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アリージュ 旧姓有野(モブ)

「門兵から不気味な女が立っていると知らせがあったのだが、お前たちの主の客ではないか?」


「はぁ!?不気味な女ぁ?!」


グランセル伯爵邸の大広間に続く廊下。従者に声をかけられて素っ頓狂な声で答えたのはグランセル伯爵の次女に仕えるシャナラルだ。


「いくらお嬢様がへんじ…変わっているからといえ、それはあまりにも失礼ではないか!」


主の名誉の為に一応そう答えたものの。シャナラルも内心うちのお嬢様なら不気味な友達もいるかもしれないなと苦笑する。


グランセル伯爵は多彩な商売を手掛ける大富豪だ。長男はその才を受け継ぎ優秀な右腕として活躍し、次女は聡明にして艶やかで縁談が次々に舞い込んでくる。次女アリージュはというと。従者たちにもこのように扱われてしまう少し、いやとても残念なお嬢様だった。


彼女はこの世に産まれた時既に普通ではなかった。まず誕生と同時に発した産声は嬌声だった。赤子はその後彼方此方見渡し、目を丸くして黙り込んだという。


一般的な乳児のように泣く事は無く、発語が出来ない時分は文句を言うよな発声をしていたとか。幼少期の彼女はおもちゃ等に興味を示さず、遊び場はもっぱら厨房や工具室などで、3歳になると自分で身支度をしたり、沐浴をして侍女の手伝いを拒否し、5歳には「個人の空間であるから」と自室に入らせてくれなくなった。


アリージュ•グランセル、旧姓有野めぐりは転生者であり、過去の記憶を持っていた為に令嬢らしからぬ行動や言動も多く、それを両親に咎められた事もあったのだが、有野のオタクも伊達ではない。ここぞとばかりクマランセル伯爵を論破して説得した。そして令嬢としてのマナーや教養をしっかりと身につけ、学園でも考査は上位を必ず取る事を条件に邸宅では(黙って)見守ってもらっているのだ。

勿論邸宅外ではグランセル家の人間として恥じぬ行動を義務付けられており、本人も自身の異端さを理解していたのでひっそりと良識のあるご令嬢を演じている。


幼少期から独学で知識を身につけた彼女は自室にて過去の記憶を元に様々な物を再現して来た。1番再現したかったのはビールだった。会社から帰って風呂上がりの一杯が彼女にとっての至福の一時であったからだ。

しかしこちらには炭酸飲料すら無かったのだ。果樹酒はあった。そこで、有野はまず炭酸水を作る事にした。酒はあるのだからそれを炭酸水で割れば簡単だと考えたのだ。

しかし炭酸水を作るのも一苦労だった。失敗を繰り返してやっと完成したのは12の時。いよいよ果樹酒をサワーにしようとウキウキしていたけれど、両親に若年であるのに酒が飲みたいとは何ごとかと嗜められ残念ながら今だにテイスティング出来ていない。


実験台であるシャナルラの感想は口の中がぱちぱちして変だし果樹酒が薄くなって不味いという。


しかし、炭酸水が作れた事は彼女にとって大きな一歩となった。それから彼女は色々な物を作るようになった。粉の代用が効くパンケーキやクッキーは意外と簡単に再現可能で、彼女のお付き達にも好評だった。

自ら糸を選りすぐって生地を作ってもらい、推しのぬいぐるみを作成したり、柔らかい石を見つけて推しのねんどろいども作った。


自室に引きこもり人を寄せ付けず、何やら怪しいことをしているアリージュを邸宅の者たちは冷ややかに見ていたけれど、前世でも好奇の目はあったので別段気にしなかった。


実験や物づくりは彼女のお付き(実験台)であるシャナラルとクルラ、ミーチェンの3名だけが知っていて3人にはこの事を口外しないよういいつけてある。転生者が前世の物を再現し成り上がる話はよくあったけれど、自分だけが楽しむ為に作っているわけで、金や名誉が欲しいわけではなかったからだ。何より目立つのは嫌いだ。この日も新作。アフォウ草を使ってモヒート(ノンアル)を作っている所だった。



「シャナラル。今なら多分入れると思うわ」


クルラがご機嫌で2人の元に寄って来た。

どうやら今回の実験台はクルラだったらしい。


「ところで不気味な女というのはどこかのご令嬢かしら?」


好奇心旺盛なクルラが今にも見に行ってしまいそうだったのでシャナラルがガッチリと肩を抱いて静止する。


「まず、お嬢様に今夜お約束があるか確認するのが先だ」


シャナラルの言葉を聞いた従者は後は頼んだぞと手を振って仕事に戻っていった。

シャナラルとクルラもアリージュの部屋に向かった。シャナラルが扉をノックする。


「お嬢様今よろしいですか?」


「あ、シャナラル!入って入って!」


アリージュがあまりご機嫌よさげに答えてくるのでシャナラルははぁっとため息をついてから部屋のドアを開けて中に入る。

部屋の中は大きな棚があり、中にアリージュが作成したぬいぐるみや変わった人形(フィギアに近いものやねんどろいどに近いもの)が綺麗に並べられている。普段は移動式の本棚で隠せるようシャナルラに手伝わせて改装してあるのでこの配置を見られるのは彼女が自室に篭る今だけだ。


シャナルラは横目で中央のテーブルを見やる。野草の葉っぱやらマルロ(柑橘の果物)を細かく刻んだものやアッシュカー(砂糖)華蜜などが並んでいる。

グラスには緑の葉と黄色の果肉が入っていた。どうやらまた炭酸水で何やら作ったらしい。


「シャナラルお酒持って来てくれた?」


「お嬢様はまだ未成年ですから持って来ませんよ。」


「なんでよ。試したいだけで私が飲むわけじゃないから良いじゃない。」

い。


「それ俺に飲ませるんですよね。」


「そうだけど、今回のは絶対気にいると思うから」


机の上にあるアフォウ草は虫除けに使われる野草で口にする事は無いのだ。それが何故かグラスの飲み物に入れられている。これは無いわ。シャナルラの心の声が顔にも溢れ出している。


「嫌です。それより今夜来客のご予定はありましたか?」


「こんな時間に?サキアノ様は来ないけど?」


「そうでしょうね。では不気味な女の来客予定はありますか?」


「は?不気味な女」


「門前にいるようです。皆がお嬢様の来客ではと騒いでおります」


「んなわけないじゃん。ん、でもちょっと見てみたいかも。行ってみようかな」


「やはりお嬢様はそう仰ると思っておりました。私もご一緒してもよろしいでしょうか?」


クルラはウキウキとアリージュを見ている


「よし!行くか!」


アリージュは不気味と言われる女に興味が湧いたのでクルラとシャナルラを連れ立って門前を覗ける所から様子を伺う事にした。


確かに髪はボサボサで部屋着のような簡素な服、そして靴も履かず素足のまま棒立ちの女が立っていた。これはいかにも怪しげで不気味に見える。腫れぼったい虚な目でぼんやり邸宅を見上げいる。その顔はとても美しいかった。


しかしどこかで見たことがあるような…


「っ!!」


アリージュは驚きのあまり飛び上がりそうになった。というかちょっと飛び上がってしまった。


ラナ!?ラナだ!髪がボサボサだし目が腫れていてパッと見では気づかなかったけれど、確かに主人公のラナだ!!なんでうちの前に?それにあの格好は何?何なのこの状況?!


プチパニックになりながらもとりあえずラナをこのままにしておく事も出来ないので、邸宅に招き入れ、クルラにはラナの入浴の準備をシャナルラには着替えをあつらえるように言いつけた。

しかしこの後どうしたら良いかわからない。サキアノがラナとの接点を持たないように密かに努力してきたのに何故ここでラナが自分に接触して来たのだろうか。また変な言いがかりをつけられたら?気ばかり焦る。


支度が済んだラナをとりあえず応接間に通して自分が作った暖かいフレーバーティー(この国のモノ=大丈夫なやつ)を勧めてみた。


ラナはフレーバーティーを手に取ると一口飲んだ。それからポロポロと泣き出し震える声でポツリと話し始めた。


「サキ…サキアノ様が…で、んかに婚約破棄され、絞首刑に…」


それを聞いた有野はうんと深くうなづくのが精一杯だった。もうそこまでシナリオは進んでしまったのか、未来を知っていたとはいえこれはかなりキツすぎる。


しかしどうして主人公のラナがサキアノの処刑の事を自分に伝えに来たのだろうか?トラップか?いや、サキアノの死刑を知ったラナは泣き腫らした目で靴も履かずにここへ来た。まるでサキアノを慕って、藁でも縋る思いで仲の良かった自分の所に来たようにも思える。


だが、ここは物語の中。ラナとサキアノは敵対関係にあるはず。


では何故主人公と全く関わらないはずのモブである自分の所へ来たのだろうか。


有野の知っていた物語には無かった展開だ。これが分岐になるとしたらまた違う未来に向かうかもしれない。下を向いて絨毯の模様をじっと見つめながら有野は頭をフル回転させた。



「…えっ…」

「どう、して…どうして!?!?!?」



困惑したようなラナの小さな声が静かな応接間に落ちた。


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