女の子にモテないよ?
エリノラと共に下水道から飛び出したカルカは、重力を感じながらはるか下の水面目掛けて落下していく。
小脇に抱えられたエリノラは余りの恐怖に気を失ったようで、力なくうな垂れている。そんな少女を着水の衝撃から守ろうと抱きなおした瞬間、カルカの視界を眩い閃光が包んだ。
「なん…どわぁッ!!」
直後、強い衝撃を腰に感じ、湿り気を帯びた苔の上に着地するカルカ。
「ッてぇ~!…どこだここ?」
痛みに呻きつつ気絶した少女を抱えて立ち上がり、周囲の様子を窺う青年。そこは苔むした黒い樹皮の木が乱立する、鬱蒼とした森の中だった。
自分に起きた事象を理解できず辺りを注意深く観察していると、その景色の中にあった不自然な大地の盛り上がりに違和感を感じ目を凝らす。
「なんだあれ……家?なのか?」
その場所は植物や苔が生い茂り、一見するとただ地面が盛り上がっているようにしか見えないが、人並外れた知覚能力を持つカルカの目には、半分ほど地面に埋まるようにひっそりと佇む石造りの建物が見えていた。
もっと近くで確認しようと近づいた瞬間、蔓性植物で埋め尽くされた壁の一部が扉のように開き、中から革製の外套を着た女が現れる。
「ああ、やっと来たか。こんにちは、青年。」
年齢は二十代後半と言った感じで、短めに整えられた蒼白の髪に、琥珀色の瞳、道行く男が二度見するほど豊かな双丘、顔の右半分は黒い布に覆われているが、それでも端整な顔立ちをしているのが分かるほど美人だった。何も言わずジロジロと観察するカルカ対し、目の前の女は面白そうに口を開いた。
「出会って早々挨拶もなしに相手の値踏みとは…君ぃ、女の子にモテないよ?」
その敵意のない表情とは裏腹に、彼女の中から滲み出る異様な威圧感を感じとったカルカは、傷ついたエリノラを遠ざけようと、少女を抱きかかえた腕を眼前の女から背ける。それを見た謎の女はおどけたような口調で軽口を叩いた。
「あらら、嫌われちゃったかな?そんなに警戒しなさんな、ただの美人なお姉さんだよ?」
何がただの、だ。隠しきれてねぇんだよッ!今はそれどころじゃねぇってのに…
ハウンドに受けた傷が痛むのか、腕の中で苦痛に顔を歪ませる少女に目を落としつつ、カルカは謎の女に言葉を返す。
「俺に何か用か?あいにくこっちはケガ人で手一杯なんだよ、用があるなら後にしてくれ。」
「……ブフッ!アッハッハッハ!君、私が誰かまだ分かってないのかい?」
青年の言葉のどこが面白かったのか、女は突如吹き出し、仰け反りながら青年を指さして笑い始めた。こんな森の中に住む得体のしれない女の知り合いに心当たりのない青年は、心の中で毒づく。
ああ?知るわけねぇだろ、なんなんだこの女?
怪訝な顔浮かべたままの青年に女は笑いを抑えつつ、素直に自分の正体を明かした。
「ハァ~可笑しい。私の名はニルデ・サレンディア、探究者と呼ばれている魔術師で、そのへっぽこ娘の師匠だよ。詳しい話はその子を中に運んでからにしようか?ついといで青年。」
「はあ?…っておい!待てよ!」
エリノラの師だというニルデに誘われるまま、カルカは得体のしれない建物に足を踏み入れた。




