覚悟と約束
◇
「ランブル君とヨークさんは昨日付けで、本校を退学となりました」
教室で開口一番、メンドゥリ先生が言った。
学年主任の女性教師は、三角形の特徴的なメガネの縁をくっと持ち上げ、
「一身上の都合によるものです」
と付け加えた。
「「「「えっえぇええ!?」」」」
朝日の差し込む教室に、クラスメイトたちの声が響いた。
僕とオムレットも驚き視線を交わす。
「悪魔を孵化させちゃったとか?」
「地下室で悪魔と一緒に石像!?」
ゾッとする想像が脳裏に浮かぶ。
「お静かに。なお、昨夜二人が行った『竜卵鑑定の儀』は成功しました。竜を見事に孵化させたことを皆さんには報告しておきます」
メンドゥリ先生はいつも厳しい。けれど珍しくニッコリ微笑んで教室を見回した。
「「えっ」」
てっきり失敗して悪魔に食い殺されたとか、部屋ごと石化魔法樹脂で固められたとか、そんな想像をしていた僕らは息を飲んだ。
「「成功!?」」
「「すごい」」
教室が静かなざわめきに包まれる。築何百年という学園の教室は、壁も天井も黒く色あせて暗くて冷たい。
「お静かに。皆さんもがんばりましょう」
築何百年の魔法学園の教室で、浮かび上がるような先生の白塗りの顔が恐ろしく思えた。
「先生、成功したのにどうして退学したんですか?」
「おかしいわ、私たちに一言も挨拶もないなんて!」
フライドさんとポーチドさんが手を挙げて質問した。みんな同じ疑問を抱いているはずだ。
「プライベートな事ですから申し上げられません。さぁ授業をはじめますよ」
先生は取りつく島もない。
その日の授業はあまり頭にはいらなかった。
一限目の授業はムーンフォリア大陸の歴史、二時限目は大陸公用語、三時限目は魔法理論基礎。黒板に書かれた字をノートに書き写す。
しっかり書いておかないと、あとでオムレットに「シェルのノート写させてよ」と言われるし。
昨日まで一緒だったランブル君とヨークさんの席は空席のまま。昼休みになると用務員のおじさんたちが来て片づけてしまった。
「シェル、いきましょ」
「うん」
僕とオムレットは学食へと向かった。
昼休は食事などとらず、クッキーとお茶のセットなどで軽く済ませることが多い。
「ちょっと! 聞いて」
「わっ」
オムレットが女子たちの輪から離れ、滑り込むように横に座った。顔を僕に近づけて、
「女子たちの噂だと、ヨークさんの部屋はほとんどそのままだったそうよ。用務員のおじさんたちが片づけてしまったですって」
「急な退学だったんだね」
「ばかね、学園が隠そうとしているのよ」
「うーむ」
何だか退学ではなく「失踪事件」めいてきた。
「さっき、二年の知り合いと話したんだけどよ」
「え?」
今度はカラザ君が通りすがりに話しかけてきた。
二年は育竜学科、つまり卵から生まれた竜を育てている。
「今朝、竜なんて受け取っていないんだとよ」
「えっ!?」
「退学した二人が孵化に成功させたってたのは、ありゃ嘘だ」
カラザ君が声を潜めた。
「そんなすぐバレる嘘を、なんで先生が」
思わず周囲を見回す。
カラザ君の相棒、クラス委員長のメンブランさんは、少し離れた席でフライドさんとポーチドさんチームと小声でおしゃべりしている。消えた二人のクラスメイトの話題でもちきりなのだ。
「俺たちには知るすべはねぇよ。先生の言う通り一身上の都合ってんだから」
大柄の身体を隣の椅子の背もたれに預け、カラザ君は腕組みしたまま天井を仰いだ。
「二人の退学ってのも嘘っぽいね」
僕はゴマ味のクッキーをかじり、ひとつ疑問が浮かんだ。
二人はどこにいったのだろう。荷物をおいたままなんて。本当に学園を去ったのだろうか?
竜卵鑑定に失敗して悪魔が生まれた。そして二人がどうなったかわからない。学園はそれを隠ぺいしようとしているのかも。
何より不安にさせるのは、今日の夕方から僕とオムレットが「竜卵鑑定の儀」を行う番だということだ。
次に消えるのは僕らの番かもしれないなんて……。
夕方になるまで、僕とオムレットは三階屋上にある展望フロアで時間をつぶすことにした。というか作戦会議だ。
展望フロアから見回すと、周囲をぐるりと険しい山々が囲んでいる。巨大な円形盆地であるムーンフォリアの中心にこの魔法学園は建っていた。たなびく雲の下に、広大な農地と草原、森と川。周囲を湖に囲まれたリューゼリオン王国の街がひろがっている。
「失敗したらどうしよう」
「しないわよ失敗なんて」
不安なくせにオムレットは強気を崩さない。
遠くを見つめる彼女の髪を風が揺らしている。
「もしもの話だよ」
「……女の子たちが言っていたわ。万が一悪魔が孵化してしまったら、部屋は特殊な魔法で満たされる。悪魔の動きを封じる魔法よ」
「石化魔法樹脂だよね」
カチコチに固めてしまうという、例の。
「そうしたら永遠に出られない。そうしたらきっと退学……扱いになるのよね」
「そんなの……嫌だ」
やっぱりオムレットは不安がっている。それは僕だって同じだ。
「なんだか怖くなってきたわ」
表情に影を落とし、オムレットが自分の腕をさする。
今まで平気だった竜卵鑑定が急に恐ろしいものに思えてきた。竜の卵だとおもっていたものが、悪魔の卵かもしれないのだから。
悪魔が生まれてしまったら……。
その時、僕はどうするだろう。
怖くて何も出来ないかもしれない。
食べられてしまうかもしれない。
部屋は一瞬で死に満たされる。
できることは……あまりないかもしれないけれど、覚悟ぐらいは決めておかなきゃだ。
ぎゅっと拳を握りしめる。
「そのときは僕がオムレットを守るよ」
「……シェル」
眩しい夕日の逆光で思わず目を細める。
彼女の表情が良く見えない。
「逃がしてあげる、命に代えても」
真面目な顔で言ってから後悔した。
あれ、なんかこれって死亡フラグっぽい?
「か、カッコつけんなシェルのくせに、ばか!」
グーパンチで胸をポカっと殴られた。そして彼女は僕の胸に飛び込んできた。
「っぁ!?」
「でも……ありがとう」
「お、うん」
そうだ。
悪魔が出てきたとき、相棒であり友だちの彼女を守れるのは僕しかない。
何が何でも、絶対に。
「二人でまたあした夕陽を見ましょう」
「うん、そうだね」
僕らは約束をした。夕日に染まる彼女の顔は笑顔で赤くそまっていた。
それから一時間後。
僕とオムレットは地下の竜卵鑑定の儀へと向かった。
狭く薄暗い部屋の中心、魔法円が描かれたテーブルの上には「竜の卵」が置かれていた。
重々しい鉄の扉が閉ざされた後、僕らは顔の位置に腕を持ちあげて力強く掴みあった。
「「勝負!」」
絶対に今度こそうまくいく。
竜を孵化させてやる。
<つうく>