睡魔の墓
こんな噂を聞いた。
触ると呪われる墓の噂だ。
その呪いというやつがかなり強力で、霊媒師でさえ恐れおののき逃げ出してしまうという。
触ってしまうと、夜九時に眠ってしまうようになる墓。
ナルコプレシーのそれと同様らしく、己の意識外で〝いつの間にか寝てしまっていた〟状態になるという噂だ。
呪われた者は必ず日本時間の夜九時に眠ってしまい、翌朝六時に起きる。
目覚めはかなり良いらしいが、触ってしまうと一生夜九時に眠る体質になるのだから、それを覚悟して触らねばならない。
九時間睡眠できるようになる墓のありかを、医師は知っていても教えない。
何故なら不眠で悩む患者が来なくなってしまうから。
九時間ぐっすり眠れるようになる墓を、薬剤師は教えない。
何故なら快眠薬を求める者が居なくなってしまうから。
極上の九時間睡眠が可能になる墓だから……。
かといって、墓のありかを知りたがる者は希少だ。
触った後になってから、海外に住むことになるかもしれないし、夜間働く職に就くかもしれないから、無暗に触れない。
しかし、この先の人生で、夜九時に寝て朝六時に起きるようになっても困らないと言いきれる者にとっては至高の〝呪い〟だろう。
いや、その者にとっては〝願い〟か。
にしても墓は何故、日本人にとって規則正しい睡魔をもたらすのだろう。誰もがぶち当たるその疑問は、墓に眠る者の過去にあった。
二十二歳の若さで自ら命を断った男が眠っていた。彼は中学、高校と、日本でトップの学校に通って、大学もトップを目指していたらしい。
だが男は大学受験に失敗した。徹夜で勉強したため、受験時間に眠ってしまい、一教科目の答案用紙を白紙で出してしまったのだ。
経済的に浪人する余裕がなく、男はやむを得ず滑り止めで受かった大学に通うことになった。受験前日だけでも寝ていたら、という後悔を抱きながら。
それは就職活動の時、重くのしかかることになった。志望する会社は、男が落ちた大学の生徒を優先的に雇っていたのだった。
あの時、眠っていれば……眠っていれば……。
アメリカの辺境にある崖から、男はそう呟きながら飛び降りた。そこに、男の墓が立てられた。
男の念は並大抵のものでなく、解けない呪いとしてこの世にとどまった。
アメリカ人にとっては〝睡魔〟をもたらす呪いの墓になった。
しかし日本人にとっては〝快眠〟をもたらす墓。
この手紙を読んで、もし興味があれば触りに行くといい。
あなたにとって〝睡魔〟にならないことを切に願う。