闇市での邂逅
時は賭博施設壊滅から少々遡り、闘技場がある区画から少し離れた闇市場に一人の少女がいた。
髪は赤い差し色の入った蒼い長髪、目は藤の花のような薄紫色しており、体つきは控えめ。そしてそれら全てを深々と被ったフードで覆い、手には布を巻いた身の丈ほどの杖を持っている。彼女の名はエリノラ・アルマ、魔術師だ。
少女がいるこの闇市場には、希少鉱石や魔物の素材、よくわからない動物の骨や薬草に毒草と、違法合法含め、地上では手に入りずらい色々な物が販売されている。
店に並べられた商品を物珍しそうに眺めていると、禿げ頭に出っ歯という出で立ちの店主と思しき男が揉み手をしながら訪ねて来た。いかにも裏業者っぽい。
「あのー?お客さん魔術師かい?だったらこの魔石塊なんてどうだい?魔法陣の媒体や杖の原料にも使える上物だよ?しかもおひとり様限定!どうですか?」
そう言った店主が進めてきたのは両手ほどの大きさの魔石塊だった。しかしこの規模の魔石塊は普通に買っても都会の一等地に家を建てられるほど高価だ、こんな怪しげな店で買えば一体いくら吹っ掛けられるか分かったものじゃない。少女は低調に断りの言葉を述べる。
「今はちょっと持ち合わせがないので遠慮しま―」
直後、通りの向こうから土煙を伴った爆発音が鳴り響く。パニックに陥った客や店員たちが通りを逃げ惑っている。
「な!なに!?あっちは賭博区画…だとすると魔物の脱走?」
土煙が巻き上がる通りの向こう、その中から現れた異形の存在に少女は驚愕した。
それは半裸の青年だった。少し年上くらいだろうか、燃えるような真っ赤な頭髪にギラついた目、細身だが鍛えられた体。そして何より目を引いたのが、異様な形をした両腕だ。黒く尖った鱗に覆われた竜種を彷彿とさせる腕は血にまみれており、その先には自分の数倍はあろうかと言う大男を引きずっていた。
「あれは…人間なの?」
突如現れた正体不明の青年に恐怖した少女は、咄嗟に杖を構える。するとそれに気付いた青年がこちらに向かって話しかけてきた。
「なんだぁ?お前やる気か?ひょろっちい体にデカい杖、魔術師か…いいねぇ!」
男はそう言うと手で引きずっていた大男を道端に軽々放り投げ、拳を構えた。どうやら杖を構えたせいで目をつけられたらしい。できれば穏便に済ませたいが…
「こっちとしては争う気はないんだけど?」
「ハッ!つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ!」
矛を収める気はないようね。はぁ~闇市なんか来るんじゃなかった。
男に一蹴され、戦闘回避の可能性が潰えた少女は心の中でため息を付きつつ、杖を握った手に力を込めた。