二人の秘密
「やったじゃねーかふたりとも!」
「おめでとうオムレット、シェル君も」
翌朝、僕らはクラスメイトたちから祝福をうけた。
「あっ、ありがとう」
「がんばったわよ!」
あんなことがあったのに、オムレットは流石というかなんというか。いつもどおりで堂々としている。女の子って凄い……。
「卵を割るときゃ流石に心臓に悪ぃよなぁ、最後は度胸だけどよ」
「そうですね、悪魔だったらどうしようって」
カラザ君とメンブランさんが真っ先に喜んでくれた。あれやこれやと話しをしているうちに、僕もだんだん緊張がほぐれてきた。
竜と悪魔のキメラ、ハイブリッドが生まれたことを僕らは内緒にすることにした。
僕とオムレットの秘密。
罪悪感はあるけれど共犯者になった。
「君たちにも出来るかもしれない、そう信じていた僕の予想通りだね」
「庶民なのに素晴らしいことですわ」
ボイルド様とベネティクトさんは微妙に、というか包み隠さずイヤミっぽい。けど、彼らなりにお祝いしてくれる気持ちなのだろう。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
朝の授業が始まる前の教室は、みんなとのおしゃべりで忙しくて楽しい。
「お誕生おめでとー!」
「二人の愛の結晶だね」
フライドさんとポーチドさんがからかってくる。
「あっ……愛て」
「フッ、そうよ私たちは大人の階段を上ったの」
余裕の笑みで頬にかかった髪をふりはらうオムレット。
「シェル、あんたオムに何をしたのよ!?」
「な、何もしてないってば!」
「密室だからって、ハレンチなこと?」
フライドさんとポーチドさんに絡まれる。
「いやいや!? オムレットも何か言ってよ!」
「……内緒」
「ちょっと!」
誤解されるようなことを言わないでほしい。僕はすこし青ざめたけど、オムレットは笑っている。
「怪しい」
「これは」
彼女らにジト目で睨まれたけど、やましいことなんて……。ある。いや、ありすぎる。ていうかやましいことだらけだよ。
生まれた竜――実は悪魔入り――には審問官がタグをつけて、聖布に包んで連れていった。すぐに二年生の育竜学科塔で保育するのだという。
悪魔と一体化していた竜の子。
僕らは秘密にすることにした。
胸のうちに仕舞っておく。
ふたりの秘密。
万が一バレたら知らぬ存ぜぬ、竜に見えたとシラを切りつづけるしかない。でなければ僕とオムレットは暗い地下室に封印されていただろうし、あの竜の子も、心臓となった悪魔もそこでおしまいだった。
僕らと、竜と悪魔。三竦みの共謀。
秘密を共有して生きる道を選んだ。
いつもどおりのクラスメイトたちの様子を眺めながら、つい思ったことが口からこぼれる。
「……戻ってこれてよかった」
「シェル、いい? これから何度でも、ここにもどってくるわよ! コツはつかんだんだからね」
「そ、そうだね」
「そうともよ!」
自信に満ちたオムレットの顔にホッとする。
よかった、いつもの彼女だ。
だけど――。
ひとつだけ気掛かりなこともあった。ランブル君とヨークさんのことだ。
竜卵鑑定学科ではちょっと嫌な時もあったけど、一年をとおしてずっと過ごしてきた。ふたりはどこに消えてしまったのだろう。
「そうそう、シェルたちの使った地下の部屋……。ランブルとヨークが前日に鑑定で使った部屋なんだってな」
カラザ君が自分の机に腰かけたまま、審問官から聞いたという話を教えてくれた。コミュ力高くて友達の多い彼らしい情報に驚く。
「えっ、じゃぁ」
「そう! あいつらは生きてる! 失敗して悪魔が生まれて、食われちまったわけじゃぁねぇ」
ニッと笑うカラザ君。やっぱり元クラスメイトのことが気になっていたみたい。
確かに夕べの儀式で部屋には何の異常もなかった。
「……さぁ、授業をはじめますよ!」
先生がやってきて僕らは席に着いた。
授業をうけて、放課後になり新しいニュースが飛び込んできた。
情報源はフライドさんとポーチドさんだ。
オレンジ色に染まった教室で、声を潜める。
「昼にね、食堂で先輩に聞いたんだけど……。竜卵回収隊に新人が二人入ったんですって」
「えっ?」
「それが、特徴がランブルとヨークなのよね」
「まさか」
「その先輩、ランブルとヨークの顔知ってるから。以前ちょっとモメたことがあるから、見間違えるはずないわ」
「ってことは」
顔を見合わせあった。
竜卵回収隊とは魔法学園直属の冒険者部隊。王国直営のパーティで、野生の狂暴な竜や、恐ろしい悪魔が巣食う魔境エリアに遠征、命がけて竜の卵を回収してくる。戦闘のエリート部隊。
だけど魔法だけじゃない特殊な能力者もいるという噂もあった。
「二人の雰囲気が違ってて、顔や腕に黒い呪詛みたいなものが浮かんでいたって……きゃー!」
「悪魔に半分、内臓とか食べられちゃった人じゃんそれ!」
フライドさんとポーチドさんが悲鳴を上げる。
ランブル君とヨークさんの身の上に何が起きたのか。もう知る術はない。僕らもギリギリの選択を迫られたように、彼らも実はギリギリの選択を迫られ、運命が変わったのかもしれない。
確証のない妄想だけが頭に浮かぶ、
「でも安心した。二人は一緒なのね」
オムレットの言葉にフライドさんとポーチドさんが顔を見合わせて笑う。
「そこ!? まぁあの二人、仲良しだったもんねぇ」
「悪魔に食われても、一人だけ逃げたりしなさそう」
いえてる。それはなんとなく同意する。
生きているなら、きっとまた会える。
夕日が静かにムーンフォール山脈の向こうに沈んでゆく。幾重にも折り重なった雲が、赤から黒へグラデーションを描いている。
世界は果てしなく広い。
恐ろしいはずの暗黒領域、魔境と呼ばれる先まで世界は広がっている。そう考えると僕らの抱えた秘密なんてちっぽけに思えてくる。
「なんだか世界が変わった気がする」
「そうね、景色が違って見えるわ」
オムレットが微笑みながらまっすぐ僕をみつめている。窓際にいる彼女の髪を夕日が赤く染めている。
「大人になった気がする」
「シェルはまだ子供よ」
「なに教室で見つめあってんの!?」
「アンタら……急に仲良しになったわよね、ホントになんかあった?」
「「ないない!」」
「そういうとこ!」
「息がぴったりだし」
フライドさんとポーチドさんにツッこまれて、僕らは慌てて別の方向を向いた。
二人とも同じ気持ちなのは間違いない。気持ちの共有、同じ秘密を抱える相棒。そう考えると不思議な感じがした。絆とか友情とか、そんな大それたものじゃないけれど。
「地下室で何があったの?」
「はくじょうなさいー!」
彼女たちは何か勘違いをしている。けど当たらずといえども遠からず。
オムレットと僕は秘密を共有している。
学園やみんなを騙す、嘘をついている。
バレたらどうなるかわからない。
ドキドキするけど平静を装う。
「「ひみつ」」
僕らは人差し指を唇にあてた。
秘密はとても甘美なものらしい。
<了>
お読みいただき、ありがとうございました。