竜のたまごの見分けかた
『魔法の力が欲しくはないか……?』
「聞こえたわ! 竜の卵からの声! ねぇシェルも聞こえたでしょ!?」
オムレットが歓声をあげた。
切りそろえた栗色の前髪の下で目をキラキラと輝かせる。
「聞こえたけど、すこし静かにして」
卵の中から声は聞こえた。けれど油断はできない。
指先で卵の殻に触れる。
中からかすかに生き物の気配がする。ここ数日以内には孵化するだろう。
「絶対これは本物のドラゴンよ、優しい声だったもの」
「うーん、どうかなぁ」
「何よシェルったら」
ぷく、とオムレットはほっぺたを膨らませた。
僕と彼女は机に向かい合っている。
薄暗い部屋に僕らは二人きり。魔法円が壁や床にびっしりと描かれた部屋は狭く、窓は無い。魔法の結晶石が蝋燭のような淡い輝きを放ち、唯一の出入り口は外から封じられている。僕らがこうして「竜卵鑑定の儀式」を行っている間は、開かない仕組みなのだ。
目の前には卵がひとつ。
銀製のエッグスタンドに乗った卵は、白くて鮫肌のようなザラザラした手触り。ニワトリの卵の三倍ほどの大きさ。これは『竜の卵』つまりドラゴンの卵……のはず。本物だと断定できない理由は、中身が「悪魔」かもしれないからだ。
「悪魔は僕らに嘘をつく」
「わかってるわよ!」
そんなことはオムレットだってわかってる。
ここ、王立魔法学園ヒヨランドの竜学生なら誰だって知っている常識だから。
悪魔の言葉は甘くて、優しい。
望んだことを見透かして、心に入り込んでくる。
竜の卵が本物だったらいいな、というのはここにいる僕ら竜学生なら誰もが思うこと。だって卵から孵化させた竜は、魔法の力をくれるのだから。
竜がくれる魔法の力が欲しい。
本物の卵を見極めて孵化させて、竜を育てる。やがては魔法を授かって魔法使いになるのが僕の夢であり目的だ。
けれど竜の卵にはおよそ八割の確率で『悪魔』が寄生している。竜つまりドラゴンの子供のふりをして卵の中に潜んでいる。
「もういちど質問してみて」
僕はオムレットに目くばせする。
「ねぇ、あたしに魔法の力をくれるの?」
彼女は卵に向かって声をかける。
『ボクを温めてくれたキミが魔法を望むなら……』
「ほらみなさい!」
勝ち誇った顔をするオムレット。
「親切すぎる」
「そうかしら?」
孵化する少し前の卵の声に耳を傾ける。ここで正体を見破ることが大切だ。
竜卵鑑定学科には10人の生徒しかいない。
卵の声が聞こえる特殊なスキルをもつ、全員が僕やオムレットと近い歳の子たちばかりが集められ、それぞれ竜の卵を見極めるスキルを研いている。
「今日中に結論を出せるかな」
不安になってきた。オムレットとここで夜を明かすのは避けたい。
「あたしは本物だと思うけど」
「どうかなぁ」
「竜の卵は温めてくれた人間を親だと思うものだし」
「悪魔もこれぐらいは演技するよ」
悪魔は恐ろしい存在だ。
ひとたび卵から生まれてしまえば、殺せない。
不死で、不死身で、どんな武器も魔法も通じない。
解き放たれた瞬間から世界に災いをまき散らす。
学校の先生が教えてくれた話によれば、卵から孵化した「悪魔」は散々暴れまわるとやがて分裂。だんだん小さくなって無数のハエのように増えて世界に散らばる。
疫病が蔓延したり、作物が枯れたり、大洪水が起きたりするのはすべて悪魔どものせい。さらに悪魔たちは小さく分裂して、人間の心に入り込む。
人がだれしも「怒り」「嫉妬」「敵意」という悪しき心の闇を抱えているのは、全て大昔に解き放たれた悪魔たちが心を穢したせいらしい。
だから僕らは悪魔を見破る術を学んでいる。
大人になれば『竜の卵』の声は聞こえない。だから本物か偽物かを見分けるのは、僕ら12歳から14歳までの子供の役目なのだという。
『優しいキミに会いたいな……』
「ねぇシェル、これを孵化させてみようよ、あたし魔法が欲しい」
心なしかオムレットの目がトロンとしてきた。
悪魔の甘言、術中にハマってるんじゃないか。
優しい言葉、期待させる口ぶり。
悪魔は饒舌で、望むものをくれると嘘をつく。
反対に竜は尊い存在で、人間に厳しく敵対的。
だけど卵から温めて孵化させることで、懐いて魔法を授けてくれる。
だから見極めが難しい。
竜魔法、ドラゴマギアを手に入れた人間は魔法使いや魔女になれる。
尊敬されて、金が稼げて、楽しい人生が送れる……らしい。
僕も魔法使いになって、一生食いっぱぐれない安定した人生を送りたい。
まだ12歳でこんなことを考えているのは、食事にも事欠く貧しい家で育ったからだ。
幸い僕は「竜の卵の声を聞くことができる」スキル持ちだった。つまり魔法使いになれる可能性を、入学前の適性検査で見出してもらえたんだ。この恩恵を最大限のばしてがんばろうと思う。
僕は勝負に出る。
「どんな魔法をくれるの?」
『……それは、自在に金を生み出せる魔法! これでキミは幸せになれるよ』
僕の心の中を読んだらしい。
金を生み出す魔法だなんて。
間違いない、これは。
「偽物の卵だ」
「シェル?」
「竜は金や宝石が大好きなんだ。くれるわけないじゃないか」
『……ッ!?』
こいつは「悪魔」だ。
竜なら『金を生み出す魔法』なんて言うはずがない。竜は金や宝石が好きで巣に集める習性があるからだ。
自分の魔法で金が作れるなら集めたりするもんか。つまり竜を騙った偽物、悪魔ということ。
僕は手にハンマーを持った。
聖なる銀で造られた特別製のハンマーを。
「砕くよ」
「あぁもうっ!」
オムレットは悲鳴をあげて咄嗟に手で目を覆う。
自分が温めた卵が砕かれる瞬間を見たくないのだろう。だけど躊躇っちゃダメだ。
『お願いだ、割らないで……! ボクは竜だよ』
「うるさい黙れ」
『……やっ、やめと言っているだろうがクソガキャァアアア!? ブッ殺すぞぁああ!』
卵の声が豹変する。
激しい怒りの波動が卵から響き渡った。
「悪魔だわ!」
地の底から響くような悪魔の声。ビキッと卵の殻にヒビがはいる。
「破ッ!」
僕は思いっきりハンマーを振り下ろした。
『グギャッ!? おっ……おのれ、おのれぇああ人間めがぁ…………!』
卵はあっけなく砕け、中身が飛び散った。
特別製のハンマーだけが、生まれる前の「悪魔の卵」を砕くことができる。
ドロリと溢れ出たのは紫色の粘液だった。そこには無数の目玉みたいなものが交じっている。
「ひぇ!?」
不気味さにオムレットが悲鳴をあげる。
目玉どもは恨めしげに僕をギロリと睨んだけれど、空気に触れた瞬間、黒い霧のようになって消えはじめた。シュウシュウと蒸発した黒い霧は周囲の魔法円で浄化されてゆく。
「これでよし」
ぼくら竜学生が二人一組で鑑定をする理由。
一人だと悪魔の甘言に惑わされ騙される。
三人以上いると竜も悪魔も言葉を発さない。
だから二人だけでバディを組んで卵と対話する。学園の一角『竜卵鑑定室』の密室で。
「あ……悪魔だったね」
「うん、完全に悪魔」
「もうがっかり。あたしの二週間の苦労はなんだったの」
ずっと胸元で温めていた卵が偽物だった。これで何度目だろうか。
「しかたないよ」
僕とオムレットは部屋の分厚い扉を押し開けた。
窓も無い部屋の出入口はここだけ。悪魔の宿った卵を割れば、僕らは外に出ることができる。
まばゆい光に目がくらむ。
荘厳な大講堂、学生たちの寄宿舎、大図書館に学生食堂。王立魔法学園ヒヨランドが僕らが暮らす世界のすべて。
「お腹すいちゃった。晩ご飯、卵焼きが食べたいな」
「えぇ……?」
どんな神経してんだよ、オムレット。
<つづく>