悪魔と封じられた部屋
◇
「あぁもう」
「最悪だわ」
僕とオムレットはトイレ掃除当番になった。
朝の鍛練という名の労働「ニワトリのたまご集め競争」でビリだったからだ。これで放課後のトイレ掃除は僕らの役目となった。
朝の鍛練から解放された僕らは、学食で朝食をとっている。
授業開始までゆっくり朝御飯を食べ、寮に戻る時間もある。長テーブルに向かい合う僕らのほかに、周囲には一年生全員が揃っていた。
「惜しかったのになぁ」
「ホント、マジムカツクあの先生」
オムレットは怒りながらスクランブルエッグの大盛りをかきこむとパンをかじった。僕はいつものハムとチーズのサンドイッチ。
「同数だがこれは昨日の卵だ! だってさ」
僕は先生のモノマネをした。
「似ててイラつく! 朝から血圧あがるわ!」
「いつも高そうじゃん」
「だまらっしゃい!」
ほら。
遠くでおんどりが鳴いている。
中庭に放し飼いにされているニワトリは全部で百羽ほど。朝になるとあちこちに好き勝手卵を産む。
庭木の根本、草むらのなか、水壺の陰。適当に探しても卵は見つけられるけど、卵の声を聞くスキルを生かして「存在を感じとる」鍛練らしい。
ちなみに一位はカラザ君とメンブランさん。
メンブランさんが探知してカラザ君が走る。ゴールデンコンビだ。
二位はランブル君とヨークさん。同郷の幼馴染みだという二人は息もぴったり。ちょっとズルイって思う瞬間もあるけど、うまく分担して効率良く集めたってことだ。
三位はフライドさんとポーチドさんの女子コンビ。きゃっきゃと楽しげで「雌鳥さんの気持ちになって探しましょ!」と楽しみながら次々に見つけていた。
そして意外にも僕らと最下位を競ったのは、なんと貴族階級エリートの二人組。ボイルド様とベネティクトさんコンビだった。
「はっはー、どうも朝は苦手でね」
「私も血圧がひくくて、うふふー」
本当は優秀な二人組なのに、セカセカ動く気がないらしい。動きもおっとりと優雅。まるで散歩でもしているかのよう。
「ありましたわ、こちらに」
「おや、とても良い卵だね」
二人だけ空気が違う。丁寧に拾うものだから、速度勝負だと負けてしまう、というか最初から争うつもりもない感じ。
一位のカラザ君は朝から全力ダッシュ。体力バカなので勝負に強い。
僕らは……といえば。
「それは俺が先に見つけたんだッ!」
「えっ、そんな……」
横からサッと卵を奪われた。
ランブル君はいつも要領が良くてすばしこい。先生ウケもいいし、そつなくこなすタイプ。
「……オムレットの相棒、ダッサ」
ランブル君の相棒、ヨークさんも見た目は普通の女子なのにちょっと陰口が多い。ボソッとこぼす一言が突き刺さる。
「なにやってるのよシェルのアホ!」
オムレットの頭に血が昇ることを狙っているのか、あれじゃ彼女が得意な卵検知スキルも狂う。
心乱され、不確かな指示を出すオムレットとのコンビがうまく行くはずもなく……。
結局、僕らと同数の10個を集めた貴族さまコンビとが最下位となった。
けれど先生はカゴの中の卵をじっと見つめ、
『同数だがシェルとオムレットを最下位とする』
と言った。
「「えぇえ!?」」
貴族さまコンビも同数。これは同時にトイレ掃除当番だね、ひっひ、ざまぁ……。と仄暗い愉悦を感じていた僕の期待は打ち砕かれた。
『シェルの拾った卵、これは昨日の卵だ!』
先生はそういって胸を張った。
「そんなぁ」
ってそんなのアリ?
◇
「ほんとうかな」
「絶対うそよ!」
僕とオムレットは顔を見合わせ、拳で食堂のテーブルを叩き合った。腹立たしいなあの先生。
「ははは、悪いね君たち」
「働く姿は尊いですから」
ボイルド様とベネティクト様がこちらをみて微笑まれた。トイレ掃除を尊い労働とは。清らかなお嬢様なので単語を口することさえ嫌なのだろう。
「うぅ」
「ぐぅ」
意外に性格悪いわね。
とオムレットが目配せをしてきた。
うん、と同意する。清楚なお嬢様だと思っていたけど、悪気無く他人を傷付けるタイプかも。
優雅に特注のティーカップで紅茶を楽しまれている二人は、いろいろ特別待遇。トイレも専用があるという。
実際、貴族階級出身の二人にトイレ掃除なんて、学園としてさせるわけにはいかない。そんな大人の事情、忖度なのだろうけど。
◇
「貴族用トイレを汚しておこうかしら」
「ダ、ダメだよそんなこと」
「冗談よ!」
頬を膨らませる彼女。僕はいつからオムレットの子守り、お目付け役になったんだ。
朝食を終えて、授業の行われる本館へ。
授業用の教科書とノートを取りに戻って、それからオムレットと再び合流、冷たい石畳の廊下を進む。
「明後日の孵化、今度こそ成功させましょ!」
「うん。だけど卵の中身だけはどうしようもないんだよね」
「卵を選ぶときから勝負は始まってるの!」
「それはそうだけどさ」
竜の卵はランダムに渡されるわけじゃない。
並べられた卵のなかから気に入った卵を選ぶ。
その段階で「これだ」と、勘と運が良ければ本物の竜の卵を引き当てることができる。
勝負は卵選びからはじまっている、という彼女の言葉は間違っていないのだろう。
現に貴族エリートな二人組は三つも正解を引き当てている。
うーん。
それって……。本当かな。
朝の卵探し競争が思い出される。
何か「ひいき」みたいなこともあるとか?
いやいや、そんなことあるはずない。大人には竜の卵も悪魔が潜む卵の声も聞こえない。事前に都合良く渡すことなんて不可能だ。
あくまでも選ぶのは僕らの側なんだから。
「シェル、どうしたの?」
「あ、うん別に」
先をゆくオムレットの後を追う。
歴史を感じさせる荘厳な造りの学園校舎は、もともと大聖堂だったらしい。いまは美術館のように左右には歴代魔法使いの肖像画や、ドラゴンたちの勇壮な絵画が飾られている。
地下に向かう階段脇を通る。
この下は魔法の封印エリア。枝分かれした廊下の先にはいくつもの小部屋があり、鉄の扉で塞がれている。
昨日、僕とオムレットもその中のひと部屋で「竜卵鑑定の儀」を行った。
卵鑑定つまり孵化直前に悪魔を見破る儀式が行われる場所はすこし怖い。
一人だと絶対入りたくない。
それにここを通ると空気が冷たくて重苦しい。悪魔の卵をブチブチ潰しているんだからそりゃそうか。
「……ねぇ知ってる?」
「な、なに?」
薄暗くて静かな人気のない廊下。オムレットが肩を寄せてきた。ふわりと甘い匂いがする。
「失敗して悪魔が生まれちゃうと……」
「う、生まれちゃうと?」
「その部屋ごと封印されて出てこれないのよ」
「えっ!? うそ、魔法で悪魔を封じているから、出てこれないって」
「表向きはね。本当は石化魔法樹脂を部屋に流し込んで、子供ごと固めちゃうんですって。悪魔ごと封じるためにね」
「こ……怖っ!」
うそでしょ、そんな。はじめて聞いた。
愕然とする。
確かに地下には開かない扉があちこちにある。
先生は「そこはもう使えないから」と言っていたっけ……。
「なんてね、あはは、怖がりねぇシェルは」
「怖いよ! オムレットだって」
すこし強ばってるじゃん。僕の腕を掴んだままの彼女の指先が冷たい。
震えてる?
確かに、失敗したときのことなんて考えてなかった。もし悪魔が卵から出てきちゃったら、どうなっていたのだろう?
昨日だってギリギリだった気がする。
「なに、こんなところでイチャついて」
「おまえら、トイレ掃除何度めだよ?」
声をかけてきたのはランブル君とヨークさんだった。小馬鹿にしたような声にむっとする。
「「べつに!」」
声が被る。
「今日は私たちが孵化の儀式なのよ」
「貴族さまチームに並んでみせるぜ」
竜卵鑑定の儀、今日はランブル君とヨークさんの番なんだ。
「あ、がんばって」
僕はかろうじて答えた。
「竜だといいわね」
オムレットは真逆のことを思っているであろう言葉を返す。
「上手くいくわ、私たちなら」
「おまえらよりは、ずっと上手くやる」
自信に満ちた表情を僕らに向けて、二人は悠々と去っていった。
「なによ、性格悪い」
「息はぴったりだけど」
隣でくすくすオムレットが笑う。
けど――。
それが二人を見た最後だった。
<つづく>