらしい。

 そんな白菊に、俺は一つの事柄について事実確認をする。


 「だってお前、別に誰かを傷付ける気はないんだろ?」


 「……。」


 「図書室(ここ)だって、他人と関わらないようにするための世界なんだろ?」


 「……。」


 俺の問いかけに、白菊は黙秘を貫く。

 討論において、『沈黙はその質問が是であることを物語る』というのにだ。


 「特に何かする気がない奴をどうこうする気は俺にはないよ」


 「ふっ……ふふふっ」


 彼女が必死に笑いを堪えているのが、目に見えてわかる。

 

 「なんだよ?」


 「いや〜。さすがは『慈愛の祓魔師』と呼ばれた女の弟子だな〜と思ってさ」


 「師匠を馬鹿にして言っているなら、さすがにそれは見逃せないぞ?」


 「ちがう、ちがう。馬鹿になんてしてないよ。むしろ、とても好意的に思っているくらいさ」


 「そうか」


 「君さ、よく人から無口だって勘違いされない?」


 「……。」


 「討論において沈黙は、その質問が是であることを指し示しているんだよ?」


 どこか楽しそうにそう言う彼女の表情には、笑顔がいつの間にか戻っていた。


 「気が向いたらまたいつでも遊びに来てよ。藤宮くんなら大歓迎だよ」


 「そんなに俺とお喋りがしたいのなら、お前が会いに来いよ」


 「嫌だよ。だって私は『怠惰』だからね。また君に会うのを楽しみにしているよ」


 去り際の俺にそう言い残した彼女は、どこか悪戯っ子のように見えて、それでいて誰かの来訪を楽しみにしているのがひしひしと伝わってきた。


 つい先程閉めた図書室への扉を開く。

 そこには荒廃した本の山は存在していなく、きっちりと本が仕舞い込まれた本棚が立ち並んでいた。

 整然と立ち並ぶ本棚の傷や、収まりの良い本達は、先程までそこに存在していた図書室の物そのものだった。あの世界が現実と異なるのは『整然としていない』という一点だけなのだ。


 そんな自論に浸っていると、その余韻を打ち消すかの如く、遠くから声が聞こえて来る。


 「やっと見つけた!!藤宮くん、どこ行ってたの?橘花さんと手分けして、学校中探し回ったんだからね!?」


 「下月さん……もう少し声の音量下げてくれたりしない?」

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