お、お、俺に美少女様が告白なんて罠に決まってるでしょ!
俺、冴島太郎は冴えない男だ。
誰がどう見たって陰キャだし、底辺カーストだし。
顔もよくないし、
頭もよくないし、
運動神経もよくない。
なんだったら卑屈で性格もよくないし、何もいいところなんてない。
そう、だから――
「私と付き合ってください!」
が、が、学校一の美少女様が俺に告白するわけないだろ⁉
「(どどどどうなってんだ⁉ なんで姫野さんが俺に告白を⁉ おお俺だぞ⁉ 冴島だぞ⁉)」
風で揺れる日本人離れしたブロンドの長い髪。
顔立ちはすこぶる整っていて、スタイルはモデル並みだ。
まさに美少女。いや、美少女様。
……ちょ、直視できないほどに眩しいッ!!!!
そんな姫野さんが、俺の言葉をじっと待っている。
な、何か言わないと……!
…………はっ! そうか!
「こ、これ……学生証です」
「…………へ?」
「記載の名前の通り、俺、冴島です……」
「な、なぜ本人確認⁉」
「は! め、免許証の方がいいですよね? 顔写真付きの……」
「そういうわけではないんですけど⁉」
「に、二輪免許じゃダメでした……?」
「だからそこじゃないんですって!! なぜ本人確認をしてきたのかって聞いてるんです!!!」
「いや、だって人間違い、ですよね?」
「違いますけど⁉」
違うだと⁉
という事は姫野さんは、俺だと分かっている状態で告白してきたという事か。
……いや、断然ありえない!
慌てた様子で姫野さんが続ける。
「わ、私はその……さ、冴島さんのことが好きなんです! だから、付き合ってくれませんか?」
再度聞いてみても、やはりこれは告白。
……い、一体何が目的なんだ?
あ、分かったぞ! これは嘘告白だ!
漫画とかでよくある、YESって言ったらわらわらと物陰から陽キャが出てきて……っていう!
お、恐ろしい! 陽キャとはなんと心無い遊びをするものか!
だが、俺に抵抗する能力と根性、そして勇気は――ない!
「ど、どうぞ。俺をおもちゃにしてください……」
「どういう返しなんですかそれ!」
「かまいません。そっちが心無い遊びをするなら、俺は心無いおもちゃに……」
「話が全く読めないんですけど⁉」
困惑した様子の姫野さん。
そろそろしびれを切らして伏兵が出てくるころだろうと覚悟していたが、出てくる様子はなく。
あ、あれ? 嘘告白のパターンではない、ということか?
じゃ、じゃあなんなんだこれは!!!!
あたふたしていると、こほんと一息置いた姫野さんが照れくさそうに言う。
「私の告白はどうなったんですか? こ、これでも……初めての告白なん、ですけど」
え、可愛い。
…………はっ! 何心も目も奪われてるんだ冴島ッ!
可愛い……けど! この可愛さは恐怖だ! 怖い! 怖すぎる!
なんでこんな可愛い人が冴島なんて選ぶんだ! ろくに人の目も見て話せないのに!
好きになる要素が見つからない!
ということはやはり――何か裏があるに違いない!
引っかかるなよ冴島太郎。これは絶対に罠だ!!!! ハニトラだぁぁぁッ!!!!!
「あ、え、えっと……」
どうすればいい、姫野さんからどう逃げればいい!
このままだと財布の中身全部どころか個人情報、ひいては戸籍謄本まですべて持っていかれてとんでもないところに売り飛ばされて人生が詰む!
ただえでさえ人生詰みかけてるのにダメ押しがぁッ!!!
「さ、冴島さん?」
だだだだダメだ!
逃げたい、逃げたい!
はっ! そうか! 物理的に逃げればいいんだ!
逃げるが勝ち。まさに今がその好機だ!!!
「かか勘弁してくださいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
全速力でその場から逃げる。
これが正解に違いない。
俺の警戒心はセ○ム並。
たとえ女性経験のない陰キャだろうと、冴島はハニートラップには引っかからないのだよ!
ぜひ標的を変えてください!
よろしくお願いしまぁぁぁぁぁぁす!!!!
「あの、さ、冴島さん?」
う、嘘だろ。
休み時間に机に突っ伏していたら、他クラスの姫野さんが俺の目の前に……。
どどどどういうことだ⁉
冴島の警戒心は見せつけたはずだろ!!!
「ど、どうしてここに……」
「返事をもらってないからです」
「……お、俺資産とかないですし、家も妹の塾代を捻出するのに一苦労で」
「私結婚詐欺師かなんかだと思われてません⁉」
「違うんですか⁉」
「違いますけど!」
食い気味の否定。
じゃ、じゃあなんだ。なんなんだこの告白は⁉
頭をフル回転させて考えていると、耐え切れないと言わんばかりに姫野さんが声を上げた。
「私、純粋に冴島さんと恋人になりたいんです!」
姫野さんの声が、教室に響き渡る。
どよめく生徒たち。
はっ! してやられた!
この美少女、民衆を味方につけてしまった!
こうなると俺が圧倒的にアウェー。罠と分かっていてもなお姫野さんの告白を断れないという状況が生まれてしまった!
お、恐ろしい美少女だ……策士だこの人は。
「や、やりますね姫野さん……」
「私の一世一代の告白の返しがそれ⁉ なんでライバルとの戦いを楽しむ戦闘民族みたいなことを⁉」
「はっ! もももしかして……恋人と書いて、ルビはライバル⁉」
「違いますけど⁉ 恋人はそのままで恋人です!」
「そんな……はっ! 恋人という名の連帯保証人ッ⁉」
「恋人よりもランク上ですよそれ…………」
呆れたようにため息を吐いて、真っすぐ俺を見つめてくる。
「もしかしてですけど、告白を信じてもらえてないんですか?」
「し、信じるも何も、そんな……」
「あの! 私は冴島太郎さんのことが好きなんです! 付き合いたいんです恋人になりたいんですぅ!!!」
しびれを切らした姫野さんが畳み掛けてくる。
…………ほ、ほんとに姫野さん、俺のことを好きなんじゃ――
「はっ! 俺としたことがマインドコントロールの支配下に一瞬! 目を覚ませ俺!」
往復ビンタで我を取り戻す。
「ちょちょちょ何してるんですか⁉」
「我を取り戻すためなんです!」
「なぜ我を失いそうになったんですか⁉」
「そ、それは……姫野さんの精神攻撃にやられて」
「私そんな特殊能力持ちじゃないんですけど⁉」
はぁ、はぁと息を切らす姫野さん。
それでも引き下がれないと言わんばかりに、俺のことを強い視線で捉えている。
どどどうすればいいんだ…………。
周囲は黙って俺と姫野さんを見ているし、下手なこと言ったらこの先の学校生活に影響が出る……!
「あ、そ、その……」
ここで逃げることは通用しない。というか逃げられない。
なら何か、何かしないと……!
〈キーンコーンカーンコーン……〉
ナイスチャイムぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!
俺と姫野さんに視線を向けていた生徒たちも、チャイムの音を聞いて本能的に席に着き始めた。
そんな状況に、いつまでも他クラスの姫野さんが俺の机の前にいることはできず。
「ま、また来ますから」
そう言い残して、パタパタと教室を出て行った。
……ふ、ふぅ。なんとか生き延びた。
――しかし、それもまた束の間の休息だった。
「冴島さん! 好きです!」
休み時間の間でも。
「告白の返事をしてください!」
昼休みの間でも。
「なんで逃げるんですか⁉ 逃げないでくださいよ!!!」
どんなときでも姫野さんは俺に迫ってきた。
もはやこの執念、より恐怖を感じる。
一体俺を使って何をしようとしてるんだ姫野さんは……。
ここまで来たら嘘告白とか、連帯保証人とかそういう次元の話じゃない!
姫野さんがここまで固執して俺に告白してくるとか、世界がかかってるとかそのレベルの話になってくる。
……そ、そんなのありえるの?
いやいや! SFの世界じゃあるまいし……ねぇ?
とにかく、俺は怖かった。もうほんと怖い。
だからとにかく逃げた。逃げ続けた。
だって絶対にこの告白は本物じゃない。絶対に罠なんだから!!!
――というわけで。
「勘弁してくださいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
放課後を知らせるチャイムが鳴り響いたと同時に、俺は走り出した。
しかし、そこには――
「私不審な人じゃないんですけどぉ~!!!!!」
ハンター。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!! お許しをぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「咎めてませんけど⁉ ただ私の初めての告白がこれだと嫌なんですぅ~!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「初めての告白が逃げられるとかすごく嫌なんですが!!!!!」
とにかく全速力で走った。
人はみな殺人鬼に追いかけられたら走るのが速くなるかな、とか想像するけど答え出た。
めっちゃ速くなる。
「あ、あれ⁉ 冴島さんが! 冴島さんが見当たらない!!」
物陰に隠れ、慌てた様子で辺りを見渡す姫野さんを観察する。
どうやら撒けたみたいだ。
この先が思いやられるが、これで俺をハニトラするのは諦めていただきたい。
「よし、かえ……あえ?」
立ち上がったところではたと気づく。
今俺がいるのは、見知らぬ工場地帯。
そういえば、学校から数キロ行ったところに工場があったことを思い出す。
「す、すごいな火事場のバカ力……」
我ながらすごい脚力だ。
とまぁそんなことはどうでもいい。
色々とごちゃごちゃしていて帰りづらそうではあるが、地図アプリを使えば何とかなるだろう。
「よし、今度こそかえ――」
「おいそこの姉ちゃん。いい面してんねぇ」
「⁉」
急いで物陰に隠れる。
自分に声をかけてきたのかと思ったがそうではないらしく、声のする方を見てみると絡まれていたのは姫野さんだった。
「な、なんですかあなたたちは」
「こっちのセリフだからねぇ? ここ、俺たちの縄張りなわけだし」
はっ! そうだ!
この工場地帯はヤンキーの溜まり場で有名! 近づいたら最後だと噂で……。
「それにしたって君、可愛いねぇ。ななな、俺たちとイイことしなぁい?」
「いや、私は人を……」
「楽しませてやるからさぁ?」
数人に囲まれて完全に委縮する姫野さん。
こ、この状況はマズいだろ!!!
誰か助けに……って、誰もいるわけない!!
け、警察! 警察だ! 日本の優秀な警察ならだいじょ――ダメだぁ⁉
今通報したって先に姫野さんが嫌な目に遭ってしまう!
あぁー終わった! 誰も助けられる人がいない! なんてこった! なんて日だぁぁぁぁ!!!! ――いや待てよ。
「…………冴島、冴島太郎が、ここにいる?」
そうだ。誰もいないわけじゃない。
俺だ、冴島がいる。
……でででででも!! 俺がいたところであんな奴らに勝てるわけないし!
見ての通りガリだし、陰キャだし、卑屈だし、勉強もできないし!
友達もいないし、女の子と目を見て話せないし!
姫野さんにはハニトラを仕掛けられるくらい、チョロそうな奴だし!
俺なんかが、何かできるわけがない。
冴島は結局、何もできない弱い奴で――
「冴島さん……っ!」
その刹那、脳にビリッと電流が走った。
たまたま近くにあったバイクにまたがり、聞かせるようにエンジンをかける。
「な、なんだ?」
とにかく最短距離。
姫野さんへの最短距離を目指して、俺は目の前にあったゴミ袋の山をそのまま突っ切った。
「⁉」
「なにが起こってんだ⁉」
散らばるゴミに、猛スピードで宙を舞うバイク。
ヤンキーたちが俺を避けるように姫野さんから距離を取った瞬間を見逃さず、姫野さんの目の前にバイクを止めた。
「早く乗って!」
「え?」
「早く!!!!」
「は、はい!」
姫野さんを後ろに乗せ、すぐさま発進する。
あっけに取られたヤンキーたちをどんどん置いて行き、その勢いで工場を出た。
「さ、冴島さん……」
「もう大丈夫。随分と遠くまで来たから、あいつらは追ってくるはずが――はっ!」
夢から覚めるように、今の状況を理解する。
おおおお俺は何をしてるんだ⁉
気づけばバイクで姫野さん後ろに乗せて、ヤンキーから逃げて……!
というか姫野さんは、俺に罠を仕掛けてきてる危険人物だろ!
「お、降りてください姫野さんッ!!!」
「この状況でヒロインを降ろす主人公がどこにいますか!!」
「す、すみませんッ!!!」
怒られて反射的に謝ってしまう。
「全く、冴島さんはよく分からない人ですね」
呆れたようにため息をつく姫野さん。
「……でも、私はそういう冴島さんが好きなんです」
「っ!!」
あまりにも感情がこもった姫野さんの言葉に、何も言い返すことができなかった。
姫野さんは俺の背中に手をあてて、続ける。
「前にもこういうことありましたよね?」
「ま、前にも?」
「はい。私が街で男の人に絡まれてた時に、冴島さんが私を助けてくれて……」
「そんなこと……あ」
思い出した。
三か月くらい前の話だ。
街を歩いていたら、たまたま姫野さんが三人くらいのチャラそうな男たちに絡まれていたのを目撃した。
俺は当然たすけ――ようともせず、怖いなと思って逃げようとしてたんだけど、
「チュウ?」
「うぎゃあああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!」
ばったり遭遇したねずみを見てパニックになり、そのまま姫野さん方面に奇声を上げながら疾走。
「なななんだなんだ⁉」
「通り魔でも出たんじゃないか⁉」
「お、おい! 俺たちも逃げるぞ!」
ってな感じでチャラ男たちがその場から立ち去った。
「はぁ、はぁ。ねずみがいるなんて、俺はツイて――あ」
じっと俺のことを見つめる姫野さん。
美少女と急に目が合って汗がぶわぁっと吹き出し、そして――
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!」
「えぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ってな感じで、俺も立ち去ったのだった。
「その時からなんですよ? 私が冴島さんを意識し始めたの」
ど、どこに俺を意識し始める要素があったんだろう。
聞く限りかなりダサいのに。
「そこから気づけば冴島さんのことを目で追っていて……きっちりと掃除をしてるとことか、落ちてるペットボトルを拾って捨てるとか、そういういろんな一面を知っていって……私、冴島さんのことが好きになったんです」
「ひ、姫野さん……」
「私、すごく冴島さんのことが――好きです」
「ひゃあっ⁉」
姫野さんが俺の腰に手を回す。
そして背中全体を包み込むように抱きしめてきた。
「ひひひひ姫野さん⁉ そそそんなことしたら……」
「いいじゃないですか。こうしてないと危ないですし」
「…………」
何も言い返せない、いろんな意味で。
俺はとにかく事故らないことだけを意識してバイクを走らせた。
そしてすぐに学校付近に到着した。
「ありがとうございました、冴島さん」
「い、いえ。俺は何も……」
「あの、冴島さん」
「は、はいっ!」
「もう一度言います、けど……」
一度大きく深呼吸をし、胸に手を当てて。
どこまで純粋で、真っすぐな瞳で俺を見つめ、姫野さんは言った。
「――私、冴島さんが好きです! だから私と、付き合ってください!!!!」
夕方の街に、姫野さんの告白が響く。
この表情、この言葉のどこに嘘がある。
いや、あるわけがない。
赤く染まった頬も、ぷるぷると震えたその細い指先も。
全部が全部、俺に好きだと伝えている。
それを罠だなんて言ってしまうのは、人間として失格な気がした。
「ひ、姫野さん! お、俺、俺、も……」
あぁ、そうか。
こんな俺でも、こんな俺でも!
好きになってくれる人が、いたんだな――
「や、やっぱりこれは罠だぁぁぁぁぁ!!!!!」
「えぇ⁉」
「赤い頬は夕陽だし、震えた手はさっきの恐怖がまだ残ってるんだそうに違いない!」
「急に何言ってるんですか⁉」
「というか、そもそも冴島を好きになる女の子がいるわけない! 思えば掃除をちゃんとやる高校生なんていくらでもいたッ!!!」
「それだけじゃないんですけど⁉ っていうか冴島さん、自己評価低すぎません⁉ 私、世界一愛してるんですけど⁉」
「え、ヤバい、うれ――ちょぉおい!!! 出たな精神攻撃!!」
「だから特殊能力持ちじゃないんですけど私!!!」
このまま対面していては、罠に落ちてしまいそうな予感がする!!!
よし、逃げよう! 俺には盗んだバイクがある!!!!
「盗んだバイクで走りだすんだぁぁぁぁ!!!!!!」
「冴島さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!!!」
行く先も分からない。
それでも俺はとにかく逃げる。
だってそうだろ?
お、お、俺に美少女様が告白なんて罠に決まってるでしょ!
――完