竜卵鑑定学科の一年生
「シェルはまたハムチーズサンド?」
オムレットが僕のメニューを見て同情の色を浮かべる。
「食べられるのがこれだけだったの」
学食のメニューは玉子料理が多い。
僕は「玉子の呪い」(※卵アレルギー)のおかげで食事には気を使わなきゃならない。卵を食べたら呪いで苦しむことになる。全身が痒くなったりブツブツが出来たり。半熟の玉子なんて食べた日には寝込んでしまうからだ。
「お気の毒に」
彼女の同情に天を仰ぐ。学生食堂の天井は高くて、教会の礼拝堂を思わせる造り。魔法の光を放つシャンデリアが整然と吊り下げられている。
夕飯時ということもあり学食には他にも大勢の生徒たちが食事を取っていた。大勢といっても学園全体で百人ほどだけど。
青いジャケット風の制服を着ているのが、僕やオムレットと同じ「竜卵鑑定学科」つまり一年生だ。
「前世で一体どんな悪いことをすれば、そんな呪いを受けるのよ?」
オムレットはズケズケものを言う女の子だ。
髪は肩のあたりで切り揃えていて、栗色でサラサラしている。瞳の色はグリーン、挑戦的な眼差し。黙っていれば凛々しい女子って感じなのに、時々イラッとする言動が多い。
「前世で悪魔の卵を割りまくったのかも」
鉄板の冗談だけど、あながちそうとも言いきれないのが怖い。悪魔に食い殺されて転生でもしたのかもしれない。
「今と同じじゃないの。そういえばシェルは今日で8個目よね、叩き割ったの。悪魔に恨まれるわけね、キャハハ」
物言いがストレートすぎるせいか、クラスでは女子の友達があまりいないと見える。
「……」
僕はハムとチーズのサンドイッチを頬張った。
オムレットが嫌だろうと思って、代わりに悪魔入りの卵を割ったのに。デリカシーの無いヤツだと思うけど口には出せない。僕にとっても数少ない友達だから。
「こんな美味しい玉子料理が食べられないなんて。いつもながらシェルは不幸ねぇ」
オムレットの目の前には、厚焼き玉子と茶碗蒸し。親子丼をばくばく美味しそうに頬張っている。
「お気になさらず」
僕もハムチーズサンドを食べてジュースで流し込む。
王立魔法学校は寮費も食費も授業料も、すべてタダなのは嬉しい。
けれど学生食堂のメニューは改善を求めたい。メニューのほとんどが玉子料理なのだから。スクランブルエッグに味玉、厚焼き、オムライス、親子サンド。
どれも大量に卵を使っている。
噂では「竜の卵」を採集してくるギルドから卵を買い取る際、分類不能な生き物の「卵」も大量に仕入れてしまうためらしい。
それとメニューに「ハンバーグ」とあっても油断できない。頼んでもいない「玉子載せ」だったりするからだ。学生食堂のオバちゃんやシェフさんに僕の「玉子の呪い」は理解してもらえないし。
「……今日はありがとね、シェル」
「え?」
「気を使ってくれて。あたしさ、今度こそこの子は竜だって信じてたの」
「そか」
なんだ、いちおう落ち込んでたのか。彼女なりに今日のことはショックで悲しいのだろう。
悪魔の卵を見つけ出し叩き割る。
でも10個のうち8つは偽物だ。悪魔の卵だと判断したら叩き割る。
卵を一週間ほど人肌で温めて「声」が聞こえはじめたときの嬉しさったら無い。今度こそ竜かもしれないと期待する。だから割る瞬間は胸が痛む。
「よっ、シェルとオムレット、今日もダメだったんだって?」
「ふたりとも、落ち込まないで」
同じ竜卵鑑定学科一年のカラザ君とメンブランさんだ。
赤毛で背の高いカラザ君は元気なヤツ。体育の授業ではいつも張り切っているし、剣術でも一番強い。
髪をお下げに纏めているメンブランさんは真面目でおとなしい。クラスの学生リーダーをしていて面倒見がよい。だからこうして話しかけてきてくれたのだろう。
「ありがと、平気よいつものことだもん」
オムレットは気にしていないと強がりを言う。
「8戦連敗だけどね」
僕らはまだ一度も当たりの竜を引き当てたことがない。
「仕方ないってシェル! 俺らだってたまたま偶然、十個目でようやく当たったんだぜ? しかも危なく割る寸前で、メンブランに『やっぱり本物かも!』って羽交い締めにされてさ」
あはは、と笑う。
カラザ君は一匹の竜を孵化させている。
つい先日のことだ。本物の竜を引き当て、割らずに翌日孵化させることに成功した。
先生にも誉められてメダルを進呈された。制服の胸で光る銀色のバッジがその証。
間違って本物の竜の卵を割ると最悪だ。大目玉で先生に叱られ、ネチネチ嫌みを言われる。おまけに反省文とレポートを書かされる地獄が待っている。
二人は夕食を選びに去っていった。
「……あの二人、付き合ってるんですって」
「えっ、あっ、そうなんだ」
ふーん。
お似合いかも。
てか付き合うってなに?
「仲いいものね!」
「……」
「なんとか言いなさいよ!」
「えぇ……?」
僕らも仲良しじゃん、とか言えばいいのかな。女の子はほんとうによくわかんない。
「それより、二年生になっても孵化した竜とマッチングできるとは限らないんですって」
「そうなの?」
孵化に成功した幼い竜は、そのまま自分の物になるわけじゃない。すぐに「育竜学科」つまり二年生が引き取ってゆく。
別棟の二年生棟で竜を保育、ある程度まで育ててゆくことになる。
これが大変で、二年生は授業と、竜の飼育でいつもヘトヘトだ。緑の制服を着た二年生も食堂にいるけれど、みんな疲れている感じがする。
竜魔法学園ヒヨランドでは、卵を鑑定できる年齢の間は一年生あつかいだ。
ここは不思議な学園だ。
一年生のうちは「竜卵鑑定学科」に所属し、普通の読み書き算術、体育、剣術などの授業を受けながら割り当てられた卵を温め、孵化寸前まで温めてそして「声」との対話を試みる。
だけどその声が聞こえなくなると、二年生に進級し「育竜学科」となり育成に励むことになる。この段階で高等学科を修了したことで退学する子も多いという。実際は竜に気に入られず、魔法を授かる見込みの無い生徒たちらしい。
三年生になるといよいよ「竜魔法学科」として本格的に竜から魔法を授かり魔法使いへの道を歩むことになる。これはほんの一握り。三年生は赤い制服を着ているけれど見かけることは少ない。今年は数人程度しかいないのだとか。
「それにしても、シェルは卵の声を聞き取るのが上手よね」
「そうかな?」
珍しくオムレットに誉められた。
「その調子なら五年ぐらい続けられそうね」
意地悪く笑うオムレット。
「嫌だよそんなの!」
前言撤回、からかわれただけだった。ほっぺたについている食べかすのことは教えてやんない。
卵の声を聞く竜卵鑑定学科は、せいぜい在籍して一年か二年。短い人だと半年たらずで修了する。最長記録で三年半ほど続けた人もいたらしい。
<つづく>