主人公に頼られるモブ
ラナ様?
誰かに名前を呼ばれた事でぼんやりしたラナの意識はやっと現実に戻ってきた。先程まで自室のベッドの上で涙に暮れていたはずなのに、今は屋外にいるようだ。目の前に立派な大きな門がり、ラナはそこの門番に怪しげに見られ警戒されている。
なんだか足が酷く痛むので下を見てみると、服は部屋着のまま靴も履いていないではないか。
いやだわ。私、何故ここにいるのかしら?
部屋を出た記憶もなく、どこをどう歩いて来たのかもここが何処なのかもわからずに困り果てたラナが辺りを見回すと、大きな門の中では声の主、アリージュと使用人が驚いたような面持ちでこちらを覗いていた。どうやらここはグランセル伯爵邸のようだ。なるほど門も大きいはずだ。
自分でもびっくりしてしまうような出立ちに、アリージュが困惑するのも無理もない事だ。
サキアノを救たいという一心で彼女の親友のアリージュの所まで来てしまったのだろうか?
いずれにせよ上位貴族である伯爵邸に粗末な身なりで来てしまった。どうしようかとオロオロしていると、アリージュが邸宅へ招き入れてくれ、テキパキと使用人に指示を飛ばしてラナにお風呂を用意して温まらせてくれてからアリージュが用意してくれた綺麗な服に着替えさせてもらい更に足の傷の手当までしてくれた。
その後でラナは応接室に案内してもらい、ソファーに座るとアリージュが良い香りのお茶とお菓子をふるまってくれた。
「アリージュ様酷い姿で現れた私を…受け入れて下さって、傷の手当や服まで…本当にありがとうございました」
「私は学友として当然の事をしたまでですわラナ様
暖かいお茶をお召し上がりになれば少し落ち着きますわ」
向かい合って座るアリージュがティーカップを口へ運んでいたので、ラナもお茶を頂く事にした。お茶を一口飲むと温かさが体中に広がって行くのを感じる。体も暖かくなり、心も少し落ち着いてきた。
このお茶とても美味しいわ…
あんなに酷い姿だった私にこのように良くしてくださって…本当にお優しい…サキアノ様も、サキアノ様のご友人も…
またポロポロ涙が溢れてきた
「実は…サキ…サキアノ様が…で、んかに婚約破棄され、絞首刑に…」
喉が詰まって辿々しくなるけれどアリージュに震える声を懸命に絞り出しサキアノの窮地を伝える。
きっとアリージュ様はとても驚いて悲しむわ。それでもお伝えしなくては。彼女なら私と同じようにサキアノ様を救いたいと思うはずだもの。
しかしアリージュの反応はラナの予想とは全く違うもので、サキアノが死刑になる事を聞いてもアリージュは静かにただうなづくだけだった。
「…えっ…」
「どう、して…どうして!?!?!?」
思わず言葉が漏れてしまった。
アリージュはじっと下をみているだけ。
あんなに仲良さそうにサキアノと一緒にいたのに、サキアノが絞首刑になると聞いても取り乱したり泣いたりもせずに下ばかり見ている。そんなアリージュにラナは何故か怒りが込み上げてきた。
自分が無力で何も出来ないくせに。他人に縋りついて勝手に期待したくせに。それがわかっているのにラナは怒りに任せて声を荒げてしまった。
アリージュに八つ当たりしにきたのではない、けれど、驚愕や困惑や悲しみ様々な感情がもう自分の中で収まりきらなくなって一気に溢れ出し、その言葉を止める事が出来なかった。
「あなたは、アリージュ様はサキアノ様の1番近くにいらっしゃったのではないですか?!何故ですか?何故そんなに落ち着いていられるの??酷い人!薄情者!!!」
じっと下を見ていたアリージュはその言葉を聞いて
ダン!!!!とテーブルに手をついて立ち上がった。
先程までの落ち着いた姿と違って彼女の体全体から怒りのオーラが揺らめいている。
「あんたに、イオの何がわかるのよ!」
「この世界に来て、なんもわかんないイオが、いきなり悪役令嬢のサキアノに転生して、物語通りボケ王太子なんかと婚約させられて、陥れられて罪を着せられて挙句絞首刑になるって知りながら生きてきたイオの!!何がわかるのよ!!!」
アリージュは興奮状態で思わず【有野】に戻っている事にも気づいていない。
「私だって回避しようって何度もイオに言ったよ、けど、イオが…イオが…それじゃあ物語が変わっちゃうからって、他の登場人物の一生が変わっちゃうからって…」
「そんなイオに、私は何も出来なくて、炭酸水やプリン作るとかそんな事しか出来なくて」
捲し立てるような早口で話すアリージュ。
いおって…誰?
ボケ王太子!?!?
転生??悪役令嬢??アリージュ様はなんの話をしているの??そしてこの令嬢らしからぬ変な言葉は一体…
あまりのショックにアリージュがおかしくなったしまったのではないかラナは心配になってきた。
「あ、あの、アリュージュ様?」
「有野だょ。私は有野めぐり。転生者。サキアノ様も同じ転生者。小林伊音だったから私はイオって呼んでる」
「転生…」
アリージュこと有野の話によるとサキアノとアリージュは別の世界で生きた記憶があり、その記憶の中では自分たちが生きているこの世界の事が物語に綴られていて、ラナもサキアノもその中の登場人物になっていたというのだ。にわかに信じがたい話しだったけれど、自分と王太子しか知らないはずの出来事まで有野は知っていたしこれから起こる事まで判っているというのだ。
更にアリージュはサキアノが王太子に断罪され婚約破棄される場所や内容も絞首刑になる事を既に知っている。このような大それた嘘はつかないだろうし、彼女の言っている言葉は事実なのだろう。
そして物語の全容を聞いたラナは今まで1番腑に落ちなかった事、サキアノが何故自分の無罪を証明しようとしなかったのか、が納得出来た。
彼女は他者の運命を変える事のないように死罪になる事がわかっていてもそれを受け入れていたのだ。
サキアノは優しかった。優しすぎた。自分の命よりも人を優先してしまうほどに優しい彼女。
やはりなんとしても救いたい。
このままではサキアノは殺されてしまう。殺されず、そして「イオ」の望み通り物語も変わらないようにするには。先程まで自分1人では何も出来ないとただ泣く事しか出来なかったけれどもここにもう1人サキアノを救いたいと想ってくれる人がいる。それがとても心強かった。ラナは意を決してアリージュに向き合った。
「アリージュ様」
「有野。」
すかさず名前を否定してくるグランセル伯爵令嬢のアリージュはラナも前でも有野である事を望んでいる様だ。
「有野様。知恵をお貸しくださいませ。私はどうしてもサキアノ様をお救いしたいのです。サキアノ様の意志を尊重し、尚且つ物語を変えない方法を一緒に考えて欲しいのです」
「勿論。私だってイオを救いたい。他の誰がどうなろうが構わないくらい私にとってイオは大切だもん。でもイオは頑固だから物語を変えないでってゆうと…」
「私に出来る事があれば教えてください。サキアノ様の為なら私なんでもする覚悟がございます。」
有野も1人では何も出来ないと思っていた。でも2人なら出来るかもしれない。有野はゲームや物語で培った頭をフル回転させてルートを探してみる事にした。
初めにやらなければならない事は情報集めだ。そしてそれを分析して糸口を探す。綻びは必ずどこかにあるはず。けれど小娘2人では探れない事があるのは確かだ。強い権力が必要だ。伯爵よりもっと上の皇族に近い…。
「ラナ様。あなたは王宮に出入り出来ますよね?」
「はい。よく殿下に連れて行かれるので」
「そこで殿下の周りを、近衛騎士団の団員や殿下の執事のここ最近面会した人や書状を送った人を調べられる?」
「やってみます」
「私はイオの父親にこの話しをしてみるよ。まぁ初めは信じないだろうけど…必ず協力してもらうから」
「サキアノ様のお父上は公爵様ですものね。味方になって下されば心強いですわね。」
王太子に好かれているラナは王宮でも優遇されているはず、王太子の名前を上手く利用すればラナには情報を漏らすかもしれない。きっと黒幕は王太子だろう。
王太子まで辿り着かなくともいい。証拠、証人さえ抑えて仕舞えばどうにかなる。
ただ。一筋縄ではいかないだろう。かなり厳しい状態ではある事には 変わりない。けれどこちらには切り札とも言えるラナがついている。有野はそこにかけてみる価値があるとみた。
とりあえず明日にでもサキアノの邸宅へゆき、公爵に会わなければ。これはかなりの難問だ。
しかしここは絶対に成功させないとならない。
それから2人はその日から秘密裏に調査を開始したのだ。




